メリー・クリスマス!
春秋家の広大なリビングにて。
稲高文芸部は、クリスマスパーティーをしていた。
「「めりくりーっ!」」
「『クリスマスおめでとう』」
「いっせーの、で引くっすよー。いっ、せー、のっ!」
ぱあん! 大きな音と、宙舞う紙吹雪!
そして、それより大きな笑い声!
「いやー、やっぱすごい大きいっすよねー! はる先輩のおうち」
「うふふ。そうでもないですよう」
「ソファとかすっごいじゃないっすか。この革の手触りとか!」
「富士ちゃんのおうちのやつも。ふかふかでしたよう?」
「人をだめにするやつっすからね。こっちはダメにはならなさそう」
「うふふ。だめにするなんて退廃的ですねえ。わたしも、ほしいです。でも、おへやに家具を増やすの、おじいさまが許してくれないんですよねえ」
早川は自分で引いたクラッカーの音に目を回していたが、復帰して二人の話を興味深く聞いている。
時折、通販カタログを見せて会話に混ざっているようだ。
「ふう……」
わいわいと楽しむ女性陣を眺めながら、岩波はため息を吐く。
この場がつまらない、肌に合わないというわけではない。
ただ、色々なことがあった──つくづく色々なことがあった今年一年を、部長として、しみじみと振り返っていた。
「なーにタソガレてんすか、センパ」
「ああ、いや、すまない。ただ、今年一年色々あったな、としみじみ思ってな」
──岩波は、自分には小説の才がない、と考えている。
教科書に掲載されている物語も、ただの文章題として捉えていた。
この表現にどのような意図があるか、空欄を埋める文章は何か、登場人物の心情を答えよ──岩波にとっては、すべて、答えの定まった解を選ぶ行為に過ぎなかった。
「この一年。僕は部長をできていたんだろうか」
「はあ? メンヘラやめてくださいっすよ。センパがぶちょーやってるから、わたし、文芸部入ったんすからね」
「『人をつくるリーダー力』」
「そうですよう。先代は岩波くんを指名したんですから。この一年、りっぱにリーダーをやってくれました」
「あー、そ、そうか……いや、すまない。変なことを聞いてしま──」
「ええい辛気くさいっ! センパ! 今日は何の日っすか!」
「ええと……平日で、終業式のあった日だな」
「クリスマスっすよ! このすっごいツリーとごーかな飾り付けとでっかいケーキ見てっ、最初に出る感想が平日って!感性死んでんじゃないっすかっ!?」
「ああ」
「ああ!?」
「家の者と頑張りましたよう」
「そうなのか。確かに、これは重くて大変だっただろうな……。僕も手伝えばよかったな」
「うふふ。嬉しい申し出ですけどねえ。パーティのホストは、用意することを楽しんでるんですよう」
そういうものか、と岩波は頷いた。
すると──。
「めりーくりすます。ほらセンパ、復唱」
後輩に後ろから、がっちりとヘッドロックされた。
後頭部に、ささやかな膨らみの感触がある。
「ま、待てっ、富士見、この体勢は──」
「めりーくりすます。めりー、くりすます。はい」
「め、メリークリスマス……」
「ぎこちない! も一回!」
「メリークリスマス……」
「声が小さいっ!」
「メリークリスマス!」
「まだまだっ!」
「め、メリー、クリスマス!!」
「んもう。ずるいですよう。富士ちゃん」
「な──き、君までくっついてくるのか? その、なんだ、腕に……」
「メリークリスマスです、岩波くん」
「め、めり……くりすまっ……」
「早川までっ!?」
「メリークリスマス! メリークリスマス! さあ復唱っ!」
そうして。
稲高文芸部はだんごになって、おしくらまんじゅうをしながら、メリークリスマスを連呼する奇妙なサバトが開催された。
メリー・クリスマス!