(1話セットアップ部)にわかヤンデレ少女 vs 自称どこにでもいる普通の男子高校生/稲高裏文芸部
ジャンル:現代恋愛
数学の授業には窓の外を眺め、国語の授業では持ってきた小説を読み、体育の授業は省エネでこなす。
ルーチンワークのように毎日を消化して、テストを前にしたらほんの少しのやる気を出す。が、当然付け焼き刃じゃ結果は伴わない。
返ってきた答案のマルとバツをそれぞれ数えつつ、次はもう少しマシな点数を取ろうと反省するも、その日の夕飯を終えたシャワーで殊勝な考えはすっぱり洗い流される。
日本中の高校の至るところ──どころか、各クラスに一人か二人はいるような、どこにでもいる普通の高校生。
それが俺。多田和成だ。
「はあ……。うっかりしてたな」
放課後。
ため息をつきたくなるような曇り空。
2-2の教室にて。
「ふッ多田くんッ、はッ……♥ 多田くん多田くん多田くんッ♥ 多田くん多田くん多田くんただくんただくんたなくん……♥♥」
体操着を忘れて取りに戻った俺は、クラスのマドンナ──こんな表現、一般的な日常生活じゃ絶対使わないわけだが、それがすっぽり当てはまるような常人離れした魅力を持っている──門音美耶子が、俺の体操着を口に咥えて、俺の机にのしかかってガッタガッタと四脚を揺すっている光景を目撃してしまった。
……何これ、ドッキリ? どこにでもいる普通の男子高校生である俺に?
いや、門音の横顔は夕日に照らされるまでもなく──そもそも今日は俺の人生みたいな曇天だ──上気しきっていて、目がトロンと潤んでいる。
わからん。
俺は見なかったことにして帰ろうとし──。
「たなくん……?」
机にまたがる門音と、目があった。
「あー、まあ、なんだ……。ごゆっくり」
「あ、あ、ああああああああああああああああああっ!! や、やだあああああ! しぬ! ころしてしぬううううううっっ!!!!」
何やら物騒な叫び声を上げて、スカートを抑えながら走り寄ってくる門音。
よくわからないがヤバい。俺は逃げる。門音は顔を真っ赤にして、涙目になって俺を追いかけてくる。
逃げる俺。
追う門音。
俺逃げる。門音追う。俺。門音。俺、門音、俺門音。門音俺。
うわ追いつかれたUターンして逃──
──突如後頭部に衝撃を受けて、そのまま俺の視界は真っ白になった。
・・・
・・
・
「おはよ。多田くん」
「ここは……?」
俺がきれいな声で目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。
やけにふかふかなカーペットと、ダブルサイズのベッドがある。ベッドの上には大きな熊のぬいぐるみが置かれていて、甘い匂いが漂っている。
いかにも女の子の部屋だ。妹のことねに見習わせたいほどに女の子している。
ただひとつ、女の子の部屋らしくないものはといえば──何やら赤錆た鉄格子がドアの代わりなことだろう。
俺が鉄格子に目をやったのを見て、門音が耳元で囁いてくる。
「ここはね。門音家の座敷牢だよ」
「令和だぞ?」
「うん。もちろん、使われてないよ? でもね。むかーし、わたしがお婆さまに怒られたときにね、ここに入ることになったの。それから、ひみつ基地として使ってたんだぁ」
ふー、と暖かくて湿度のある吐息が俺の耳をくすぐった。
俺が身じろぎするのを見て、門音はうふふと笑う。
「わたしね。あのあと考えたんだ。多田くんに、すっごく恥ずかしいところを見られちゃった。じゃあ、はずかしくなくなればいいよね?」
「いいのか?」
「……い、いいの! そうなれば解決なの!」
門音はごくり、と喉を鳴らし、
「だからね、多田くんはね。みやこと、ずーっと、ここで暮らすんだよ?」
甘やかな声で、あまり常識的でないことを囁いた。
「なるほど」
──どうやら俺は、クラスメイトに監禁されてしまったらしい。
あ、それはそうと家族に連絡しないと。
「すまん門音、ちょっと電話掛けていいか」
「え? あ、うん……。電波は届くけど……って待って!! 多田くんはいま、わたしに監禁されてるんだよ!?」
「もしもし。ことねか? ちょっと監禁された」
「えっ手錠は? あの、たなくん? ねえ?」
「ん? ああ、しばらく帰れないと思う。だから、今日の晩飯は用意しないでいいから。母さんにも伝えておいてくれ」
「たなくん!? ねえ! たなくんっ!?」
稲高文芸部には、裏部活が存在する。
「らぶこめっていいですよねえ。肉欲で」
今ここに、稲高文芸部部長・岩波晄の姿はない。
今この場を取りしきるのは、副部長にして裏部活暗黒部長・春秋遙那だ。
春秋家の一室には、旧校舎の部室と寸分違わぬ──すなわち、部屋のシミや備品の劣化まで職人技で再現された──部屋が用意されていた。
「SFとラブコメって親和性たかい。じっしつSF。ふじちゃんもそう思うよね」
