投稿時間帯
いつもの部室。
「もしかして20時台更新ってあんまり都合がよくない?」
富士見は自作のアクセス解析を見ながら呟いた。
「ん? どうした。何の話だ」
「あ、センパにはわからない話っすよーっ?」
「そうか」
岩波は読んでいた学術書に戻った。
興味を完全に失っている。
「……いや尋ねてくださいっすよ! コーハイが失礼な物言いをしてんすよ!? そこは『なんだとこのちび、おれさまにわかるように話せ』って壁にドーンってやるところでしょ!?」
「失礼な物言いの自覚はあるのか……」
「あるっすよー?」
富士見はにへっと笑った。
「なろうで連載してるやつの話なんすけどね? 第1話のアクセス数がいつもより違ったんすよね」
拙作の新規更新時のアクセス数は、最新話にアクセスが集中したL字型のグラフとなっている。
即ち、更新したその日のうちに読んでくれる人がいるというめちゃくちゃありがたい数値でこの数字見てるだけで元気が出てくるのだが、第1話のアクセス数が10未満だったりする更新日が時々ある。
やや冗長な割に作品の魅力を説明しないという現在の時流に乗れていないタイトルと、明らかに文章量が多いあらすじという、まさしく初見バイバイを是とするようなタイトル・あらすじ。さもありなん、という感じだ。
新しいワインは新しい革袋に、という諺があるように、パッケージは新鮮な方がよい。古いワインを売るときも新しい革袋に詰めた方が誤認を狙えて有利だ。
タイトル・あらすじは革袋に当たり、読者さんはまずそこで最初の判断──すなわち読むべきか、読まざるべきか──をする。だから、新規閲覧者を獲得するのならばそこを工夫することが本当に大事である。
大事なのはわかっている。が、実のところ、改善する気はあんまりなかったりもする。
「たとえばあのクソ長あらすじ、スマホで読んだときに一人称視点の独白と三人称視点の世界観説明を《続きを読む》タップの前後で切り替えられるようにしてんすよね」
主人公の独白部分に比重を置いているので、あの200字で興味を持ったら《続きを読む》押して世界観見て、そこから読むかどうか決めてほしいなあ、という気持ちなのだ。
持たなければそこでバイバイでもいい。というか、多分合わないと思う……。
「そ、そうか……まだ続くのか? 説明」
まだ続く。
小説とは、エンタメに用いられる他のメディア媒体(EX.漫画、アニメ、ゲーム)と比較しても、ずっと時間を使わせるものである。
エタることが罪深いこととされるのは、やはり費やした時間が故のことだろう。同様に、どうしても受け入れ難い展開があった際にも『あの。時間は?』となる。
拙作ですらブックマーク数x文字数でひとから奪った時間を単純計算すると5400時間となる。半年分奪っている。マジか。え、マジかってなる数字だなこれ……。
しかし、いち作者サイドに立つと、やっぱり作者としてやりたいことをやりたい、みたいなのがある。
その上で楽しませることができれば至上だ。もちろん、どちらを優先するかは、各々のスタンス次第で、楽しませることこそ第一に考える人の方がストイックな姿勢で尊敬ができるなと思う。
しかし筆者は、読者さんの理性と知性を信じて──正直に言えば、読者として色んな作品を楽しんでいた/書くこと増えたとはいえ今も楽しんでる身として、なろう読者は無学無教養、娯楽だけを求めているとするステレオタイプな見方はあまり好きじゃないなあという気持ちがあるのです──その上で、やや容赦のない展開をしたい。奇抜な展開で驚かせたい。
さらにその上で、わがままを言えばついてきてほしい。
「だから、タイあらが少し取っつきづらい方が誠実かなーって。そんで、一見さんがそのまま常連さんになることは少ないだろーなーって。そう思うんす。別にまあ、そりゃいいんすよ」
「うふふ。おともだちが少ない理由を順序立てて論理的に説明するみたいですねえ」
「『僕は友達が少ない』『それでいい』」
「……って、SF書いてるはやちゃんと違って割り切れないんだなあわたしは! いや、なんか午前3時更新、第1話のアクセス数が明確にいつもより伸びてたんすよねー? 理由はわかんないんすけど……やっぱりその辺りのゴールデンタイムって更新が重なってて埋もれちゃったりするのかなーって」
「なろうはよくわからんが……、埋もれてもいいって理屈を語ってきただろうお前?」
「埋もれてもいーんすよ! でも、色んなひとに読んでもほしーんすよ!!」
「『矛盾の論理学』」
「くッそ過疎ジャンルはこういう時に心の強さ見せてくるなあっ……!!」
投稿作品のジャンルによって、閲覧者数が明確に違う。個人的にはSF[宇宙]タグとファンタジーは3桁は違うだろうと見ている。
『時間帯ズラそうかな』などという発想は、流行ジャンルだからこそ出てくる。
「月曜は20時台……ほんとトラブル起きない限り20時台に更新したい……、で、週2回目の更新は日付と時間帯不定期……かなあ?」
「いや僕に問われても知らないが。自由に設定できるものなんだろう?」
「そーーの自由がっ!わたしをさいなむんすよぉー! サブタイトルとおんなじでぇー!!」
「なるほど。人は自由の刑に処せられているとは、こういった場面でも表出するものなのだなぁ……」
「があああああ! がああああああああ!!」
富士見はのたうち回り、跳ね、立ちしゃがみし悶え苦しむ。
──ただし、スカートはしっかり守りながら。
「うふふ。楽しそうですねえ、ふじちゃん」
「これが楽しそうに見えますかねぇー!?」
「楽しそうですよう?」
「そうですよー、楽しいですよぉー!! ぐおっ! ぐおっ!」
「ああ、今日も平和だな」
岩波は窓を閉じて、ぎゃあぎゃあと歓声を上げる後輩をBGMに、読んでいた本に戻った。




