7話
レッドが手配してくれた宿は中々に上等な宿でした。こんな宿に宿泊できるのは一体いつぶりでしょう。
部屋にあるのはシワひとつないシーツに包まれたフカフカのベッドとソファーにテーブル。シンプルで無駄が無い。
荷物を置いて身軽になってから、新雪に跡を残すようにわたしはベッドへ飛び込みました。色が一緒なので同化しそう。
最高に気持ちがいいです。はふう。
「わたしベッドと結婚する……」
枕に顔を押し付けて、もごもごと幸せを感じ取ります。これが無料だと思うと幸せも一入です。
このベッド、わたしのことを掴んで放そうとしてくれません。それほどにわたしのことを愛してくれているのでしょう。なんて罪な美少女。どや。
「とはいえ……」
どうにかこうにか身を起こしてベッドのハグから脱出し、出かける身支度を簡単に整えました。
わたしほどの美少女になればお腹の音を我慢するという芸当ができるようになるのですが、そろそろ我慢の限界です。実はレッドと話しているときからずっと我慢していました。生理現象を我慢できるはずがない? お腹の音は修行すれば我慢できるようになるんです。いいですね?
「なんで食事ありにしてくれなかったんでしょうか。恨みますよレッド」
きっと今も千里眼でわたしのことを監視しているのでしょう。どこからわたしのことを見ているのかわからないので、とりあえず本部に向かって負の念を送っておきました。
「レッドの思惑通りに動くのは癪ですが……よし、では行きましょうか。──パン屋へ!」
ちょっとすっきりしたので、ずっと忘れられなかったあの味を懐かしみに行きましょう。
とある事情によりなかなか美味しいものにありつけない時間が長かったものですから、体が求めてウズウズしているのです。コッペパンを!
「コッペパン♪ コッペパン♪ あっまくってふっわふっわコッペパン♪」
ウズウズがウキウキに変わり、思わず口ずさんでしまったわたしをいったい誰が責められましょうか。もし責められたら小一時間ほど責め立ててやります。逆に。
リンリン……と涼しげなベルの音を響かせて、目的のパン屋へ。
「こんばんは。まだやっていますか?」
「いらっしゃいませ、まだ大丈夫ですよ! もう残り少ないですけど……それでもよろしければ!」
店員さんの元気なスマイルに迎えられながら、わたしの大好きな香ばしい匂いに包まれて幸せ気分です。
確かに遅めの時間になってしまったので人気商品などは残っていないようですが、それでもパンに囲まれるというのは至福の時です。
「よかった、まだコッペパンは残っていますね」
種類も豊富でこのお店は優秀です。わたしに似て。
上気してしまうほどの甘酸っぱさが魅力のイチゴジャムにするか、濃厚で上品な甘さが口の中に残り続けてくれる餡子にするか、つぶつぶな触感が程よいアクセントになって飽きが来ないピーナッツも捨てがたい……!
「ああ……悩ましい、なんて罪な食べ物なんでしょう。パンという食べ物は」
リンリン──
「いらっしゃいませ!」
新しくお客さんがやってきたようです。
店員さんが元気に挨拶する中で、ピーナッツにしようと決めて──
「貴様……ホワイトだな?」
後頭部の上から声をかけられました。とても低い、男性の声。
振り返ると、すぐ目の前にあったのは──それはそれは分厚い胸板でした。近い。