赤面症の早川は、男性がいないところでは普通に喋ることができる。幼少期、男子に声のことでからかわれたことが、彼女が声を出さなくなった理由だ。
音声作品なども嗜んでいる富士見は、売り物にできる声だなと密かに思っている。
「チャン・ハヤカワのSF認定の緩さね、わたしどうかと思うよ。VRMMOモノがSFは……まあいいけど、でもね、テケリさんはSFじゃないと思う」
「『遊星からの物体X』に出てきた女の子をおふろばで解凍するのはSFでいいとおもうよ」
「よくない。ツッコミ欲しがりすぎ」
「えへへ。ふじちゃん、すき」
「うふふふ。隣の部屋、防音になってますよう?」
「ドギツいシモのジョーク後輩に投げんのやめましょうよ」
そして富士見もまた、いつもの口調を崩していた。
岩波は時折『ウチの部活の女子は男の目とか気にしないんだな』と思うことがある。女子に対するふんわりとした幻想が砕けるのを岩波は感じている。
しかしながら、それが既に幻想なのだ。
男女間での友情は成立する。するが、異性の目を気にしないなどということはない。スカートは守る。
女性は、戦略として崩していい範囲しか見せていないものだ。
──稲高裏文芸部に、そういった配慮はない。
配慮がないので、こういう第1話が持ってこられた。
「ヤンデレさんって、受け入れられる範囲が人によって違うじゃないですかあ。一度究極系に触れると性癖の扉がいっきに広がると思うんですよねえ。わたしは監禁してもされても四肢もいでももがれてもいいなって思うんですけどう」
「はるはる先輩のそれはもうヤンデレとかじゃなくて江戸川乱歩とかの怪奇小説なんかの世界じゃないですか」
「『芋虫』って愛ですよねえ」
「あの時代に四肢欠損全身不随で生きてけるのSFだよねふじちゃ」
「このひとたち猫被ってるよなぁ」
崩した敬語や『センパ』呼びなど、中学時代から岩波だけに使うキャラクターを持っている自分を棚に上げて富士見は呟いた。
「でえ、ヤンデレさんがヤンデレさんになるのって、受け入れる側の問題だと思うんですよう。愛する側の重さと愛される側の重さが釣り合えば相思相愛になると思うんです」
「まあ、そこは……多少は同意できますね」
「監禁も受け入れれば楽園なんですよう」
「同意できませんね」
「くるった支配者がいたらディストピアだとおもう」
「うふふ。ユートピアもディストピアも変わりませんよう」
「ラスボスかな?」
春秋暗黒部長のエンジンは絶好調だった。
「でも、そのわり、『にわか』って置きにいきましたよね」
「はい。ヤンデレさんには、その釣り合いのギリギリに立ってほしかったんです。それでもこの子、暴力を振るうスタンダードなヤンデレさんですよう。受け止め方や表現で、その印象をどの程度コントロールできるかなあってねらいを込めました」
──ヤンデレにはいくつかの型分けがある。
想いの強さが積極性ひいては攻撃性に結びつく一式。
最近結構よく見る、一式から振りを変えて恋愛対象には攻撃性を向けない二式。
想いの強さに対して自罰的で、すぐに自傷行為に走る三式。
そして奥の手、自己完結していて話を聞かず、それどっちかというとヒロインじゃなくて敵キャラだろの零式……!
別にこれだけに留まらないし、複合することもある。
お題を与えられて、そこに自分なりの回答を出すのが創作者である。ヤンデレという題材を与えられてもその表現は十人十色、ぶっ殺すタイプのヤンデレもいれば万引きするタイプのヤンデレもいるだろう。いるだろうか?個人的には万引きの方が日常の延長線にある感じで嫌悪感が強い。
『主人公に近づくために殺人をする』/『主人公に近づくために万引きをする』。明らかに後者の方が罪が軽いのに嫌悪感がある。
作品のリアリティラインの設定次第で、殺人という一般人には縁遠い罪は比較的受け入れやすくなる。だが、万引きは近い……。
「同じ『倫理観がない』なのに地に足がついてるのが妙に嫌。で、それだけ語るってこたーはる先輩はヤンデレに思うところありまくりなんです?」
「ありまくりですよう」
「……でも、ここに出したってことは続き書かないんですよね? はるはる先輩には悪いですけど。正直、この1500字だと良くも悪くもどうなるかわからない文章だなーって」
「中編で考えてるんですけどねえ。恋愛ものの完結のさせかたってどうするのかなあ、というのがあったんです。ネタはいっぱい浮かぶんですよう? この子の設定だってあるんです」
「どれどれ……?」
ヒロイン
・おかねもち
・ぽんこつ
・性欲が強い
三行だった。
「ひっどい」
「うふふふふ」
──異性の目にそのまま触れられることはばかられるネタというものが、世の中にはある。
それでも、どうしようもなく書きたくなるのだ。




