記念日
「マルマル記念日とか、あるじゃないっすか」
日当たりのよい、穏やかな昼の部室にて。
「まあ、記念じゃない日なんてないだろうな。毎日が誰かにとっての記念日だ」
「うふふ。岩波くんは好いこといいますねえ」
「『人生の教養が身につく名言集』」
「早川。褒める通り越してそれはちょっと怖い」
「センパの録音名言集。聴くっすか?」
「お前は何をやってるんだ……?」
ごとり、と年季の入ったレコーダーを出されて、岩波はちょっとヒいた。
確かに、受験期にレコーダー使って岩波の講義をリピートさせていた記憶はある。
まだ削除していなかったのだろうか。岩波は呆れた。
「富士ちゃんは岩波くんとずっと昔からお知り合いでしたもんねえ」
「まあ、家が近かったしな。小中と一緒だった」
「いやー。センパには昔からお世話になりっぱなしっすよ」
「大したことはしてないさ。富士見にも世話になったと思っているぞ。文芸部に入ってもらえたお陰で、存続の危機を免れたからな」
岩波は部長力──岩波は部長職にはそういうものがあると盲信している──によって、早川が少し所在なさそうにしている姿が目に入った。
「もちろん。助けてくれたのは君もだぞ。早川」
「……ぶちょ、っ……!」
早川が口を塞ぎ、顔を赤らめる。
異性に声を聞かれるのは恥ずかしい、という申告は今も変わらないようだ。
「まあ、君のその体質も。僕にとっては大したことではない。気にしなくていいからな。いつか、気兼ねなく喋りたいと思っているが……ああすまん、プレッシャーをかける気はないぞ?」
「『感謝だ、ジーヴス』」
大型のタブレットで顔を隠しながら、早川は『感謝』の文字を一生懸命指でなぞっていた。
「……周りからすりゃどうってことないことでも、当人にとっては、すごく大事なものなんすよね。きっと」
「そうですねえ。投稿一ヶ月記念、とか。当人はすごく嬉しいですよねえ。周りはわからないですけど」
「投稿?」
「何でもないですよう。うふふ」