第16話
便所ブラシの持ち手が便器にぶつかるたびに大きな音がしていた。でも、外の広場からは今まで連中が話してたような音は聞こえなくて、たまにバリケードの鉄骨を叩く高い音が聞こえてくるくらいだった。さっきまで限界まで力を込めて便器を擦ってたけど、一旦ブラシを床においてから大きくため息をついて両方の肘を膝の上に置きながらおでこを手で支えつつ、便器の上に座る。10本の指が髪の毛の中に入り込んでくる感覚を味わいながら自分の細い腕を眺めるとその真っ白な色がただひたすらに続いているのが見えた。
そうしてる時、外から怒鳴り声が聞こえたこと気づいたのは、私の両手が髪の毛から抜けるように頭が動いた後だった。左右へと目が動いている間に、また同じ大きさのが聞こえてきて、それも止まる。そうしていると、また自分の手首とその奥にある個室の入り口の塗装がはがれて木の割れ目が見えている場所しか見えなかった。
それから、1分経ったか経ってないかの頃、ものすごい大きな音がして、その衝撃で私の体すらも飛び出しそうになった瞬間、足を強く踏みしめると一緒に、歯も食いしばろうとするけど、でも、いとも簡単に体が吹き飛ばされて肩を個室の壁にぶつけた。そして、自分のお尻が床にくっついたせいでそこが水で染みるのを感じるのよりも早く手を背中に回してその痛みを抑えるようにしたけど、でも、目を強く閉じようとする力は一切止まろうとしなくて、息を強く吐きながら頭を下に向けようとした。でも、その直後に斜め前の壁がある方からシューズが高い音を立てながらコンクリートが叩く音がしたけど、それもまた周囲へと響きたる大きな何かを破壊する音に隠れる。
「腰抜けぇ! いるか!」
ハリーの声を聴いた瞬間、両手に力を込めて立ち上がろうとするけど、お尻がすごく重い上に、両方の手の平で床を押しこもうにも力が上手く入らなくて、片目をつぶるようにしながら押しこもうとしても、変わらなかった。そのまま、肘を軽く曲げるようにして肩を落とすと、また外から大きな音と一緒に女子たちの大きな声がこっちにまで聞こえてきて、それのせいで顔だけが持ち上がるとその直後に激しい砂煙が個室のわずかな隙間から入り込んできて、それと一緒に外にいるハリーも大きな声がする。
「はっ、はりぃぃ……たっ、助けてくれぇ……」
「お前が何とかしろよ!」
ハリーの早口で大きな声が聞こえたと思ったら、目が大きく開いて、またその尻が熱くなる。さらに、歯を強く締め付けるとわずかに下に押されて顎ごと頭の向きが変わると眉の位置もそれに引っ張られるように動く。目同士が近づくように力を入れていたはずなのに、だんだん瞑りながら周囲にしわ作るようなものに変化する。
その間も、外からは姉御の人のも含めて大きな声が続けて聞こえてきて、それを聞いてると、なんだか体から少しづつ力が抜けてきて、口元がほんの少しだけ緩んだ。
「……わかったよ」
このトイレから聞こえてくる音は全てなくなって。外で立っている砂煙の音だけになった。それから、息を吸ってから口をふさぐ音がして。一度だけ歯が動くのも聞こえてくると、また来た時と同じような靴が床を叩くのが聞こえたのと一緒に、それが等間隔でだんだん小さくなっていくのを感じた。
それに対して私は、目を元に戻しながら口を紡ぐ。そのまま正面にある自分の内股に重なってる足を見つめる。それは個室の上に灯りがないせいで暗いままになっているせいか、同じ色のままになってるし、その奥にある床は湿ったままになっていた。
その後、外からまた耳を切り裂くみたいな叫び声が聞こえたと思ったら、それと真逆のような低い激突音が聞こえて。それを追うみたいにハリーの名前を呼ぶ声が次々とこっちにまで聞こえて来た。さらに、その声も途中でまたハリーの時と同じように高い声と叩きつけられる音に変換される。
部屋の中にいる私は、音を聞くたびに目と口の中を拡げるようにしながら体が少しづつ震えるように小刻みに上と下に動き始めると、だんだん唇同士が離れて歯が外に出る。鼻から息が小さく吐き出されると喉が動いて、それと一緒に腕に力が入ると、左肩を斜め下に向けるような形で立ち上がると、右手を個室の壁に付けるようにしながら便器の上に座り込んだ。
それから背筋を曲げながらおでこに手の平を当てるようにしつつ、両腕の間から個室の入り口を見るように目だけをそっちに向けながら瞼を下ろす。そうすると、また外からこっちに向かって走る音が聞こえて来たけど、それも突風が吹き荒れる音と一緒に聞こえなくなって、息を飲み込むように頬を膨らますけど、それからすぐに口から息を吹き返した。でも、それが終わるとまた喉を押しこもうとしているのに小さな笑い声が抑えられない。そして、また頬をちょっとだけ膨らませて、眉を下の方へと持っていくような動きをさせた。
外から音がしなくなって、しばらく。両方の膝と太ももに手を添えるようにしている体制のまま、背筋を曲げたままに何度か瞼を動かす。唇を少しだけ前に出すような表情に変った。一回瞬きして、目線を上に向けると唇と一緒にそれを元に戻した。
