節分
「おにわぁー、そとー!」
部室にて。
三人の女子が、部屋に煎り豆を撒いている。
「すまない、部長でありながら遅れ──」
担任と会話していて到着が遅れた岩波は、ドアに向かって投げられた大豆の雨を浴びた。
「待て待て待て待て。君たち、何してるんだ」
「え? ああ。今日は節分っすよー、センパ」
「豆をぶつけておいてよくその態度取れるな君」
「ごめっ……、な、さっ……!」
「いや、早川。わざとじゃないんだろう? そんなに無理はしなくていいぞ」
「そとーっ!」
唐突に富士見が豆を投げた。
岩波の膝に当たった。
「……富士見、君の場合はわざと──」
「はあい。岩波くんも、どうぞ?」
岩波は、すっと割り込んできた春秋から炒り豆の袋を貰う。
香りが違う。なんか高級なやつだ。
「あー! はるはる先輩が死の商人してるー!」
「うふふふ。武器は両方に売らないといけませんよう」
「春秋。一応聞くが……グラムいくらだ?」
「はい? はい。ええと……たしか100グラムで、2000円くらいだったと思いますねえ。おこづかいから出しましたあ」
「え゛っ」
値段を聞いて富士見と早川の動きが硬直した。明らかに一般の市場流通に乗る金額ではない。
高校生女子の手で豆をひと掴みすると、だいたい20グラム程度にになる。一発あたり400円だ。
「うふふ。気にしなくてもいいですよう」
「『もったいないおばけ』『タイム・マシン』」
「早川が涙目だ……。いや、でも君はせいぜい、ふた掴み程度と言ったところだろう?」
「どうしよう5000円くらい投げてんすけど!?」
「それはそれで投げすぎだろう」
「いやぁでも、ここはやっぱ鬼を滅さないとなーって。はんてんも買いましたし」
黒と緑の市松模様の半纏は、小柄な富士見よりずっと大きい。
余った裾がだらりと垂れ下がり、床を擦りそうになっている。
「やっぱり、トレンド追わないのってそれだけでディスアドだと思うんすよね。それって多くの人が共有できる文脈ですし。今期だとひぐらしめっちゃおもしろいっす。まじ今が全盛期だと思う」
岩波は流行がわからない。
世間で面白いとされているものに対して、面白いと感じないことも多い。
だから自分の感性を信じることができず──、
「うわでた。メンヘラ芸やめましょうよ、センパ」
富士見にほっぺを抓られた。
「流行ってる作品でも、刺さらないものなんてそりゃありますってー。それ受けて流行とかわかんないからー、とか。アド損。ほんっとディスアド。手札何枚捨ててんすかって話っすよ」
「うふふ。わたしも、全然わかりませんねえ」
「あー……はるはる先輩は、まあ……」
「でも、流行ってる作品を追いかけてる人の熱は、すっごく好きですよう。あったかいんです。時々おぞましいのもいいですねえ」
「このひとふわっふわの闇属性だよなぁ……。あ、SF者のチャン・ハヤは?」
「『SF本の雑誌』」
早川は自分で裁断・データ化した雑誌を名乗る図書(雑誌と図書の違いは、定期刊行されているか否か。『SF本の雑誌』に2巻はない)のうち、特定の記事を指さす。
「えっ……」
特集『この10年のSFはみんなクズだ!』
「尖りすぎっすよ早川さん……?」
富士見は目の前の無口で小動物のような少女が持つロックさに怯えた。
意図が通じてないと知るや、早川はぶんぶん首を振った。
そして、こしょこしょと富士見に耳打ちする。
「え?1997年3月号『本の雑誌』に掲載されたのがオリジナルで? ここから『SF冬の時代』論争が始まる? わたしなら知ってると思った? いや知らないけど……」
うんうん、と富士見は頷きながら聞く。
「『私はここ20年を冬の時代などとは思わない』『アルジャーノンをSFと認定している以上、ガジェットが出てくるものをSFと認定してすることにおかしさはないし星雲賞メディア部門はおかしくないよ普通だよ』『一見SFは流行から遠く離れてると見なされがちだけど、SF的な空気はいつだってあるし流行にもなってる』……。そうかな……そうかも……そうか……?ほんとにそうかなぁ……?」
富士見は首を傾げながら通訳した。
特に星雲賞のくだりはかなり怪しい。疑いが晴れない。
しかし『何がSFか』というテーマは砂漠のようにどこまでも不毛な論争になるので容易く手も出せない。不毛なのにこの無口はそれを誘ってるフシすら見受けられる。
厄介だった。
「──と。いうわけで。流行には乗った方が得っ!! 《わたし向けじゃない》で切り捨てるのは損!!」
「いや見解の統一がなされてたとは言いがた──」
「得っっっ!!!! くらえ魔滅の弾っ!!」
そう叫ぶ富士見に、岩波は豆をぶつけられた。
ちっとも痛くはなかった。
ただし、掃除はこいつ一人にやらせようと思った。




