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Lunatic  作者: コンテナ店子
第一部前編
8/216

第8話

「あの……」


 真ん中にいたメアリーが上目遣いで少しだけ顔を前に出すようにしながら小さな声を上げた。それに対して私だけじゃなくて、クラリッサとセレニアもわずかにその体へ手を寄せるようにしながら、その表情をのぞき込むようにしている。その一方でメアリー自身も二人の視線に答えてる。私もそっちに手を伸ばしそうになった。それなのに、向こうは背中を丸めると同時に膝の方へと伸びていった腕が下がって行って距離が開く。


「そういうの、もう、辞めにしない……?」


「そっ、そうだよ! 私たち、もう中学生なんだし、部活とか、忙しくなるでしょ? たぶん卓球とかなら、私たちでも出来そうな気がするけど……」


 握った手が後ろに下がると同時に、パイプ椅子の背もたれの尖った部分に背中がぶつかる。こっちのそれがまっすぐ伸びたせいで周囲の様子がよく見えるようになるが、何も言わないクラリッサは私の方を見ているだけだった。足に力を込めようとしたけど、その真後ろにいたパイプ椅子の足に乗り上げて、そのまま滑る。その勢いを殺すように目に力を込めて、言葉が飛んでいく勢いに頭と髪の毛を振るった。


「何言って……私たち、同胞じゃないか! 今までだって、一緒に戦って来て……」


 カウンターを叩く音と私の声だけが部屋に響いて何度も反響を繰り返しているが、向こうではただただ私から目を背けようとしてる三人しかいない。何度も経験したはずなのに、周囲から視線だけを渡されてるはずなのに、肩や首が押し込まれていく。でも、目の周りに限界までしわをよせて降りてきそうになる瞼を抑え込みつつ椅子の上で後ろに下がろうとした瞬間、髪の毛のわずかな隙間に影が入り込んだ。そして、硬い床の上にわずかな砂やゴミが転がっているのを靴の裏側から感じ取った。


「でも……組織のやつらが」


「いい加減にして! あんた自分が何したかわかってんの!」


 言葉を介すため、ガラスに開いてた小さな空洞たちの上にクラリッサの手が大きな音と共に叩きつけられて、その低い音に私の体も縦に伸びる。そして、その勢いのままに他の体の部位も全部まっすぐにする。そのせいでパイプ椅子が飛んでいった。


「それを言うなら、……それを言うなら! 今お前がしてることは無視か!」


「はぁ⁉ あんたのこと心配して来てあげてるんですけど? てかいつまでガキみたいなことやってるつもりなん⁉ あんただって薄々わかってるんでしょ!」


「それは……」


 久しぶりに出した大きな声のせいで喉は痛いし肩は何度も上下を繰り返している。ずっと視界の範囲が移り変わっていくが、そこにあるのは黒い塗装とそこから私の足元の方にまで落っこちて行く崖だけだった。


 周囲が静かになったせいか、私の外から学校でも使ってたみたいなチャイムの音がわずかに聞こえて来る。それに驚いて正面の方に視線を向けると、ガラスに映る時計が四時五十分を指していた。


「……だったらお前だって、お前だってあの時何してんだよ! メアリーは生きてるだろ!」


「何⁉ 今更友達面⁉ 感動ポルノかよ! ずっとあいつらうすら笑ってたくせに! だからあたしらはずっと負け組なんだってわかんないのかよ!」


「……もう一回言ってみろ」


「今の言葉、もう一回言ってみろよ!」


 両方の肩を羽交い絞めにされて、足が宙に浮かんだせいで周囲を見渡さざる負えなくなると、握りしめた拳がガラスを叩きつけていて、そこが赤色に焼けてさっき理沙が埋めてた穴全部を入れても足りないくらいの手が入りそうなほどの穴が開いていた。だが、そこから先には椅子に座ったまま瞳孔を開ききって肺が波のように大きく動いてる千花の姿が見えた。目線だけを残ったガラスの上ですべるように動かしていくと、そこには今も大きく音を鳴らし続けながら、私の胸まで灯りを照らしていて見える範囲の体を暗くしている部分がない。


「木月さん、みんな怖がってるわよ、もうその辺にしてあげたら?」


 私の両腕が下へ向かうのを見て、係員の人は腕を両脇から抜くと、そのままに体が崩れ落ちて、お尻から床に座り込むと、カウンターが腰を曲げた私の上にやって来る。そして、すぐ横にはパイプ椅子があって、その青色のクッションの横に着いた四角い足に私が映り込んでいた。それと目が合ってすぐに私は限界まで目に力を込めたが、それでも乾ききった目は元に戻らない。


