青空【ゾンビ】文庫
「そういえば。君ら、青空文庫って知ってるか?」
いつもの放課後。岩波は、著作権法のテキストで出てきたサイトの名前を何の気もなしに話題に出した。
「えっ!? センパ、ここでその話題出すんすか!?」
「ん? 何か問題があったか?」
「……やっぱこのひと時々すげーんだよな。リスペっすわー」
「『無謀戦士ヴィエ』」
「いや、無謀とかでなく。僕は知ってるかどうかを尋ねてるんだが……」
「著作権がなくなった作品が読めるサイトですねえ。便利ですよう」
「おお春秋! 利用したことがあるのか?」
「はい。古典作品を集めるのはスペースが大変ですし、図書館で一度に借りれる数は限りがありますからねえ」
「ふむ。君の家なら、古典作品は沢山あると思ったが……」
「ああ、春秋先輩ってば旧家のお嬢様っすもんね」
「『ブルジョワ』」
「おうち。別にふつうですよう」
現代日本では、普通じゃないご家庭もだいたいこう言う。
「そうか……便利そうだな、青空文庫」
「や、でもっすねセンパ。なろうには色んな作品がプロアマ問わずに一分一秒と生まれててそれはまさにバベルの図書館というか──」
「富士見よ。君は、その……、なろう?を、持ち上げるノルマでもあるのか?」
「あるかないかで言えばー、強いていうならー、あるっす」
「君はなろうの回し者なのか……」
「いや、それはセンパも──おっと。知らないんでしたっけ」
三人はこそこそと集まり、岩波に聞こえないよう耳打ちで話をした。
「青空文庫と言えば、著作権は全部フリーっすよね。するとこう、下敷きにしてモノを書いてもいいとなるわけっす。例えばこう、旧千円札の人から──『我輩はゾンビである。名前はもうない。』とか!」
「『高慢と偏見とゾンビ』『こころオブザデッド』」
「そうそう。早川ちゃん結構詳しいね! 名作をレイっ……下敷きにした、マッシュアップ・ゾンビモノって結構メジャーなんすよ」
知らない世界だ。
「だからそれを押し広げて……題してっ!『青空ゾンビ文庫』!ってのはどーでしょっ!?」
「どうでしょうと問われてもだな……」
「古今東西の文学作品にゾンビを混ぜるんす!」
「田山花袋の『蒲団』の場合、女学生がゾンビになるんですかねえ」
「春秋。死体の臭いが残る蒲団を嗅ぐって相当変態的だろ。アウトだ」
「うふふふ」
「ね! ランダムに作品開いて、その登場人物をひとり、ゾンビに変えるだけで作品完成っすよーっ!」
「なんだその邪悪な抽選会は。というか君、ゾンビ好きだな……」
「そりゃあもう! 『ショーン・オブ・ザ・デッド』とか『ロンドンゾンビ紀行』とか『ウォーキング・ゾンビランド』とかめっちゃ好きっすよ!!」
「すまん。それが有名なのかどうかすらわからん」
「ええー? こりゃもう、週末はセンパの家でフルコース行くしかないっすねー? 手始めに『ゾンビハーレム』とかどうすか? 男たちが女だらけの集落に行って、ゾンビパニックになるやつ」
「それを男女で見てお前はどうしたいんだ……」
「……ふじ、ちゃ。きょうてっ……!」
「む?」
早川が小さな声で喋ったと思ったら、顔を真っ赤にして口を塞いだ。
相変わらず、彼女は岩波の前では喋ってくれない。
「ぴぴーっ。富士ちゃん。協定に触れますよう。めっ。わたしたちも誘うように」
「あー……。そっすね。週末みんなで見ましょうね。『ゾンビハーレム』」
「僕の自由意志はないのか。女子に囲まれて、そんな作品を見せられるとかどういうことなんだ」
「センパをゾンビ漬けにして、次の広報誌はこれでいくっすよー」
(僕は脳でも吸われるのか……!?)
岩波は大きく身構えた。