リスペクト・『6月24日は全世界的にUFOの日』って表現はきっと生涯脳内に刻まれる
「20周年らしいんすよ……」
部室にて。
富士見は、まるで司祭のような厳かさで言った。
「何の話だ」
「6月24日は! 全世界的にっ! UFOの日っっ!!」
「ああ……」
富士見の言葉に岩波は理解を示した。
娯楽作品に疎い岩波だが、その言葉は何度聞いたかわからない。
「『イリヤの空、UFOの夏』」
早川が誇らしげに書影を掲げる。本作は星雲賞参考候補にノミネートされた作品だ。流石に本場のSF畑のひとにランキングは譲ったがすなわちSF村は本作をSFであると認定したことと同義である。同年なんか映画ロードオブザリングを星雲賞にノミネートさせている点は都合が悪いので目をつぶろう。ファンタジーだろそれ。SFじゃないだろ流石に。
夏のはしり。ぬるい風が窓から吹きつけた。
毎年この日が来る度に、すぐそばまで夏のにおいが近づいていることを感じる。
今日は6月24日。全世界的に、UFOの日だ。
「大名作……褪せない……」
生育過程において直撃してしまった作品とは、人生観を大きく変える。歪められた、と表現してもいいだろう。しかしそこに後悔はないし、自分の感性の原点……基底部には多分、この作品がある。あと型月。
不朽の名作だ。なんか今日付けで冒頭、出会いのプールのところ朗読がアップロードされてたので是非聴いてください。透明感のある語りには、夏の空のような清涼さがある。
「しっかもこの名作! なんとカクヨムとかいうサイトで無料で公開されてたんすよ! 今は冒頭しか読めないけど……。びっくりする……びっくりしますよね?」
「いや。無料公開も自然なことだろう。残念ながら、古い作品は収益を望めない。再販売価格維持制度によって日本の版元は護られているが、かといって鮮度を過ぎた作品は書店側もいつまで置くこともできないからな。そういった『過去の名作』をインターネット上で公開する行為には、後発プラットフォームとしてコンテンツを豊かにしようという意図もあるんだろう。21世紀のビジネスは、恐らくプラットフォームを用意できることが強さになるだろうからな。AmazonにしてもGoogleにしても、巨大なプラットフォームを提供しており、その隆盛の陰りは今なお見えない。プラットフォームビジネスといえば、これは君のよく言ってる小説家になろうというサイトにも同じことが言えて──」
「まーた小むつかしいことを! 言っときますけどいつでも鮮度っすよ! 歴史に遺る名作の条件は『いつ読んでも新鮮なこと』っす!! いくらセンパでも過去扱いは許さないぞ!!」
「いや、20年前って言ったのは君だろう……」
「セカイ系とかいう括りでヒョーゲンすんなっ!! 大上段からジャンル付けしてわかったような評価をするなよムっカつくなあ! 鬱作品の一言で片づけるのもちっげええーだろ! 青春とか寂寥感とかいろんなものが詰まってるんだぁっ!!」
「持ち前の気性の荒さが出てきたな……」
「浅羽くんは世界で一番カッコいい主人公なんですよ! 意志が薄弱でちっぽけな人間だけど、世界に対してあの啖呵を切れるんだ! それが中学生特有の万能感や視野の狭さからくるものってのは榎本の存在で確かだけどだからこそその瞬間の想いは──」
「ふじちゃんはかわいいですねぇ」
早口になった富士見はみんなに見守られながら作品語りを続ける。
こうなると止まらない。下手に同意すれば3時間コースだ。水前寺部長の話だけで2時間は固いのだから、希望的観測かもしれない。
・・・
・・
・
「──で、一番好きなところなんすけど」
「まだ続けるのか……?」
「イヤ、これわたしの好きになる作品だいたい共通で持ってる要素で。
主人公から離れたところで、社会が確実に動いているっていうのが感じられるのが好きなんですよね」
まじめな顔をした富士見の顔が、夕暮れに照らされる。
結局長時間コースだ。早川は今日のばんごはんが大好きなハンバーグだったことを思って帰り支度を整えていた。春秋は回送の自家用車を4台分手配した。岩波は部長として話を聞くだけ聞いていた。みんな帰りたかった。
富士見自身、そろそろ帰りたかったから締めの話題を出した。
「南の南へ往く旅路の裏でも世界の歯車は回り続けてるんですよ。えっミナミノミナミノっ!?続刊打ち切りウッあたまが──冴えない主人公ととくべつなヒロイン、だけで世界は完結していないんです。
すごく、すごくリスペクトの念があるんです」
ここは筆者の砂場である。
しからば──ただ、何かを好きであることに1話かけても問題はあるまい!
何かを好きであることをアピールするのってちょっと憚られるけどいいだろ20周年だぞ!
「つまり何を言いたいかというと──読もう! 名作っ!」
バイナウ!
リードナウ!!




