表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lunatic  作者: コンテナ店子
第一部前編
2/216

第2話

 仲間のうちの一人の家でもある、静けさの中で床の軋む音が何度もするアパート。そこの寝室として使われていた部屋に五人全員で詰めて座り、セレニアが握った蝋燭に火が付いたのを確認すると障子とカーテンを締める。そうしている間に残りのメンバーの中で、こっちとは全く違う隅の方で、目をきょろきょろさせたり腕を組みなおしたりして立っている杏を除く二人。クラリッサとメアリーが、持って来ていた催事のための敷物を広げていたために起きた風が私の服をわずかに舞い上がらせた。


 その後床の上に姿を現す円陣と我ら全員の力の粋を結集させて書き上げた紋章。光に照らされたそれを見ている周囲の同胞三人の目の中で炎が揺らいでいる。お互いの見渡していると、敷物を囲う四つの点で出来た円より外は真っ暗にしか見えなかった。


「ふっ、暗闇と言う物はいい物だな」


「あぁ。彼らへの生贄を捧げるにはちょうどいいだろう。さぁ、すぐにでも始めよう」


 同胞の一人が取り出した袋が視界に入ると同時にポケットの中で四つに折っておいた紙を取り出して、その中身をわずかに確認する。クラスのグループラインをスクロールしまくって見つけた先月の体育祭の写真。僅かに傾けたこともあって、その縦の折れ目になってる中心部分から赤い光が入り込んでた。


「どうしたルナティック?」


「え?」


 いつの間にか正面でクラリッサが大きめの黒いタオルを自分の体に覆いかぶせるように頭と両手で持ち上げてて、そこから暗闇とほとんど同化してる瞳孔とそれを覆ってる白目が見える。


「え? ではない。自分で決めた真名だろう」


 言葉が言い終わるに連れて、メアリーの生贄を受け取りに行くために右の方へ進みながら左手で私の写真を掴むと、そこが端の方なせいで、そこにいた私と杏が隠れてしまった。それが袋の中に入っていくのを見逃さないようにしながら、目を出来る限り瞑って震える瞼の持ち上がったわずかな瞬間だけ、かすんだ世界の中で赤い光が見えるようにする。狭い世界の中で、脇を締めるようにしながら祈りを捧げるために畳の上で指を滑らせた。




 リビングにある椅子に座りながら背もたれに体を投げ出す姿勢を取り続けていたが、目の前のテーブルにコップが置かれた音が聞こえた瞬間、先ほどまで棒の様だった手をすぐに伸ばしてそれを一気に飲み干す。一回汗を拭いてからもう一度体を正面の方に投げ出した。そうしながら、テレビの方を横目に眺めると夕方のニュースがどっかの運動部の強豪校の様子をレポートしてて、出ているレポーターが大きな声なのにゆっくりと『見てください』とランニングの様子を報道している。だが、そこに映っている選手と報道されている人たちの足はほとんど持ち上げられていない。


「っち、あーだる」


「また塾?」


「まじだるいわー。ほんと親死ねばいいのに」


 ずっとスマホを見ていた彼女が私の向かいにあるこの部屋で唯一開いてた椅子に座り込んだクラリッサに向けてラインが開かれた画面をテーブルの上に放り投げた。その画面はテレビの光よりも明るくて、普段暗めにしている私には少し眩しくて学生服の袖で遮る。


「私だったら絶対寝るわ」


「てか家まで歩けないし」


「ねえ、ルナティック。ちょっとこっちまで来てくれない?」


 軽く手を置かれた肩の方を見てみると、壁をバックに立っていた杏が両方の手の指と腹だけを合わせるようにしながら顔の前にそれを持って来てて、何度か動かしてた。こっちが少し静かにしてると、脇を締めるようにしながら体を少しだけ後ろの方に動かす。


