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稲高文芸部活動記録  作者: 稲高文芸部
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没『魔王エッセイ』冒頭/没稿感想戦


 執務室には二人の男女がいる。


「どうすれば我々への偏見は払拭されるのであろうか」


 精悍な顔つきの青白い肌の青年は、いつものように憮然とした表情をしている。

 全世界から排斥されている魔族の指導者として辣腕を振るう彼は、来月で216歳となる。その人生のほぼ全てにおいて、謂われのない偏見と戦い続けてきた。


「親しみやすさが重要ではありませんか?」


「親しみやすさ」


「広報活動。PR。コマーシャル。自分たちがどういう存在であるのかをアピールするのです」


「コマーシャル」


 至る所にフリルがついたメイド服を着た女性は、健康的なペールピンクの肌をしている。

 そして、見るからに粗雑な付け耳をしていた。


「はて。昨日は、猫の耳ではなかったか」


「あたしは、耳が変わるタイプの魔族なんですよ」


「耳が変わるタイプ」


 ほう、と青年は感嘆した。

 長く生きているが、世の中には未知なるものも多いのだな、と思った。


「それより、コマーシャルについて訊こう。どういうことだ」


 メイドには、袖にもエプロンにも埃ひとつ見受けられない。

 つまり、こんな格好をしながら、女給の仕事に従事しているというわけではない。


「はい。あたしが思うにですね、お互いの無理解がですね? 今日の人類と、あなたがた魔族の対立へとつながっていると思うのですよ」


「そうだな。我々への偏見は尽きない。その最たるものといえば我々とゴブリンのような亜種亜人の同一視か。我々は人語を解するのだから本能に生きる獣ではない。そもそも私とて元はセムウェリア人の商人の子だ。だいたい──」