それから、前に手を出しながらお尻を出来るだけ突き出した状態で便器から体を立たせる。そして、一回両膝がまっすぐになったと思った後、膝を少し曲げて座らないような位置で腰を落とす。それから数回目を左右に動かすけど、どこからも音は聞こえない。強いて言うなら、向こうから小さな話し声が聞こえてくるくらいだった。でも、それも常に数秒間の間が開いてから来ると言う感じだし、一回目線を左に寄せながらそれと反対方面に口を合わせるようにしてそのまま視線を気持ち上の方へと持っていくと、鼻から息を少しづつはいていく。
それから、目を開けるのに合わせて片方の手を合わせつつ入り口のカギを横にゆっくりとスライドさせる。でも、その瞬間に、一瞬音がかちゃりとしたら、中途半端にその場所で止めてから、辺りの様子を僅かな隙間から見てもう一度手の力を緩める。それからドアを開けると、眩しくて手が目を抑えるように動いた。さらに、目をぱちぱちと激しく瞬きを繰り返し、目を強く押し込んでからもう一回天井にある汚れた電球を眺める。その間、私の喉は押し込まれるように目を細めそうになって一度降ろした両手に力を込めて握りしめる。それから両方の力をそのままに、首を下に向けるも、背中は真っ直ぐのままになっていた。
さらに、目を閉じながら肩を一瞬だけ上へと持って行った後に落としながら顔を正面に向けると、そのまま息を鼻から勢いよく吐いて、顔を鏡に映ってる自分と目を合わせないようにしながら音を立ててまっすぐに出口へと進んで行った。
それから広場の方へと、入り口の境目の所に手を置くようにして入って行こうとすると、すぐにその手がそこから離れるように動いて、そのまま口を強く紡いだ。さらに、握りしめた両手を胸に押しこむようなポーズをすると、背中を丸める姿勢のまま、鼻から小さく息を吐く。顔を一瞬だけ地面の方へと向けるけど、それから喉を使って前を見ようとするけど、それから目を動かして斜め下の方へと妨げる。さらに、しわを作りながら目を瞑ってたから、何度か息を吸ったり吐いたりを繰り返して、弧を描くようにおでこを動かしながら顔を前に戻したけど、そっちにいた姉御の人やその配下たち、ハリーも含めたそのグループが1人の2メートル以上はありそうな巨人の前に1列で並んで正座している光景は変わらなかった。
ハリーたちはこっちに背中を向けるような恰好のまま頭から全部の背筋をまっすぐにしていて。誰一人として巨人が女性とは思えない低い声で話している間、微動たりともしない。それに対して椅子に座ってるその、かつて姉御の人と向き合ってた人と似ている髪形をしているそれは笑い声をあげながら組んだ足のうちの上になっている方を動かして2人に指示しているようにしていた。
それから、わずかに姉御の人が頭の向きを変えると、他の一列に並んでいる四人が一瞬でそっちの方を見るように頭の向きを変えている。気づけば、私の眼は大きく見開かれていた上に、口も下唇を内側に入れるような形で歯を近づける。それから、目を反対側の壁しかない位置へと近づけた。
「すっ、すみませんでした!」
「姉御……」
ハリーの声は小さくてもちゃんと静まり返ったこっちにまで聞こえて来てて、震えるようなそれはまるで消え入るようで、だんだん消え入るように小さくなっていくのがこっちにもわかる様だった。全員が床とすれすれな位置まで頭を下げている光景。それを見ていると両方の手の平と前腕が平行になるようになりながら、二の腕が体を締め付けるような体勢になると、歯を噛み締めるように動かす。
「ちゃんと何に謝ってるのか言え!」
巨人が立ち上がって数歩歩くと、姉御の人の正面へと移動している。それと一緒に、ハリーの方から小さく砂が動く音がして、他のメンバーの体もわずかにびくりと動いているのがわかった。そして、巨人は姉御の人を覗くように両手を腰に当てると、頬を持ち上げるように動かしながら鼻から息を吐いている。
「私が、自分のこと、勝てると勘違いした、こと、です……!」
その声が発せられるまでの間、数秒の間があって。それからも、一つ一つを吐き出すように、先頭の音が大きくなるような形で表現されて、息と一緒に消えていくように発せられた。さらに、それを追う様に、静かになった部屋にうめき声がこだましていた。しかし、それもすぐに大きな笑い声によってかき消されてしまった。そして、それと一緒に周囲にある牢屋から聞こえてくる笑い声も続く。それに囲まれているハリーたちは、全く動かない。
私は、いつの間にか膝を下に落とすような恰好のまま目を限界まで開いてて、その横を汗が何度も通り続ける。でも、それを払うための手が動かなくて。瞼が小さく震えるように動いてて、喉が詰まるようになる。でも、お尻がさっきよりも大きく重くなっているように感じた。
「これからは私が地下のリーダーだからな!」
その声が聞こえると一緒に、周囲からは笑い声ではなく、大きないくつもの声が重なり合い、それすらもまた1つの生き物かのようにすらも感じる物になっていた。
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