第9話
目の前にある他の人のベッドには誰も座ってなくて。それを滑るような視線を見てから、自分のベッドの上に座ってる膝の方へと視線を向ける。そうすると、瞼が小刻みに震える感覚を味わいながら、部屋の外から聞こえてくる一切ためらわない笑い声や、他人を弄るような声。歯を少しだけ震わせるように動かすと、それと一緒に目の中が震えるようになったせいでもっと歯に力を籠めるようになった。
私の足元は硬さを何度も味わったコンクリートと背の低いベッドの下の隙間くらいしか見えなくて、そっちの方に体の重さが重力に従うようにかかるけど、何も音なんか聞こえない。私の体の斜め前くらいには外から入って来る電気の灯りがわずかに黄色い姿を見せてたけど、それ以外の場所は黒色に染まっているようだった。
そんな時、部屋の引き戸を押す音がして、そっちにはっと声になってない言葉を出しながら振り向くと、髪の毛も一緒に動いて。おでこに両方の手首を当てるようにしながらそれを出来るだけ腕と地面が垂直になるようにして何回か擦った。
「おい腰抜け、まだ仕事に戻らないのか?」
さっき私に掃除をさせてた人は、同じようにぼさぼさの髪の毛をかき分けながらこっちのすぐそばまで歩いてくる。そのまま手の動きと反対に動かすみたいに顎を引っ込めて目をこっちに向けて来るが、それは前髪の影になった場所からだった。それと視線が合うと、私はちょっとだけ喉を動かすようにしながら脇と太もも同士の間にある隙間を小さくした。
「サボりってんだったら目覚まさせてやろうか?」
向こうの体が自分のベッドの上に座り込むと、それと一緒にわずかにバウンドするように動いて、こっちに来ている影もそれに合わせて動く。でも、それもほんの数秒の間だけで直後には大きく開いた両膝の上に肘を置く感じにしながら肩を突き出すみたいに腰を曲げてきた。それで私の首の中が動いているのが止まったかと思って目が広くなるのを感じてからそっと視線を前に出すけど、向こうは前と同じ茶色と鼠色が入った白いシャツ1枚に染みを作ったまま。そして、目線はこっちを髪の毛と部屋の暗さの向こうから来てるようで。窓から入ってる光がこっち側に近づいているのにその時気づいた。
「ごっ、ごめんなさ……」
「なんで謝るんだよ」
私の言葉が出ていた喉が一気に押し込まれたような気がして苦しくなる。でも、目元に力が入ってすぐにそれを戻せない。それから喉元をちょっとづつ動かしていって鼻から吐く息を音がしないようにゆっくりと吐き出す。それからまた右下の方に視線を向けると、コンクリートで出来た四角い部屋の2つ角が見えて、ちょっと視線がズレるだけでそっちにはもう天井があった。
右手の肘を持ってる左手の力を強めるけど、私のフードから伸びてる袖を掴むだけで、それを引っ張ると頭に布が引っかかって髪の毛が押し付けられる。それに対して、上靴に守られてる足をつま先立ちにするように奥へと押し込むと、そっちにはベッドの下しかなかった。
「いや、だから、なんで謝んの」
向こうが言ってくるその言葉に瞼を下げるようにして目を細まる。それと一緒に下唇を押し込むようにする。でも、その間に聞こえてくるのは外から聞こえてくる荷物を運ぶのと一緒に歌ってるのだけ。数人が大声を出しているせいか、反対側からも聞こえてきそうで、その度に私の呼吸1つ1つが喉を通り抜けていくのを感じているようだった。それを何度も、3セットくらい感じてから瞬きしながら前の方を見ると、自分の膝に頬付けを突きながらまだ同じような角度でこっちの方を見てて、すぐにもう一回瞬きをしてまた右下の方に向かってた。
「それは……」
私の方から角へと進んで行く床に転がってる無数の砂利。本当に米粒よりも小さいようなそれは1個1個の間にもたくさん間があって、そこにもコンクリートに出来た模様がいくつもある。それらは形も色も全然違うしいくつも重なり合ってたりしてるし、地の色よりも白に近い物まであった。でも、砂利はこっちから見ても光ってるわけでもなければみんな形が変わるわけでもない。
そっちをしばらく見てたら隙間風が通ってきて、私の服を介してとはいえ、冷たい風が突き抜けると両方の歯を押し付けるように力を込めた。
「怖い、です……」
「怖くねぇよ、何ならお前のほうがつえぇんだろ」