「落ち着いてください。色々案を考えてください」


「色々か」


 静かに目をつぶり、指先で机をトントンと叩く。これは、彼が考え事をしている時のクセだ。自分では気づいていないが、周囲の者は皆知っている。


 石造りの机がカツカツと音を立て、きっかり五分経った後──、


「どうすればいい」


「ギブアップにございますか」


「ギブアップだ」


「なるほど。……では、エッセイなど、いかがにございましょう」


「エッセイか」


「エッセイにございます。ささ、こちらの紙とペンをお持ちください」


「うむ。エッセイするとしよう」


 ごわごわとした羊皮紙とグリフォンの尾羽を加工したペンを女から受け取ると、彼は羽先にインクを付け、そして沈黙、停止する。

 まるで彼の周囲だけ切り取って、時を止めてしまったかのように動かない。


「エッセイとは、何だ」


 再起動に成功した。


「はい。魔王様の思ったことをただ徒然なるままに書くのです。それがエッセイというものです」


「私は王ではない。この共同体の便宜上の統治者に過ぎない」


「人間たちにとって、魔族の王はあなたにございますが」


「そもそも、魔族などという呼称も大仰だ。あなた方と我々は《世界の脅威》に抗する隣人である。いささか肌の色が違うに過ぎん」


「寿命も長く、力も強くおいでですが」


「《世界の脅威》を前にしては、大した差ではあるまいよ」


 はあ……とメイドの女がため息をつく。


「そういうところですよ」


「そういうところ」


「はい。相互理解をしようにも、コミュニケーションのための前提条件を共有していないのです。肌の色が違うだけで諍いが起きるのが人間なのですよね」


「そうなると、角が生えていたり、羽が生えていたり、耳が長かったりする者は──」


「倍率ドンで更に倍です」


「全身に触手が生えている者は?」


「無理に決まってますね。というかあたしでも生理的に無理ですね」


「む……。しかしだな、彼らは気が好いのだ。確かに発声器官はなく多少特徴的な外見をしてはいるが、彼らもまたこの地に生きる同胞であり──」


「ええ、はい。それを解決するのがエッセイなのです」


「エッセイ」


「そう、エッセイです。あたしは口出ししませんから、ちょっと書いてみてくださいよ」


「わかった」






 今日もいいてんきだ。

 かわべに寝ころがって日向ぼっこをすると、ふんわりとした気分になる。

 執務室の机は日が当たらないから、なんだかちょっともの足りない。

 今日の晩ごはんは何にしようか。めんどくさいから、手軽に作れるものがいいかな。たとえばゴブ──






「ダメダメにございます」


 メイドは羊皮紙をひったくり、投げ捨てた。

 壁に衝突した羊皮紙は、ぺちん、と小さな音を立て、よれよれになって地面に落ちる。

 今の魔王の心境に似ていた。


「ダメダメ」


「はい。ダメダメです」


「そうか」


 彼は不服そうな姿勢を見せる。


「なぜ、ダメダメなのだ」


「内容があまりに牧歌的すぎます。魔王様には、威厳があるのです」


「親しみやすさと言ったではないか」


「言いましたが、それでは、ギャップ萌えを通り越して精神攻撃なのです」


「精神攻撃」


「それに。エッセイにはウィットに富んだユーモアと、小粋なジョークが必要なのです」


「ウィットか。ウィットは、追々な」


「追々ではありません。書き直しにございます」


「書き直しか」


 教官は手厳しいが、想像の外にあった融和策を提示された以上、やらずにはいられない。

 魔王のモチベーションは、かつてないほどに高かった。


「没なのかこれ」


「没っすねー。メイドは暗殺を狙ってた勇者だったー、とか。魔王様より側近の四天王の方がエッセイ読み応えあるー、とか。ネタないこたないんすけど」


「『エセー』」


「そうそう。早川ちゃんが出してくれてる、エッセイの語源のひとの本読んでないから、エッセイってなんだって問いがそのまま自分にブーメランしてくるんすよねー」


「モンテーニュなら全国多くの公共図書館にも置いてるだろう。学校にも置いていなかったか」


「青空文庫にもありますよう」


「いやー、読まなきゃなー、とは思うんすけどー。読む気が起きないんすよねー。だって数世紀前の本っすもん。当時のフランスとか全然知らなーい。わたし受験は日本史って決めてるんすよ」


「ふむ。それなら解説してやらねばなるまい。ルネサンスといえばイタリア、経済力を手にすることで始まった文化復興運動を指すが、それはヨーロッパ諸国へと波及していき──」


「センパの長口上はテスト前だけでじゅーぶんなんすよ! 受験期は夢に出てきたっす!」


「睡眠中にも復習ができるとは感心だな富士見。またいつでも付き合うぞ。是非言ってくれ」


 岩波の言葉に、富士見はげっそりという顔をした。

 この高校に入るためには偏差値的に結構な無理があったせいで、岩波主催による頭をよくされるブートキャンプが毎日開催されていたのだ。

 ママからは「ああっ頭がよくなるっどんどんよくなりゅぅ」と頭の悪い寝言を垂れ流していたと聞いた。

 それは心的外傷にも似ていた。


「『読んでいない本について堂々と語る方法』」


「ああー。まあ、その手もあるんすけどね。色んな文体試せるなー、っていうのと、エッセイってゆー形式通して無理なく個人の過去・思想を語らせられるなー、てゆのは書いて面白そうな部分ではあるんすけど」


「文体変えるの、むつかしそうですねえ」


「そう。そこなんすよ」


「『文体練習』」


「ひとつのシチュエーションを99通りで表現した作品だな。僕も知っているぞ早川。僕も知っているとも。知っている」


 早川の提示する作品は、アナログ人間の岩波が知らないものも多い。

 岩波ははしゃいだ。


「快活な本だ。翻訳者によって工夫も変わってくるよな。富士見は読んだか? 貸してやろうじゃないか!」


「……そうやって、インプットしなきゃいけないっぽいもの際限なく増えるなーって思ったから投げたんすよっっ!!」

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