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紅い炎

目の前に広がるのは炎で紅く照らされた街並みと、倒壊した建物の群れ。


そこかしこで悲鳴や嘆きが聞こえ、人の焼ける臭いがする。


俺は無意識のうちに膝をついていた。

そして、そこら中からするあまりに酷い臭いに思わず吐いてしまった。


視界に広がる絶望を前にして、俺はどうしてこうなってしまったのか思い出していた。






~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




その日は、とても良く晴れた心地のいい朝だった。

3日前に死ぬことなくアドミラ学園を卒業した俺は、毎日をウキウキで過ごしていた。



俺は卒業した後、実家の公爵家に戻っていた。アドミラ学園を卒業し、今まで考えていなかった俺の将来を考えていたのだ。

今までの俺はアドミラ学園を死なずに卒業することに全力を尽くしており、他のこと、特に将来のことなど特に考えていなかったので、いざその場に立ってしまうと迷ってしまう。



俺がアドミラ学園を卒業することを目標にしていた。

なぜならゲームでのストーリーが、アドミラ学園の卒業で終わっていたからだ。

主人公達も卒業しこれからもヒロイン達と頑張るぞ!的な終わり方をしており、その時点で邪神も悪魔も敵という敵は倒しきっているので、俺のこの戦いも卒業を目標にしていたのだ。



この成功した第20何回目かの人生。

今回の人生で俺は、徹底的にモブに徹した。主人公達とはろくに関わらず、教室の隅で友達といえる数人とだけ喋っていた。


婚約者であったラノアとは、親に頼みこんで学園入学前に無理にでも解消してもらった。学園でも取り巻きなぞ作らせずに、モブをしていた。


お陰で、公爵家のくせにほぼ人に知られていないし、ターライトを中心とした主人公達や、数多あるイベントにも関わらずにいた。


ラノアとの婚約解消のため、大嫌いなあの両親(クズ)に頭を下げるのは心の底から嫌だったが、もはやこの程度。何度も死んで何度も絶望した俺にとっては、たいしたことではなかった。

