俺の番
あの日、転生して一番最初の人生で嵌められ全てに裏切られたあの時。まだ自分に非は無いと心から信じれていたあの頃。
色んな奴に騙され、裏切られて牢屋に入った。
それでも諦めきれずに、牢屋に入ってから3日目に俺は脱獄をした。
親指を半ばちぎりながらも手錠を外し、檻を壊し、このままでは避けられない死から逃げ出したのだ。
しかしそう上手くいくわけもなく、呆気なく看守の1人に見付かり、腹に風穴を開けられ、1人寂しく光も差さない王城の地下で死にかけていた時。
そう、あの時。身体から命が抜け出ていく感覚と共にもはや自分が死から逃れられないことが分かり、この世界と人生と、そして何よりあまりにしょうもない自分自身に絶望していた時、
俺はこの邪神に会ったのだ。
一目で、異様な存在だとわかった。この世のものではない。見た目こそ人であるものの、異常なまで美しさと魔力、何よりその身体からは隠しようもないほど黒いもやが出ていた。
その邪神は何を思ったのか。
神の思考を理解しようなど傲慢なのだろう。
ただ、その感情を映さない紅い目をこちらに向けた。
同情か、憐憫か、その明らかに喋り慣れていないような口調でただ一言、邪神は言った。
「………あなた、は、どう、したい?」
どうしたい。それは、願いを言えということなのだろうか。
この、見るからに尋常な存在ではない少女に言った所で、何が変わるのだろうか。
この、もはや死ぬまで秒読みの段階である俺が、今さら何かを願った所で意味などあるのだろうか。
それでも。それでも、願うならば
「せ、めて……もう、一度。」
せめて、もう一度。もう一度だけ、チャンスが欲しかった。何も手に入れることすら出来ず、汚名と絶望に塗れただ死んでいく。そんな俺の人生が嫌だった。こんな最期を受け入れられるものか。せめて、もう一度あったなら。次は、次こそは上手くやってやる。
もし、叶うのならば死ぬその瞬間に、一切の迷いなく幸せだったと、そう言い切れるような人生を送りたかった。
幸せに、なりたかった。
「」
彼女が、何て言ったのかは分からない。
身体中が寒く、それなのに腹に空いた穴だけはまるで焼かれているように熱い。
指先の一つすら動かず、もはや鼻も耳もその役割を放棄した。
最後に残った視覚さえ、霞みきって目の前すらろくに見えない。
ただ、ずっと無表情だった彼女の、口の端が少しだけ、ほんの少しだけ上がったことだけが分かって、
そうして、俺は死んだのだ。
それを今、思い出した。何故俺は今の今まで忘れていたのだろうか。
いや、今大事なのはそれではない。
どうしよう、どうすればいい、一体俺は、どうするべきなのだろうか。
俺にはこの少女を殺せない。
どう足掻いても、俺には出来ないのだ。
あの人生で、全ての努力が無駄となったあの1回目の人生で、周囲の人間全てに裏切られ、どれだけ救いを求めても誰1人として見向きもしなかったあの人生で。
この子は、この邪神は、この少女だけは、俺を見て、こんな俺のどうしようもない願いを叶えてくれたのだ。
確かに、死ねないことに絶望した日もある。こんな目に合わせた奴を憎悪した日もある。
しかし、全て俺なのだ。生きたいと願ったのも、次が欲しいと願ったのも、両方俺だ。
この子はそんな俺の願いを叶えただけなのだ。そんな義理もなにもなかったのに。
結局、最初から最後まで俺が悪かったのだ。自分で願ったくせに、それを忘れて自分を恨む。ゴミみたいな一人相撲。
故に、この少女に非はない。
どころか、こんな俺に“次“を与えてくれた恩人である。
こんな俺を、誰からも嫌われ、その存在自体が悪である俺に、例え同情や憐憫であろうと幸せをつかむ可能性をくれた唯一の存在である。
一体どうして、俺にこの少女を殺すことなど出来るのだろうか。
俺にはこの少女を殺せない。ならば俺はどうするべきか。
………一つだけ、思ったことがある。
これが正しいことなのかどうかなど分からない。恐らくは、間違ったことなのだろう。けど、それでもこの子がそれを望むなら、俺はそれに命を懸けれる。
「………一つだけ、聞いてもいいか。もしここから出て自由になれると言ったら、君は、自由になりたいか?」
少女の驚いた顔。そんなことを言われるだなんて思ってもいなかったのだろう。
そしてその顔は、不安な顔になる。
こんな部屋にずっといて、今更急に出てきた俺なんかを怪しく思っているのだろう。それも当然だ。
それでも、不安と躊躇いが入り交じった表情でも
彼女は小さく、頷いた。
それを見た瞬間、俺の覚悟は決まった。
ああいいだろう。やってやるとも。例え世界中が敵に回ろうとも、遥か先の未来まで呪われ、蔑まれようとも。
俺は、この子を救おう。この子が少しでも幸せを感じれるように全力を尽くそう。
この子が、俺を救ってくれたように。
次は、俺の番だ。
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