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稲高文芸部活動記録  作者: 稲高文芸部
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アット・ファースト・サイト


「第一印象って大事だと思うんすよ」


 西日が少女たちの照らす部室にて。

 後輩の富士見は、いつもこうして、唐突に議題を出す。


「『人は見た目が九割』」


 早川は電子書籍のタイトルを見せながら、そこに指でばつ線を引いて否定した。

 人は見た目じゃない、と言いたいらしい。


「まあ、第一印象はそもそも見た目だけに限った話じゃないっすし、今は人の話はしてないっす。小説の話っすよ」


「小説の話というと、書き出しですかねぇ。『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。』とか」


「『四月のある晴れた寒い日で、時計は十三時の鐘を打っていた 。』」


「『めちゃくちゃ気持ちいいぞ、と誰かが言っていた。』っすね」


 こうして、部内即興暗誦合戦──うち、男子の前で声を出すことが嫌な早川は、冒頭部のページを拡大し、賢明に冒頭部に指を擦っているが──が始まった。

 部長の岩波は、実はそこまで小説を読んでいない。彼が読むのは学術書だ。

 文芸部の部長職を拝領したのは成り行きで、同級生の春秋こそ部長に相応しいと考えていた。


「こ、『この本に『雇用、利子、お金の一般理──」


「おっと。センパがついてこれてねーみたいなのでここまでで。何を言いたいかってーと、多くの作品は、最初の一文にすごく印象的な何かを残しているわけっすよ」


「ふむ」


「つまり──この小説の1話、クソじゃね?っという話なんすよ」


 富士見はけらけら笑いながら言った。富士見にはなろうで小説を公開しているという設定があり、本作もまた、富士見によって投稿された作品という設定なのだった。

 不服はなかった。大方その通りであると認識していた。

 アクセス解析も、本小説の1話切り率の高さを如実に示していた。


「世界観の説明もなく、キャラクターだけ、ぽん、と置き。容姿の説明もなく、ついてこれるか?とリードもなく、完全にほったらかしにする。更に言えば、話題も凡百を通り越してると……まあお砂場なんで、別にいいっちゃいいんすけど……欠番にするなり大幅改稿するなりした方が、多分優しいよなって思う」


「Web小説は、単行本と違って、買ったからには全部読もう、が通用しないジャンルですよねえ」


「単行本だって、買っただけで読まない、あるんじゃないっすかね。ほら、積ん読とか言うじゃないっすか。わたしも、面白いはずなのに途中で投げてしまったマンガとかゲームとか、結構あるっすよ。体力の問題なのかな」


「いや、富士見は僕より後輩だろう……」


「いやいや。情熱と年齢は関係ないと思うっす。なんてゆーかなー、すごい、数年前のわたしの方がコンテンツに対して真摯だったなー、みたいな罪悪感?が、年々増してくんすよね」


「十代の発言とは思えんぞ」


「第一印象が強いと、最後まで読まなきゃな……みたいになるんす。最初に走れるだけのエンジン?みたいな」


「そうですねえ。そこで読み進めるにつれて上がっていく盛り上がりを、維持できるかって。むつかしいですよねえ」


「『二つの山河』」


「うん。それ。早川ちゃんの言うとおり、展開を盛り上げる山と、だらだら読んでいける河を、こう、バランスよーく配置するのがいいのかなー、って。特にWeb小説って、ぶつ切りで読んでくじゃないっすか。だから、物語全体で山と河を作りつつ、各話ごとにも作る、というか。ちょうどその、『二つの山河』でやってる……つもりなんすよ」


「できてるんですかねえ?」


「わっかんねっす。それが正しいのかも正直わっかんない。毎日おっかけてくれる人にはホント、感謝しかないっすけど。毎日更新追ってる人と、読み進めてる人で、やっぱり与える印象って変わってるんじゃないかなーとか。アレの言動を山河に結構頼る感じなんすけど、そうすると、後から読む人は、アレの言動を『くどい』って思うんじゃないかな、みーたーいーなー」


「山と河、ですか。まあ、どこまで伝わるのかわからないですけどねえ。それに、このお話には現在進行形で河しかないですねえ。それも淀んでます。賽の河原みたいですよう」


 春秋は第四の壁を認識している。

 部長職の岩波が持っていない能力であった。


「……すまない、春秋。君が何を言っているのか、正直、よくわからんが。河原に石を積み上げることも、無駄にならんのではないかな」


「怖いおにさんに崩されても、ですかあ? うふふ。でも、怖いおにさんも見向きもしてないんですけど──」


「崩されたら、また積めばいい。成長のチャンスとして、励みにしていきたいな」


 岩波はがり勉の頭でっかちであるが、そうであるが故に、まっすぐな奇麗事を真顔で言うことができる。

 インテリゲンチャは往々にして現実を見る能力に乏しい。

 岩波もまた、その得難い気質を備えていた。


「うふふ。岩波くんは、やっぱり部長に向いてますねえ」


 春秋は笑った。

 一目ではわからない彼のことを知っていたからこそ、彼女は部長職を辞したのだった。



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