「何か用か?」


「うん。ちょっとだけ。すぐ済ませるから」


「手短に頼む」


「ありがとね」


 カバンを持つ杏が進み始めるのを見計らってから私もスマホを手に取って立ち上がる。そして、それと同時に疲れたせいか我慢できずに欠伸が出てしまう。それが終わってから横の方を見ると、メアリーがさっきの恰好の自撮りを貼ったツイートをこっちの方に見せびらかしてきて、足が少し遅れた。




 扉を通してキッチン兼廊下の方に出ると、ここには電気が付いていないせいで、灯りは正面にいる杏の背中側にある玄関の上部に付いたプライバシーフィルムの向こうから来る光だけ。その様子をじっと見つめるが、彼女の手は下の方を行ったり来たりしてるのみで口からはわずかにこぼれる意味のない言葉。


 後ろの方をちらりと確認してみるが、引き戸があるだけでセレニアとクラリッサが会話しつつも、大きな声で笑いながら机を叩いてたり、髪の毛をいじってる声が聞こえて来た。


「外で言ったことを忘れたか?」


 前に一歩踏み出すが、靴下をはいていたせいかほとんど音がせず、私も黒いのの方に視線が吸い込まれそうになる。その布によって出来たわずかな段差。それのせいで動かした時に触れたはずの床の上に転がってたせんべいか何かのゴミに音がするまで気づけなかった。


「……ごめん。私、どんくさいから」


「別にいい。用がないならもう戻るぞ。次の儀式に向けて資料を借りてこなければならないのだ」


「待って」


 杏のひんやりした両手が私の片手を握りしめると、ほとんど力が入ってないのに私の体は気付いたらその場で動けなくなっていた。足を少しだけ動かすと靴下の生地が簡単に床の板と同じ方向、リビングと玄関を直線でつなぐ方向に滑りそう。それに、それを防ぐために力を込めるとかえって動きそうになった。


「あの、これ……」


 学校指定のカバンの中に入った手がチャックの凸凹を引きずるようにしながら出て来ると、白と黒の布で出来た丸い様な物が握られてると思ったら、すぐに元に戻って底が膨らんだ。目を瞑りながらほとんど足が動いてないのに、なぜか肩で息をしているその様子を黙って見てると、今度はカバンが動いてるのかわからないくらいに素早い動きで本が一冊出て来た。


「この前、社会苦手って言ってたでしょ? こういうの役に立つかなぁって思って」


 ツイッターで数十万人のフォロワーを抱えてる絵師が絵を書いたって帯に書いてあるそれの表紙にいる、ソシャゲのキャラみたいな見た目のキャラと目が合うと、気付いたら口が動き始めてた。


「バカにしてるのか?」


「えっ、でも……」


「アニ豚どもと一緒にするな! アイツらみたいなあんな中身のない幼稚な作品を見たりしない!」


 杏の手ごと弾くような勢いで手を振り払うとその勢いのまま指の関節が壁にぶつかったが、それ以上に大きな音で本が激突して、鍵がかかった玄関が激しく反響し続けるようなそれは私の方にも当たり前のように届けられる。


 廊下の隙間を縫うように杏の横を、体の向きを変えるようにしながら全く触れずに通り過ぎる。だが、それから廊下の中心に戻ろうとする瞬間、床に転がってた本を踏みつけ、滑って転んだ。


「流那!」


「構うな!」


 背中の方からやって来る足音に向けて右手の平を反射的に向けながらもう片方の手で立ち上がろうとしたせいで、体の体重が乗っかった腕が曲がりそうになって、真っ直ぐに伸びた足も使おうとしたけど、ほとんど力が入らなくて一旦尻餅を着くハメになる。


 学生服のスカートを介することなく直接お尻と床が触れあって、火照った自分の体を貫くように伝わってくる冷たい感覚。気づけば力を入れるために曲げたはずの足を抱えるように腕が動いてて、それの上におでこを乗せようとしたけど、いつの間に私の前にいた杏の姿が視界に映った瞬間、すぐに両手を使って体を立ち上がらせて、走って外に出た。




