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簡素なお披露目会が開かれ、正式に貴族となったセレナは自室のベッドに突っ伏していた。
「覚えることめちゃくちゃ多いじゃない……」
ベッドの脇にあるテーブルには本が山積みで置かれていた。歴史書やマナー、兵法、帝王学、資本市場論など内容は多岐に渡る。そしてジェラードはセレナに一週間で全て読み終えるように指示を出したのだ。
「頑張ってくだされ。これは関係の無い事ですが、私めが見たところレオン様はキッチリした淑女がお好みのようです」
そう耳打ちしてきたジェラードの顔はこれ以上ないような笑顔だった。セレナはそう言われたら努力せざるを得なかった。
そして三日後、半分ほど読み終えたセレナはフラフラと、何故か窓の外に置いてあった木剣を片手に歩いていた。
「本当に冗談じゃないわよ……。まだ文章が目の前で踊ってるわ……」
リフレッシュする為に胸いっぱいに空気を吸い込み、素振りを開始した。久しぶりに感じる剣が風を斬る音を楽しみつつ、二百回ほどで一旦止めた。
「ふぅ……やっぱり体は動かさないと鈍るわ」
セレナは額にうっすら浮かんだ汗を拭う。
「いやー、凄いねぇ」
声のする方向を見ると、一人の男が木の上に座っていた。その男はひょいっと木から飛び降り、セレナの目の前に立った。
「俺はアゼル。執事見習いのアゼルだ」
「その執事見習いさんがなぜ木の上で?」
「気にしない気にしない」
そう言ってアゼルは木に立てかけてあった木剣を手に持ち、セレナに対して構えた。どうしていいかわからないセレナは首を傾げる。
「元傭兵なんだってな。ちょっと手合わせしようぜ。魔法はナシで」
「え? ええ、わかりました」
「俺はレディーファーストでね、どうぞお先に」
そう言われ、少し間を開けてからセレナは木剣をアゼルに投げ返した。
「えっ?」
思わず木剣をキャッチしてしまう。そしてセレナは素早く詰め寄り、アゼルの顎を軽く殴った。
「はい、終わり」
セレナの宣言通りアゼルは膝から地面に崩れ落ち、木剣が音を立てて転がった。
「騒がしくして何事ですか? ……セレナ様!」
その音を聞きつけてジェラードが庭にやってきた。そして地面に転がるアゼルとその傍に立つセレナを見て眉間にシワを寄せた。
「セレナ様、アゼルになにかされたのですか?」
「試合持ちかけられて、返り討ちにしただけですよ」
ジェラードのシワがさらに深くなった。
「このバカは……。それにお言葉遣いが戻っておりますぞ」
「あら、これは失礼致しましたわ。うふふふ」
「笑っても誤魔化されません。早く自室に戻りなさい。アゼルは私めからキツく言っておきましょう」
「あまり叱らないであげてください。わたくしとしてはいい気分転換になりましたもの」
ジェラードは大きく息を吐いた。
「セレナ様は伯爵令嬢でございます。確かに令嬢でも護身術を習っている方はおられます。しかし、執事見習いが勝負を挑むなど言語道断。お怪我でもさせては本人の首が飛ぶ程度で済まされませんぞ。以後、このような事がないようにお願いします」
「……わかりましたわ」
セレナはしぶしぶ頷き、自室へ戻って行く。その様子を窓辺から見ていた男がいた。
「アゼルめ、剣術に自信があると言っておきながら無様な姿を晒しおって。それにしても困ったな。あの女の恋心を俺以外に移す方法は無いのか」
レオンはブツブツ言いながら紙束を捲り始めた。その紙束にはセレナに関する情報が所狭しと書き並べられていた。