また私の言葉が終わったと思った瞬間、それに合わせるように、そして言い始めたと思った次の瞬間には言い終わっている感じ。その話し方は毎度止まるタイミングに近づく時に抑揚を強くするような声で、言い終わると一緒に口の中でつばが動くような音がする。
そして、その間もずっと向こうは頬杖を突いたままにしてて、こっちを見てた。茶色く染められた髪の毛の向こう側の視線は、ただただこっちを暗い影から見つめているようで、またそれを見てるだけで口元が閉まりながらその足の方へとむくようになる。
「わかったら仕事、行くぞ」
こっちが視線を上の方や下の方に向けてる間も向こうはただ両腕に力を込めて肘を左右へ向けるようにしながら立ち上がって、そのまままっすぐ入り口の方を見ると歩いて進んで行ってくれた。今までの音で一番大きなドアが閉まる音を聞いてから、ベッドの方へと体を倒しそうになったけど、手をついてなんとかからだが落っこちるのを止めた瞬間、体が傾いたせいか、目から力が抜けてそこからこぼれた熱い涙が両方の手のひらの指の間に落っこちた。
洋式トイレに便所デッキを押し込むとそのブラシが少し押し込まれるのと同じようなタイミングで曲がる。それに対して私の腕が少しずれるだけで元の形に戻るようにこっちを押しかえしてきて、その後もう一回同じようにしてやる。そうすると、最初の時だけ潰れる音がするけど、その後は便器の方ですら音がしなくなった。それから左右に動かすようにすると擦れる音が小さく聞こえてきて、奥に引っ掛かるところへ押し込むように擦り付けた。
それから小さな泡が次々とあふれ出いているのを払うみたいにそれを動かすことで便器を磨く。それで、また現れたらそれは真ん中の水溜まりの中にゆっくりと落っこちて行った。
「私は、あいつみたいに野蛮なことは、しないだけ……日本の法律では、暴力なんか禁止されてて……」
その言葉を口にした瞬間、瞼が持ち上がるのよりも早く首が回ってさらに体を傾ける。個室の壁を首が乗り越えて外を見るような姿勢になると、それと一緒に私の頭を覆ってるパーカーもわずかに下がるけど、それが髪の生え際に引っ掛かるのがくすぐったくてすぐに戻す。それから、頭がだんだん重くなっていくのを感じてから一回元の位置に戻して立ち上がる。
それから顔を平行に動かすように頭をそっと動かすと、個室の壁から半分だけが出るようになって、トイレの入り口の半分くらいが見えるようになるけど、周囲は一個だけしか明りがないせいか、隅の方になると若干暗がりが混じるようになっていた。
「まったく、なんで私がこんな……あんなやつら、頭が悪いから……!」
口からその言葉がこぼれながら爪先から床に着けるように数歩先に進んで行くと、さっきまで個室の影になってて見なくなってたこっち側の角も視界に入って来る。その場所で何かが動いたのが視界の隅に映った瞬間、その場所が中央に来るように顔を動かすけど、そこにいたのは一匹の虫だけで、他に何もいない。それに対して私は、持っていた便所ブラシの先端をつまむように持つことでその虫へと近づけようとする。でも、力が籠らなくて震えてたせいで変な方向へと向かっていた。
「くそっ……」
「全員! 広場に集まるであります!」
喉を一気に飲み込むように動かしながら目が大きく開いた。その後すぐに数回瞬きするけど外から聞こえてくる数々の足音が消えることはなくて。手に力がこもりそうになったけどそれは慌ててすぐに放した。それからフードを強く押し込みながら曲げた膝に腕をくっつけて、唇を紡ぎながら背筋が冷たくなるのを感じた。
それから数分後、トイレの入り口からこっそり外の方を見ると、エレベータから数歩進んだところを、青い軍服の女が歩いていた。その青髪や緑色の瞳。それを一切動かさずにまっすぐ前に進んで行くのに対し、周囲の女子たちはどんどん場所を開けていくように離れようとするけど、その人が一列に並べと言った瞬間その動きは止まった。
「東雲!」
そんな時、広場の奥にあった牢屋から声がすると、全員がそっちに向き直って、東雲以外の表情が目を左右に泳がせたり、口をちょっとだけ開けてお互いに見合ったりを始める。でも、姉御って呼ばれてた人はその中をまっすぐに進みながら広場につながらる短い階段へと足を踏み入れる。
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