10話
しっかりと構えるイエローに対して、コッペパンを頬張りながら気持ちだけは戦闘態勢に入りました。美味しい。
そうそう、こんな味でした。わたしはこの味を求めていたのです。あー幸せ。
「我のことを舐めているようだな。その余裕……いつまで持つ」
「──。その言葉、そっくりそのままお返ししましょう。わたしが美少女だからって舐めていると痛い目を見ますよ」
飲み込んでから指をクイクイと折り曲げて、挑発してあげました。美味しい。
相手は大人なだけあってそれだけでブチ切れるようなことはありませんでしたが、より一層闘気が膨れ上がったのは肌で感じました。
怒らせたほうが動きが大きく単調になって戦いやすいのですが、流石は虹天集のメンバーに選ばれるだけはある、と言ったところでしょうか。武闘派は戦いというものを心得ていますね。
「正々堂々──参る!!!」
いきなり殴りかかってきておいてよく言う。
イエローは地面がめくれ返ると思わせるほどの脚力で一気に急接近。脚が伸びたんじゃないかと錯覚する足捌きで、瞬く間に相手の拳の間合いへ持ち込まれてしまいました。
体格差がかなりあるので、この間合いでは一方的な戦いになってしまいます。美味しい。
「──はぁ!!」
相手が女子供でも容赦なく、迷いのない正拳突き。
コッペパンは死守しつつ、片手で拳を内側へ流し、空いた脇腹へ下から突き上げるように肩を当てにいきます。当身です。美味しい。
わたしはか弱い乙女なので腕力では勝負になりませんが、全身を使った体当たりや蹴りであれば男性の腕力に引けは取りません。
が、これは潜り込んできたもう片方の手で防がれてしまいます。入ったと思ったのに、なかなかやりますね。
密着状態では分が悪いのですぐさま距離を取ろうと身を引きますが、ピッタリとついてくるように踏み込んできました。
「逃がさん」
息つく間もなく、気がつけばわたしの眼前には分厚い胸板。その陰では巌のような腕が引き絞られています。
そして放たれた拳は光陰の如き速さでわたしの鼻先に迫ります。
「──っと」
身体の柔らかさを限界まで活用して上体を逸らし、鼻先に掠めるように拳が目の前を豪速で通過。
避けたついでに後転からのサマーソルトをお見舞いしますがこれは身を引かれて鼻先を掠める程度でした。
お互いに鼻先を掠める攻防。わたしは掠めてませんが。断固として掠めていません。絶対です。
僅かな一合を挟み、お互いに呼吸を整えます。美味しい。
「剛拳ですか。お似合いです」
「ふん、そういう貴様は貧弱な柔拳か」
あら、鼻で笑われてしまいました。護身用に齧った程度なので仕方がありませんが。
「イエローは〝ジャンケン〟ってご存知ですか?」
「レッドの国に伝わる三すくみ。それがどうした」
唐突なわたしの質問に怪訝な表情を浮かべるイエロー。
「この勝負は始まる前からわたしが勝っている、ということですよ」
どや。美味しい。




