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しおりに書かれていた自分の教室に入ると、既に何人かは席に座っていた。
「やっぱり緊張しますわ……」
幸い自分の席の隣には誰もおらず、緊張している事を知られはしなかった。深呼吸を繰り返し、落ち着こうと試みたがいつまでも心臓はバクバク言って止まらない。
そうしているうちにレオンが教室に入ってきた。レオンの姿が見えた瞬間、セレナは嬉しそうな顔になるがすぐに不機嫌になった。なぜならレオンの腕に見知らぬ茶髪の女性が自分の腕を絡ませていたからだ。自分という婚約者がいることを思い知らせてやろうかと思ったが、入学初日から騒ぎを起こすのもアレだと考え、歯を食いしばって耐えた。
唇にじんわりと血が滲んで来た頃、黒髪の女性が教室に入ってきた。彼女はレオンに腕を絡ませている女性を見つけると、ツカツカと近寄る。
「メリルさん、学校という神聖な場所で男の腕に絡みつくのはやめなさい。風紀の乱れとなりますわ」
メリルと呼ばれた女性は少し驚いた様子で腕から離れたが、すぐに絡みつき直した。
「そんな硬いこと言わないでよ。私は聖女になる偉大な人だからいいじゃん。ね、レオン様」
「聖女だかなんだか知らんが早く離れろ。むさ苦しい」
「レオン様もそう言っていますわよ。だいたい貴方、言葉遣いが乱れておりますよ。令嬢の振る舞いでは無いと思いますわ」
メリルは露骨に舌打ちしてしぶしぶレオンの腕から離れる。注意した女性はセレナの隣の席に座った。
「ありがとうございます」
セレナは小声で感謝すると、女性はにっこり笑った。
「風紀委員として当然のことをしただけでして。とは言っても急に立ち振る舞いが変わりすぎて、わたくしとしても少々困惑していますわ。……そう言えばあなたはレオン様の婚約者になった方ですわね。エスカドーラ伯爵の所の」
「ええ、セレナと申しますわ」
「わたくしはアメリアですわ。実家はルクセンブル子爵よ。なぜメリルを止めないのかしら? 婚約者なのでしょう?」
セレナは半笑いで答えた。
「正直殺そうかなと思ったけど、初日ですもの。騒ぎ起こして家名に泥濡れないから我慢我慢……」
「ちょっと物騒な単語が聞こえましたけど、そういう訳でしたのね」
アメリアが納得した所で先生が入ってきた。
「一年間担任を務めるカルゼだ。俺は主に歴史を教える。よろしく」
目の下に隈を作った男が教壇に立つ。そしてセレナの名前を呼んだ。
「新しく入ってきたセレナには挨拶してもらおうか」
セレナは席を立ち上がり、教室を見渡した。いくつもの好奇の目が自分を見ていて、心臓がさらに早く脈動した。
「セレナ・エスカドーラです。今まで他の国で留学していましたが、この度はナルザ王立学園に入学する事になりましたの。よろしくお願いあそばせ」
必死で乱れそうな言葉遣いに気をつけながら言い終わり、スッと席に座った。
「ん、よろしくな。とりあえず明日から始まる授業の日程だけ伝えて今日は終わりだ」
さっさと要件を伝えるだけ伝えてカルゼは教室を出ていった。
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その日の昼、食堂でブツブツ言いながらジュースを飲んでいる女性がいた。
「なによ、なんでアメリアが出てくんのよ。正規ルートならセイナが注意するはずじゃない」
イライラによる貧乏ゆすりをしながら、自分のノートをペラペラとめくった。
「名前がセイナじゃなくてセレナに変わってるのもおかしいわ。どこでゲームから逸脱したのかしら」
ノートにはビッシリと『恋と戦は烈火のごとく』についての情報が書かれており、レオンを攻略するルートに関してはメモや注意書きの量が特に多かった。
「レオンは私の物よ。悪役令嬢役はしっかりと果たしてもらうからね、セイナ」
暗い微笑みを浮かべたメリルはノートを消し、その場を立ち去った。