 部屋から出た外では三方向はもちろんのこと、落ちないように作られた手すりがあるせいでまるで全方位がアパートの建物に囲われたような場所から見える向こう側には、青白い夜空と真っ赤な夕日が混ざり合うような空が広がっていた。


 手すりに触れてみると、つるつるとしたそれは老朽化が進み塗装のハゲやその奥のサビが全く隠されていない物の、私の爪で弾くように動かせば簡単に音が鳴るし、そのまま溜息をつきながら腕から順にそこに体重を伸し掛かけても特に揺らめきもしない。


 と思った瞬間、体がその手すりに押し付けざる負えなくなるような突風が体に体当たりしてきて、慎重に凸凹した外壁を滑らせるような動きでしゃがむと、その衝撃的な勢いに寄りかかっていてもフードが激しく私にぶつかってくる。


 落ち着くことも知らない中でイモリのように壁に手を押し付けながら一手づつ上へと動かしていく。それで見えたパーカーの袖が埃によって汚されてて、手首を曲げつつ、指を持ち上げて爪を立てる。少しづつ弱まっていく暴風の中出っ張りに爪がぶつかると、そのままに指と爪が離れそうになったけど、すぐうるさかったフードを被らせるために、手で頭を抑えるようにしながら曲げた膝に肘を近づけた。


 大きな音と風が落ち着いたころフードをもう一度顔の方へ引っ張ってから、上に向けるようなポーズで両瞼を動かして、塀の角に合わせるようにしながら体を持ち上げると、大きな駐車場に止まっていたのは、一見するだけで口で息をしたくなるような息苦しさを感じるような頑丈なヘリコプター。左右対称なはずなのに、武器が取り付けられてるせいか、想像よりも複雑な形をしたそれは、目を凝らすように見ると余計にその外装はたくさんの段差があることがわからされた。


 その引き戸が引かれた瞬間、やまびこのように等間隔で地面を叩く音が何度も聞こえてきて、体がいつの間にか塀の凸凹にはめ込まれる。そこにはまるで隙間は全くない。さらに、喉の通り道すら閉めるような勢いで肩や顎を持ち上げる。いつの間にか曲がってた首を元に戻ってた。


 何度も口の中を前後する呼吸。それに意識を向けてたはずなのに、いつの間に揺れ出した床とそこから聞こえた高い靴が何度も地面を叩く音。尻が何度も上下するかのような感覚のせいでそれに対応するように背中が何度も擦りつけられる。全く同じ音が聞こえてきていると思ったその瞬間、僅かに視線の端の方に違う、吸い込みながらも反響する鉄板のような音が聞こえて来た。


「あれ、流那、何して……」


「杏! 逃げっ……!」


 最後までちゃんと言葉を続けたはずだった。だが、私の口からは確かに出たはずの声は自分の耳でも肌でも感じ取ることが出来なくて、その代わりにいつの間にか出ていたのは想像をはるかに超えるような振動で。それのせいで体が一気に反対の壁に叩きつけられ、そこから唾液が飛び散る。その後、今度は体が固定されることはなくて、床に到着するまでゆっくりと滑り落ちた。


 体から抜けた力が何とか元に戻った瞬間、それの無事を確認するかのようにわずかに動かすと、そこに転がってきた歪とはいえ四角と言える形を保ったコンクリートとそこから少しだけ飛び出たフレーム。それが何なのかわからなかったせいで触れようとした瞬間、お尻の下にも小さな同じ欠片がぶつかってきた。


「邪魔、であります」


 私の前にいた男を腕で押しのけるように現れたのは、夕日に照らされない真っ青な軍服と普段外に出ない私たちにも届かなそうなほどの真っ白な肌と髪。しゃがんでるこっちからは彼女の高い背を見上げるようにしているせいか、視線が合わない。そして、それは私の怪我した足と向こうのまっすぐ伸びた黒い厚底の靴がぶつかり合っても変化なかった。そうしたら、私の髪の毛が降りてきて、マントをたなびかせながら歩いて行く姿をそのわずかな隙間から眺めた、と思ったらそれは制服だった。

読了ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