「……流那。落ち着いたらまたもう一回話そ。私気にしてないから」


「私は……」


 有紗の声は私の後ろの方から聞こえて来た。そして、そのすぐ後に足音はこの部屋からなくなって、重い金属がぶつかり合ったのが一回だけ辺り一面に広がる。その後は、もう私の息の音がそのままに入って来るだけだった。指をわずかに動いたが床の凸凹は本当に小さくて擦りつけないと感じ取れないほど。そっちの方に首がどんどん向かって行ってもそれは変わらない。


「……ルナティック。魔女なんだ」


 息を吐くのに乗せることで無理やり外に出した私の中身。でも、その正面にも上部にも影になった灰色の壁しかなかった。体の意思に任せて正面に頭をぶつけるが、そうしてもそこは冷たくすらなくて、ずっと床に触れていた指が一気に持ち上がる。そうして、何度も周囲に視線を転がし続けて確認しているうちに上の方に首が動いた瞬間、天井が視界に入るとすぐにフードを被ってその上から頭を抱えた。


 おでこの少し上くらいに両手を当てながら、頭を抱えるみたいに丸くした背中を上の方に向けると、腕と膝が曲がって体の下に入り込むが、まっすぐ見ているだけで暗い中でもわずかに入り込む光のせいでわかる。でも、それを遮ろうとすればするほどに腰が上の方に向かって行ってしまう。それに、動くために床の上を擦らされた。




 閉められた窓を覆う黒いカーテンがそれを覆っている上に左右を真っ黒な黒板に挟まれた生徒会室では、一人の少女がまっすぐに伸ばした背筋から伸びた腕の先から常に等間隔でキーボードを叩く音が聞こえて来た。彼女僅かに落としたそれに着いた目がその音に反応してるかのようで左から右へと進み続けた後一瞬で左に戻ってを繰り返し続けている顔はデスクトップパソコンから溢れる白い光と、それに刺さったメモリから点滅し続ける赤い光に照らされている。


 その部屋には四つの机がくっついていて他の三つには本や置物や鏡などが置いてあるが、彼女が使っているデスクだけはその机の上はパソコンとペン立てのみ。それも他の机に置かれている物よりも汚れや塗装の劣化が進んでいるようであった。


「お姉さま! お待たせしました!」


 外でカエルが鳴いている音が聞こえてきそうな程の静けさは、引き戸が思い切り開かれたことで失われる。その後も靴が床を叩く音が何度も聞こえて来たし、音の主が飛び上がると同時にお姉さまの膝の上に座り込みながら表情を大きく動かして、目の前の目に自分の笑顔を写し込む。その間もキーボードの上でずっと動いていた指も、膝の上の重みを感じ取ったように止まった。


「妃美。私たちの関係は内緒だと言ったでありましょう?」


「あれ、そうでしたっけ……?」


 パソコンと膝の上で静止しているのに対して、新たに入ってきた少女の指は首に抱き着くようにしていたと思いきや言葉と同時に自分の顎に当てていた。その目はずっと部屋の天井を行ったり来たりしているが、そっちの方には闇に完全に溶け込んでいて何があるのかすらわからなくなっている。数秒後にはその目がもう一度真横のお姉さまの方に移動するがそっちの目は離れる前と何も変わっていない。


「じゃあ、今言ったであります」


「わかりました! それと、はい。これが今週中に受け取った奴らのリストです!」


 背負っていたカバンから取り出した一枚の紙にはたくさんの男たちの写真が並んでいて、その中のいくつかには青色のバツ印がつけられていた。彼らのほとんどは二人よりも倍以上年が離れた見た目をした上に中には髪の毛が禿げきっている人もいる。そして、スーツ姿の証明写真たちはその後誰とも目を合わせられることなくデスクの引き出しの中へとしまわれた。


「妃美はいつも良く働いてくれるでありますね」


「えっ……そんな……」


 顔を赤らめながら下を向いてそっちの方で膝と手を擦り合わせ始めたと思った瞬間、パソコンの画面のライトが弱まったと同時に、ポケットの中に入っていたスマホからなりだす。部屋中にこだましたバイブレーションの音。ずっと重そうにしていた瞼を一気に持ち上げながら手で妃美に降りるように指示しつつ騒ぎの主を取り出し、目や唇というパーツ以外は完全に夜の暗さと同化しつつある耳に当てた。


