8話
突然胸板に話しかけられました。え、なにそれ怖い。
一歩下がって顔を確認しようとしたら、ついてくるように一歩、距離を詰めてきました。なにこれ怖い。胸板が迫ってくる。怖い怖い。
「えっと……どちらの胸板様ですか? わたしにはそのような知り合いはいないのですけど」
わたしのことをホワイトだとこの胸板は知っていた。でもわたしはこんな胸板知りません。知りたくもありません。
「ホワイトだな?」
今一度聞いてきました。
「胸板違いではありませんか? ただのパン好きの旅人です」
「ホワイトで合っているな?」
「白は好きですが、胸板違いだと思います。あと近いです」
「表へ出ろ、ホワイト」
どうしてこう……人の話を聞かない人が世の中には存在しているのでしょうか。会話をするのが人間の最大の特徴ではありませんか。この人は人間ではないのかもしれません。
「はぁ……穏やかじゃありませんね。男性は紳士たる態度を心掛けるべきと思います。あなたはそれでも男ですか」
「…………」
少し強めに言うと、胸板は黙りました。そして胸板を返して出ていきました。
「表で待つ」
去り際にそれだけ言い残して、胸板──いえ、ようやく全体像が見れたので大柄な男性と言っておきましょう。大柄な男性は本当に表で腕を組んで待っています。視線の圧が凄いです。
「すみません。お会計を」
「は、はーい!」
ただならぬ雰囲気を感じて店員さんも困っていたようで、少し呆気に取られていましたがすぐに業務に戻ってくれました。ご迷惑をおかけしてすみません。
ピーナッツコッペパンが入った紙袋を抱えて、宿へ帰ります。ちなみにこれしか買えませんでした。所持金的に。事が済んだら換金できそうなものはして、改めてお腹いっぱいにパンを食べるとしましょう。
「待て、どこへ行く」
「……どこって、宿ですが? 旅人なので」
またしても目の前に立ち塞がれ、視界が胸板に支配されてしまいました。邪魔。
その胸板削り取ってパティにでもしてやりましょうか。
避けて通ろうとすると先回りしてきます。
「……レディーファーストってご存知ですか? 女性には先を譲るものです。わたしはこの先へ行きたいのですが」
「お前が行くのはあるべき世界。死後の世界だ」
「なに──」
わたしの言葉を遮って、隕石の如き拳のハンマーが振り下ろされたのでした。