実際に、日本でも会社の嫌いな上司や、取引先にゴマをすったり、忖度するのはあるので皆この感情を抱いてきたんだなと思うと、少し楽になった。



そして、俺の将来についてだ。

順当にいけば本来なら俺はこのまま父親の仕事を手伝い、ゆくゆくはハウスダット家の当主としてやっていくのだろうが俺はそんなことをする気はない。


弟と妹は可愛いが、あんなゴミみたいな親とこれ以上一緒に居たくないのだ。

つまりは家出である。



こうなると、公爵家には頼れないので、自分で仕事を探すしかない。


ここで、よくいるラノベの主人公ならすぐ冒険者なって成り上がりするのだろうが、俺は冒険者なんていう気の狂った命懸けの仕事をする気はさらさらない。

商人になるにしても、店など手に入れようもないし、例え手に入ったとしても、生産系主人公のように商い初心者が爆売れさせて丸儲けとか出来るはずもない。



商人をするにしても、どこかの商会に入るか、行商人からだろう。

学園のときのつてで、友達を頼って仕事を恵んでもらう選択肢もある。


急にあまりに自由に未来が選べるので、3日経った今でもまだ決めきれないのだ。



そんなこんなで、自分の将来を考えながら、朝食を食い、現実逃避気味に街に繰り出していた。

そして街でぶらぶらする。たいして欲しいものもないのでウインドウショッピングばっかりだが、気分転換になるのでこれでいい。




そうやって無駄に時間を過ごしていたその時、突如として王城から轟音が響いた。




街にいた俺を含めた全ての人は、その瞬間を見た。

この国の王城。人類最大国家にふさわしいあの大きな城が、内側から出てきた巨大な黒いもやのようなものによって、粉々に破壊されていくその有り様を。




誰1人として事態を正しく認識出来たものはいないと思う。

時が止まったのではないかと思うほど静かな一瞬があり、そして、どこかの誰かの悲鳴を皮切りにして一瞬にして街は阿鼻叫喚に陥った。




黒いもや?いやあれは手か?とにかくその黒い何かは止まることなく、今度は街の方にまで広がってきた。

そのもやのようなものにも質量があるのだろうか、そいつが触れたところはあっさりと壊されていく。

王都にある貴族の優美な屋敷が、一瞬で瓦礫の山と化した。



止まらない人々の悲鳴。全員が全員あの黒いやつから逃げようとしていた。

もちろん俺も逃げようとした。

しかし時既に遅く、同じく逃げようとした人々によってあり得ないくらい道は埋まり、完全に渋滞が起こっていた。そこをさらに乱す貴族の馬車による乱入。



誰かがこけても誰も助けず、逆に逃げる人に踏まれて死んでしまう。


どこかで火でも使っていたのか。

黒いもや?が破壊した瓦礫の山から火が上がっている。


赤い火。それは更に人々の恐怖を駆り立て、更に場は混乱を極める。



そうやって、結局ろくに移動と出来なかった結果、その時がやってきた。

突如として周囲が暗くなったと思った瞬間、俺の前にいた人々の一部が、消えた。



黒いもやは手のような形をしている。その指先の少しがここまで届き、俺の少し前の人々にかすっただけだった。

何の抵抗も感じないかのように、人の上半身がちぎれていた。


吹き出す血。それは俺以外にもいた殺された人の周囲の人間に降りかかる。



この場にいた全ての人が俺たちを見た。

そして次の瞬間、頭が割れそうなほどの悲鳴と共に、さっきまでとはまるで違う、他人を踏みつけにすることに一切躊躇いがない勢いで皆逃げ出した。





ここは地獄だった。





……自分のなかで、儚くも存在していた“希望“というやつが、誰かに嗤いながら叩き潰されていく音がした。








全身に血を纏い呆然と突っ立っていた俺の視界に、倒れていく建物が目に入る。その建物は、下にいた多くの人を巻き込んで倒壊した。


瓦礫の下から人の上半身が出ていた。



「助けてくれ……誰か…助けて……」


その声が聞こえ、呆けていた俺を現実に引き戻す。急いで助けようと、その人の下へ向かおうとしたとき、俺は気づいた。



その人だけじゃないのだ。そこかしこから助けを求める声が聞こえる。

俺は固まった。どうすればいいのか。誰を助けるべきなのか。全員助けることは出来ないのか。いや出来ないのか分かりきっている。ならばその優先順位はどこにあるのか。


思考だけが空回りし、身体は何一つ動かない。



そんな俺の目の前で、さっき助けを求めていた男性の下に女性と青年が駆けつけていた。おそらく彼の家族だろう。



「待ってて父さん!必ず助ける!もう少し我慢してくれ!」


「あなた!頑張って!お願い……死なないで……!」


自らの父を助けるため、必死に瓦礫をどかす青年。

自らの夫の手を握って必死に呼び掛け、祈る母親。



そして、そんな美しい家族の愛は、倒れてくる別の建物によって一瞬にしてなくなった。



家族がいたところに重なるように倒れてきた家。その瓦礫の下から血が染み出てくる。

そこに、命なんて無かった。



そして、俺は無意識のうちに膝をつく。

そこら中から聞こえる助けを求める声と悲鳴。肉の焼ける臭い。崩れる建物と火によって紅く照らされる瓦礫の山。


気がつけば周りは火の海で。



いつの間にか俺は、1人になっていた。










あれだけ聞こえた悲鳴も、助けを求める声ももはや聞こえない。ここにあるのは、肉の焼ける臭いと、俺の身体を照らす火の粉と、結局何もできなかったグレイ・ハウスダット《ゴミ》だけだった。




どうしてなのか。

この人生は成功ではなかったのか。俺は無事にアドミラ学園を卒業し、これからの人生を謳歌できるのではなかったのか。ターライトはどうしたのだ。何故こうなってしまったのだ。




それともやはり、俺のせいなのか。未だにターライトに責任転嫁しようとするゴミに、神が、俺が生き残るとこういう未来になると言っているのか。

どうすれば良かったのか。何が失敗だったのか。

今までは死んでも俺1人が被害を受けていたのに。俺が生き残ろうとするとこうなるのか。

やはり俺は生きてはいけないのか。


ああ、本当に酷い。







未だ救われない男はここに1人。

自らの存在に疑問を抱き、悲しみと嘆きに慟哭し、火の中に包まれる。




こうして、グレイ・ハウスダットの27回目の人生は終わった。

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