9話
「随分なご挨拶ですね、いきなり手を上げるとは。女性に」
大柄な男性が振り下ろした拳のハンマーは空を切り、ズドンと地面にめり込みました。
咄嗟に飛び退いて躱したわけですが、あの拳はわたしに当てるのではなく、わたしを貫く意識で放たれていました。
ま、当たらないですけど。どや。
一般の人は騒ぎを聞きつけ、蜘蛛の子を散らすように離れていきます。
「その身のこなし……やはりホワイトで間違いないと見た」
「だったらなんだと言うのですか。サインなら事務所を通してください」
事務所という名の葬儀屋本部なので、そのままお縄に頂戴されてください。
「お前が書くのはサインではなく遺言書だ」
「なら宿に戻っていいですか? 遺言書を書くので」
遺言書という名の日記ですが。もし本当にわたしが死んでしまったら紛れもない遺言書です。
大柄の男性は当たり前ですが首を横に振りました。
「許すと思うか?」
「ケチ」
やっぱりイメージ通り、この人は他人にも自分にも厳しく、一度決めたことは曲げない人のようです。
……はい、そうです。最初からお気づきだったと思いますがこの大柄の男性、レッドから引導を渡すように言われたあのイエローで間違いありません。
見た目に黄色要素はありませんが、わたしが葬儀屋になったときに一目見た印象となにも変わっていませんでした。
わたしは「はぁ……」と何度目かもわからない諦めのため息をこぼして肩を落としました。
「レッドから聞きましたよ、殺し回っていると。魔法使いを」
ただの人間が魔法使いに喧嘩を売るなんて命知らずもいいところだと思っていましたが、先程の一撃で思い知りました。
彼なら、魔法使いを殺して回ることも不可能ではない、と。
「どうしてそのようなことを? 葬儀屋ともあろうものが」
「貴様は生きるとはなにか、考えたことはあるか?」
「……三大欲求かなにかの話ですか?」
突然面倒くさそうな質問をされてしまいました。
性欲、食欲、睡眠欲。これが人間ならば誰もが持っている三大欲求と言われるもので、生きている証拠とも思います。
ですが、イエローの欲しい答えではなかったようです。
「生きるとは──死ぬことと見つけたり」
「ふむふむ? 続けて」
「死ぬことによって生きていた証明となる。だが貴様ら魔法使いはどうだ? 死んだにも関わらず生きている。世の理に反している。我は葬儀屋だ、一度死んだ貴様らを弔うのは……当然だろう」
そう言ってイエローは戦闘態勢に入りました。彼は魔法使いではないので魔力の高まりは感じません。
ですが、闘気とでも言うような威圧感の高まりを感じます。なんて猛々しい。
「それで魔法使いを殺して回っている、と。でしたら、ひとまず正当防衛ということでいいですよね?」
わたしは紙袋からピーナッツコッペパンを取り出し、片手で頬張りながらカッコよく言い放ちます。
「ふぁふぁっへいふぁっふぁぃ」
どや。




