良作埋もれ問題
「わたしの観測範囲でこんな話題がありまして」
「仕方ないのでは?」
「二行で話を終わらせようとせんでくださいハル先輩」
いつもの部室。
スマホを見ながら良作が埋もれてると言い出した富士見に、同じくスマホを動かしていた春秋が答えた。
「『マタイによる福音書』」
「えっ突然なんのなに。宗教はほら、肯定も否定もあれだからちょっと……いや、個人の思想信条信仰は自由だと思うけどほら……ね?」
「マタイ効果。恵まれた研究者は、優れた業績を挙げることでさらに恵まれることになる。To him that hathだな」
「えっ何すかその英文。どゆいみ? なんで前置詞toのあとにhimがくるの? ここまで来ると鼻につく通り越してウザいんすけど」
「ウザっ……!?」
富士見の歯に衣着せぬ暴言に岩波の精神は大ダメージを受けた。
うなだれる岩波の頭を、早川が小さな手でよしよしと撫でる。
『部長は悪くないです。ふじちゃんが悪いんですよ』
早川は左手の撫でる手を止めずに右手だけで神速でラインを送信した。
「あっこいつここぞとばかりにポイントを稼ごうとしている……! 騙されちゃダメですよ!そいつSF者です!もれなくヘンタイ的で性格が悪いんだ!」
「うふふ。ふじちゃんの偏見がほとばしってますねえ」
「どうしてこんな子に育ってしまったんだろう……。僕の指導が悪かったのか……?」
・・・
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閑話休題。
「しかし、なんだ。僕はWeb小説とかわからないんだが……」
「うふふふふ」
ビビビビビ! 春秋は目からビームをはなった。
「理解した。Web小説理解した」
「唐突に世界観すごいことなったな」
・・・
・・
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閑話休題。
良作埋もれ問題を考えるにあたって。
「まず、他のコンテンツと比較した際の小説という媒体の弱みに、一目ではその出来を判断できないというものがある。絵や映像は一目でその巧拙が理解できるが、第一話の書き出しを読んで、物語の出来を予想することはできるだろうか? 文法規則の誤りなどで減点はあれど、冒頭時点、すなわち文体と展開で加点されるのはよほど言語的センスに優れた者だけだろう。
出版社から刊行される小説は、ブランディングでその弱点をカバーしている。しかし翻って、個人制作のWeb小説はこの弱みが表面化する。最初の数話を読み、この物語が今後どのように展開していくのか読者は予想を立て、継続するか否かを判断する。競争相手が無数にいて、文章を読むのは時間が掛かるんだ。タイトル・あらすじ・序盤の数話のうちに、この話はどうなるのかを意識させなければならないだろうな」
「んもー、いっつも弱みばっかり言い出す。それ陰キャっすよ陰キャ。強みはないんすか強みは」
「強みか。やはり、生産性が高いことだろう。1分で平均30字打てるとして、小説は指一本あれば1時間に1800字打つことができる。恐らく、これはもっと早い人もいるだろう。あくまで僕らが上手く書いてるときのペースだ。
しかしこの計算式なら、40時間で72000字になる。ひとつの物語を文庫本として作り上げるのに、40-50時間で完成させられる。もちろん、これはあくまで可能であるという数字だが……他のコンテンツに比べて実作業時間が非常に短いという特徴は間違いがないだろうな」
「そんな上辺だけの強みとかつまんねーっす! 想像をさせる、ってところー! たとえば、『埃っぽい空気』って一言表現したとして、それ絵とか映画で伝えるよりイメージしっかりあると思うんすよ。その辺はやっぱ小説が強いと思うっすね」
「でも、人によってそのイメージの重さが異なりますよねえ。作者さんと読者さん。どっちも同じ前提を持ってるとは限らないんですよう」
「まあハルちゃん先輩担当のやつがなにか特殊な前提を持ってることは疑いないですけど……でもそこも面白いとこでっ」
「強みとは言い切れませんねえ」
「そうだな。受け手に委ねられるというのは、強みでもあり弱みでもある。同じ言語を使わなければ読解できないというのは、現代では大きな障壁だと思うぞ。絵や映像の美しさを楽しむにあたって、言葉は必要ないからな。
だから──僕の挙げた2点は最小限であるが、恐らく、誰しも同意してくれる部分だと思う。
そして、なぜ良作が埋もれるのかという疑問についても、やはりこの2点を満たしているか否かというところが肝要ではないかと思うんだ。
序盤からの継続可能性が高いか。更新頻度が高いか。これらを満たせない作品は、それだけで評価の上でハンディキャップを抱えた環境だと言える」
「でもぉ! わたしもっと好きな作品が評価上がってほしいなーって!! あるんすよぅ!!」
「その2点の軸を満たさない、人の心を掴む作品だって沢山あるだろう。良作の基準は幅広いからな。しかし、上記の弱みを覆い強みを活かした作品が評価システムの上位に来ることもまた道理ではないかな。
このサイトでは、システム上、評価者が投下できるポイントは一人当たり12ポイントまでと定まっている。そして、そのポイントの価値は人によって違う。加点式評価であれば、基本的に評価を付けるときは5点とするだろうし、減点式評価であれば基本を3点としてそれより優れていると判断したか否かで評価をすることになるだろう。評価者個人で評価点の重みは異なるが、システム上はどちらも10ポイントだ。
君が大好きな作品があったとして、そこに一人で100ポイント200ポイントを付けることはできない」
「うふふ。ポイントは付けてもらえなくても、それだけ愛されたいですねえ」
誤脱字修正後の文章を読み返してくれる読者さんが一定以上いることに、筆者は申し訳なさを感じる以上に、うれしさを感じています。あまりよくないことですけどネ。
「テンプレート的な展開を批判する声もある。しかし、予想しやすいことは上記の弱みを埋める……継続可能性を高めることに繋がる。
そもそも、流行に乗ることについて、何ら悖ることはないと僕は思うんだ。それを逆手に取ることも戦略として利用できるし、例えば『ドン・キホーテ』だって当時流行していた騎士道物語に対するカウンターだ。時間という鎚と金床に叩かれて、ドン・キホーテの側が残ったというだけでね。
何より、作者の個性はどうしても浮き彫りになる。決められたルールに基づいて工業的に作品を作ろうとしても、人が人である限り個性は出てくるものだ」
「『AIのべりすと』」
「少なくとも2021年現在のところ、AIは人間が使う新しい道具だよ。科学の領域では今後、機械学習によって多くの発見がなされるだろう。しかし、誰もが科学者になれてはいない。なれた方が望ましいのだろうが……いや、すまない。これは本題からズレるな。
いずれにせよ、誰もが使えるわけではないという点で、AIはあくまで使用者の延長線にある道具であることを示している。僕は使っていないが、使う人間の工夫によって個性というものは出てくるはずだ」
技術がどんなに発展し、あらゆる娯楽の製法から変わったとしても。たぶん、そこには人間がある。
筆者は、そんなことを無根拠に信仰しています。
「そして。強みと弱みを意識して評価されやすい作品を志向し、その試みが成功し評価を受けたことは、しっかりと認識されるべきことだと思う。
そこに貶められることは何もないと、僕は思うんだ」
「思う、思、おも……も、もももももももももも」
「えっ何す……なに!? え、ど、どうしたのあきらくん!?」
「もももももももももももももももも……」
「時間切れですねえ。大丈夫です。ここ押せば直りますよう」
春秋は秘孔を突いた。
「……ハッ! ああ、すまない。少し寝ていたみたいだな……」
「大丈夫ですよう。ゆっくりしてくださいねえ」
春秋はふわふわ笑った。