「東雲さん! 大変です! やつが……! やつが逃げ出そうと……!」


「ビデオ通話に切り替えろであります」


 眉をひそめていた妃美も目を丸くするほどに聞き取るのが難しい早口が電話から聞こえて来ると同時に電話を切り、パソコンのキーボードとマウスを先ほどと同じスピードで動かし始める。だが、鼻から音と共に出た息で明らかなようにその口元はいつも以上に上に持ち上がっていた。


 電話が終わって一分もしないうちに青色のウィンドウが開かれて、その後すぐに始まるビデオ通話。それに映像が映し出された瞬間、妃美が発してた音とは比べ物にならないほどの騒ぎがパソコンから発せられた。画質があまりよくないことや何度もブレ続けていたり明後日の方向を向きながら動いている物の、そこで起こっている音は一秒たりとも途切れることはない。突然に叫び声や銃声が大きく響き渡るが、その主であるパソコンの灯りが照らす顔はずっと固定されたままだった。


「申し訳ございません……! 模擬戦の後に手違いが起きてしまって……!」


「私が行く。それまで持ちこたえろであります。絶対にやつを外に出すな」


「でっ、ですが……もうシャッターや防衛ラインが何度も突破されています!」


「私の仕事にミスがあるとでも? お前らが死角から体当たりすれば一秒くらいは稼げるでありましょう」


 妃美にパソコンを持たせつつ部屋の奥の方に向けて歩き出し、その先にあった窓を開け放つと部屋にあったデスクの上に置かれていたたくさんの私物が一気に部屋の入口の方に向かって吹き飛ばされていく。外から聞こえて来る轟音と部屋が荒らされていく音は先ほどの絶叫よりもはるかに大きかったが、その足は一切止まらずに窓にかけられて空へと落ちて行った。




 細い通路の間で無数に転がった人体。それぞれが首を切られていたり四肢の一部が明後日の方向へ飛んでいたりしている上、周囲の染み一つなかったはずの白い壁に無数の血痕と呼ぶにはあまりに大きすぎる赤い汚れが散乱してしまっている。だが、それでもこの場所のありとあらゆる場所からはうめき声や叫び声が何度もこだましていて、それはお姉さまの後ろを歩いている妃美が耳をふさいでも何一つ意味がないほどであった。歩ける床を探しながら進んで行くせいで前にある背中がどんどん遠ざかっていた。


「東雲さん!」


 左胸を抑えながら壁に体を預けるようにして進んでくる若い女性は大きく口を開いて、言葉が止まった後もそれが閉じられずにようだが、その様子に彼女は視線すら向けられることはない。


「役立たずが。やつはどこでありますか?」


 申し訳ございません。と答えながら施設の地図とそのうちの一か所で赤い丸が点滅している様子が表示されたアイパッドを渡すと、彼女は妃美よりも後ろからその背中を追うことになる。その音や言葉にならないわずかな声を含む息遣いは周囲の人々が発する大きなそれにかき消されていた。


「……それと、東雲さん」


「まだなにかあるんでありますか?」


「いえ、やつに廃棄予定だった所持品を強奪されてしまいまして……」


 一度足を止めて女性の方へと首をわずかに向けるが、ほんの数秒で正面に戻して足元にあったまだ動いている切られた腕を蹴り飛ばす。斜め上の方向へ飛んで行ったそれが目の前にやって来た彼女は正気を保っているのが難しく、一度追いかけるのを辞めて、口元に手を当てながら喉に強く力を込めて何度も空気を飲み込み続けた。


 アイパッドに表示されたボタンの一つをタップすると、施設にある奥の部屋から道のりを追うようにバツ印が付く。もちろん、手荷物の保管庫として使っていた休憩室もその例外ではない。そして、そこは赤い丸が点滅している場所でもある。


「掃除屋などホームレスにだって出来るであります」


 それだけ言うと、後ろに向けてアイパッドを投げると、体が限界を迎えつつあり進むのも難しくなっていた女性の手の元へと落っこちて来る。それに気づいて後ろにいた二人の視線がパッドへと向くと、その中では現在位置を示す矢印が点滅する丸へと刺さっていた。女性はもちろんの事、妃美の足も画面へと視線が落ちると同時に一歩後ろへと動く。


「よく覚えておけ。私の計画が失敗することはない。そして、あの女はどんな魔法使いよりも強くなるということを」


 目の前にあった部屋のシャッターにできた穴を潜ると同時に右手を肩と同じ高さにすると青い光を伴ったその体は、次の瞬間にはトランシーバーを手にした青と白の制服に包み込まれていた。


 そして、照明が破壊されたその部屋では、暗闇の中で輝き続ける一点の赤い光に全員の視線が集まっていて、液体中に何かが入り続ける音が妃美と研究員の方へと近づいていた。

読了ありがとうございます

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