第1話
周囲をきょろきょろと見回すと、一年生全員が揃ってるはずなのにこの部屋の後ろ半分の方は誰もいないのがわかる。それほどに大きな体育館。確かこの前アマプラで見たアニメの学校でもこれくらいの大きさはあった気がする。上の方にある窓から溢れて来る太陽の光が床を照らすとワックスが塗られたかのように光り輝いてた。そのせいでそこを見る角度によっては眩しくて一瞬後頭部の方に手が行きそうになったけど、耳の後ろ辺りで髪の毛に触れた瞬間、考え直して、今回は辞めておくことにする。
右の方を見つめてても、正面から数人分前で並んでた生徒を呼ぶ男の低く大きい声が聞こえてきた。そして、それは後ろを向いてた私の次の順番になる生徒も同じだったようで、慌ててスカートの方を確認してる。高い声できゃあきゃあ騒いでいるその女子の名前を思い出そうとしてしばらく考えていたら、さっきとほとんど同じタイミングで次の出席番号が呼ばれた声がこっちにも届けられて、それが久井田だったことを思い出す。
首を曲げて顎をその付け根の辺りに当てるようにしながら、上目遣いに前を見る。耳に引っかかってる髪の毛を何度も頭を掻くようにしながら動かした。そうこうしている間に私の二人前の番になってて、この学校でも一番背の高い教師に頭を色んな角度から確認されたり、髪の毛のふくらみを押すようにされたり。そして、それが終わると今度は中に突っ込むようにしていて、それに生徒が気づいた瞬間、腰辺りで曲がっていた腕が胸の方にまで上がるが、すぐに目の前の大人と下の方から目を合わせる羽目になって止まってた。そして、その直後に髪留めが外される。それを見つめてると、彼女が友達から借りてたそれを何度も髪で隠してた姿を思い出した。その後、ポケットの中に閉まった手で空気を弄ぶようにしながら顔のパーツを下に向けるようにした。
私の二つ前にいたそれが窓際にいる少数の連中の側に移動していく足取りを聞き分けてから一旦後ろを見た後、そこから一気に顎を上の方に向けながら視線を逆に向けて首を回転させる。そこにいたのは、いつもはスカートをミニみたいにしてたり、制服の胸元を広げてたりスマホもアクセをたくさんつけてた連中ばっかりだ。両手を頭に乗せて壁に寄りかかってたりしゃがむようにしながら欠伸をしていたその様子に鼻から軽く息を吹く。
「それじゃあ木月!」
その大声を聞いて、戻したはずなのにずっと下の方を見てたことに気づく。でも、何かに躓いたら嫌だしということで仕方なく視線をそのままにしてまっすぐに足を動かしていった。それから、先生の真横の辺りに来たところで、横をもう一回髪の毛越しに見る。でも、そっちの方には誰もいない。息を一旦吹きなおした。
今の私はエキストラとして映画の撮影に参加しているんだ。昨日の夜にヤフー知恵袋を見ながら考えたセリフを脳内で復唱しながら前へと進む。胸の前に手を当てながら、もう一回鼻で強く息を吐き出して、それから前を向くと、視界の中にはあの堅物学年主任とそれに媚びへつらってる担任たちだけ。その顔にできた皺が近づかなくても見えることを確認してから、握りしめた手に力を強く込めた。
すぐ目の前にある掲示板も兼ねた緑色の教室の壁。他のクラスのをほとんど見てないけど、入学して数週間たったのもあって掲示物がない場所に関してはもう見飽きたともいえる。教室に入るなりすぐに目の前に座ってきた杏の眼鏡に映った私は、髪の毛を後ろの方で結んでで、少しレンズが湾曲してるせいか若干姿が小さく見えた。
彼女の椅子を引く音がほとんど聞こえなかったのもあって、机のへりに親指の付け根を合わせるようにしながら体を引こうとしたけど、椅子が床のタイルの隙間に引っかかって中々進めない。そのせいで、いったん立ってから椅子を自分で引くハメになる。
「もうお腹は大丈夫?」
「……あぁ。心配かけたな」
いつも以上に声の出が悪かったからか首をかしげながらこっちの方を見てくるせいで、その勢いに合わせるように上の窓を介して空を眺めるようにすると、雲一つない青空だけでその向こう側は一切見えない。それのせいで眉をひそめる。
「……杏」
「何? ……流那」
しばらく真っ直ぐに目の前の両眼をじっと見つめて眉を上向きにするようにしながら、両方の指を絡めて肘を机におく。そうすることで、いつも以上に進めた猫背の目元だけを隠すようにする。そのおかげで、つい出て来てしまった笑みも指の裏側だけで起きてる出来事になった。親指と人差し指の間から見えるわずかな空間。その中にある皮膚の赤色と暗闇の黒が支配する世界を見ていると、その笑みもしばらく続いた。
