七夕
「日本の記念日で一番好きなんすよね、七夕」
「『完璧な夏の日』」
「いやSFなのはギリギリ認めなくはないけど戦争要素はないでしょ七夕に」
雲が月を覆う梅雨の夜空。
春秋家の前庭にて。
稲高文芸部は、七夕祭りをしていた。
笹の葉が風に揺れ、さらさらと音を立てる。
じっとりと湿度の高い、ぬるついた風に対して、笹の音は爽やかで聞き心地がよい。
「ふーふーふーふ さーらふふー♪」
富士見は、作詞者の死後70年経過した(本来であれば既に著作権が失効している)七夕を題材とした童謡を極めて注意深く歌った。なにせ音楽著作権管理団体のデータベースに登録されている。ワンフレーズの引用もヤバい。
筆者に人形萌え・球体関節属性を植え付けたとあるアニメ作品にて、童謡が歌えないせいでイタさが三倍くらい跳ね上がった例を思い出した。不治の病の少女が伴奏つきのオリジナルの歌を病床から歌うと儚さというよりシュールギャグになるのだ。
創作にはしがらみがある。しかし、そのしがらみは必ずしも悪しきものではない、と筆者は考える。制限は新たな工夫を生む。卑近な例で言えば、少年誌のお色気表現はかえって刺激的で脳に刺さりやすい。
「もちろん、制限はしっかり遵守した上で、ですよう。ぎりぎりのところで火遊びするよりも、にじみ出るエロスの方が。上品でありながら淫靡ですからねえ」
「ん? 何の話だ、春秋」
「うふふ。何でもありませんよう」
さらさらと短冊に願いを書き、笹に吊す。
当然、それは当たり障りのない、表に出しても問題のないぬるい範囲の願いになる。
『たくさん書けますように』
文芸部の4枚の短冊には、同じ文言があった。
七夕に合わせて1万字以上5万字以内くらいの短中編が書きたかったのだが、今年は早々に諦めたという経緯がある。
「まあ、一年に一度きりしか会えない織姫と彦星に、衆生の望みを叶えてやる道理もないっすよね。でも書いちゃう。七夕すき。何が好きってまだ商業主義に犯されていないところがすきぃー」
「またお前はひねくれたことを……」
「ひねくれてるっすよ。でも、わたしの一番の武器ってなんだろなーって考えると。やっぱりこの偏見だと思うんす」
風が吹く。短冊がひらひらと揺れる。
「これ、体感なんすけど。たとえばね。『人はまっすぐで良識的であるべきで、努力すれば報われて、真面目であることは正しいこと』……これ同意できるひと、実は世の中にはあんまり多くないんじゃないかなーって思うんすよ」
「『無理』」
「そう。無理なんすよ。少なくともわたしには無理ですし、そこの無口キャラづくりSF者ちゃんにも無理っす。
でも、そうありたいって人には報われてほしいな、って気持ちはある」
七夕ですよね、と富士見は言う。
「叶わねーんだろうなぁ、でも叶ってほしいなぁ、ってくらいの、ちょうどいい感じの願い。創作はそれを叶えてあげられる世界なんすよ。だからこそ七夕合わせて完結済のやつ投げたかったんすけどねー……」
「執筆時間の確保はそのくらいのお願いでいいんですかあ? 富士見ちゃん」
「いや違っ……、口が滑ったんじゃなくもうちょっと強め……だけど私生活とかあるし……趣味のひとつってスタンスは崩したくないし……」
富士見はうじうじした。
春秋はかわいい後輩を見て、くすくすと笑った。