そう思った瞬間だった。突然聞こえた大きすぎる音に後頭部を思い切り殴られ、指の骨と眉間がぶつかって、そのままの勢いのままに後退した肘が机の縁を滑り手がそこに叩きつけられる。
後ろの方ではさっき私の二人前にいたやつや後ろにいたやつらがこの前朝のニュースでやってたいいねダンスの曲を流しながらはしゃぎ回っている。わざわざ白い学校のカーテンまで閉めてだ。
「行こう。ここじゃダメだ」
「そうなの?」
もう一度周囲をきょろきょろしながら、喉を一回鳴らすように唾を飲みこんで、すぐに立ち上がって杏の耳元に行ってから両方の手を使って筒を作ってから話し始めた。
「あぁ。アホが多すぎる」
やつらの対角線上にある教室のドアから外に出て、すぐに杏の腕を握りしめる。そしてそのままに足を限界まで突き出すかのような勢いで歩き続けた。まっすぐに視線を向けていても視界に入って来る少し先の廊下はどこまでも同じ色。すぐに教室がある棟から下駄箱に近づくために曲がるが、そこにもしばらくはそれが続いてた。
下駄箱のすのこに足を置いた時の高い音を追い越すようにしてすぐに全力で走り出す。後ろを振り向くと、杏も靴を履き替えている様子が見えた。
いつも同胞たちと集まってるアパート。そこの階段近くには思った通り、もうすでに連中が先んじて到着していた。彼女らと目を合わせたその瞬間、口元を際限なく動かして、その横に開いた唇をすべらせるように息を吐く。それぞれに持っている物が多くてその姿は良く見えないが、それでもそっちの方に向けて一度緩めていた足の速さを元に戻して、足音を隠さずに動かした。
腕と足を強く振って、片方の靴が地面に着地するたびにそこに力を込めるようにしながら、夕暮れ時の陽に照らされてる建物とその敷地内に観賞用として植えられている植物の影の方へと走って行く。
「杏! 何してる! 早くしろ!」
「ごっ、ごめん……!」
自分の息の音が聞こえるようになったころ、後ろを振り返るといそいそと荷物をまとめつつも手を滑らせて、それらを床に散らかしている杏の姿があった。カバンの鉄が付いた部分が光を白く反射していて、それが私には少し眩しい。それに対抗するように家から持ってきたフードを強く引っ張ると、後頭部も含めて全部の髪の毛が隠れる。
「はぁはぁ……。流那……少し、ゆっくりしようよ……」
私のすぐそばに来るなり両膝に手を付きながら息をするようにしている杏。その視線は私の方を見上げるようにしながらも、その上での移動を繰り返している。それに対して、私もお腹よりも少し上の方へと私も視線を黙って送る。肩を自分の意思で少しづつ整えながらしばらくそのままずっと立ち尽くしていた。
そうしていると、杏がいる方からわずかに風が吹いてきて、私の肩の少し上の方から三つ編みになって垂れて来てたのが揺れる。それが何度も浮かんだり落ちたりで私の内部の骨に直接触れるように胸へ当たった。
「しかたな……」
「ルナティック!」
スカートから伸びた自分自身の太ももに直接手が触れそうになった瞬間、体が後ろの方に反応するように動いて、もう片方の前の方に進みそうになってた手も止まった。それの方を眺めてみると、薄手のパーカーの中から出ている骨格が見えそうな手首が視界の中心にいる。そしてそこに映る黒い血管。そのどちらも杏の影に半分づつ隠れていた。
「急げ! 組織の連中が来るぞ!」
「……すまない。杏、真面目にやれと言ったはずだ」
一度わずかに曲げた腰をまっすぐに戻すと同時に足を滑らせるようにしながら体の向きを九十度変えて、目だけを斜め下の方に向ける。いつのまにか私よりも少し杏の方に近い距離にまだ付いてない街灯の影が地面に差し込んでいた。
同胞たちの方を確認すると、階段をどんどん上がって行ってる。私も背筋をちゃんと伸ばしているはずなのにも関わらず、首を曲げなければその様子を見ることは叶わなかった。
「あはは……ごめんね。私、どんくさいから……」
話が尻の方に近づくにつれて顔のパーツの動きに反対するように声は深淵に身をひそめるように小さくなっていった。
「そう簡単には我らの側に来ることは出来ない。それを肝に銘じておけ」
できる限り早口でその言葉を終わらせるとすぐに正面の方に体も顔も向けて、レンガのような模様が描かれているアスファルトの上を早歩きくらいの早さで強く力を込めて歩いて行く。再び僅かに後ろの方から吹いてくる風がパーカーをわずかにはためかせて、鼻を鳴らすように動かすと、フードをより深くかぶるようにその頭部を強く引っ張った。
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