なろうの便利な機能のやつあれこれ
文芸部の部室にて。
岩波以外の全員が、スマホを眺めていた。
「……なんだこのザマは!」
岩波は嘆く。
「もっとこう……あるだろう……!? 文芸部だぞ」
「文芸活動してるっすよ。インプットインプット」
富士見はスマホを横に持っていて、そのイヤホンからはBGMと声が漏れている。
「インプットと言いながら進まないやつですねえ」
「それは言いっこなしっすよぅ。インプットは大事っす」
「『電子書籍の衝撃』」
「ああいや、早川はいいんだ。君が真面目で、普段から電子書籍を使ってるのはよく知っているからな。創作には糧が必要だ」
「あ、ズルい!ズルいっすよ! わたしだってなろうで書いたり読んだりしてるっす! いつもは!」
なろうというものが、相変わらず岩波にはよくわからない。
「哲学っすか! わたしだってぜんぜんわかんねっすよ! 気づいたら半年経ってたけどほんとまだまだわっかんない色々と!!」
「わからないものにどっぷりなのか?」
「そんなモンなんだってそーでしょ! センパだってスマホ組み立てられなくてもどっぷりでしょ!」
「いや。僕は連絡にしか使わないが」
「石器時代の人だよぉ! 毎晩寝る前におふとんでラインとかしたいんですけど!?」
「ライ……?」
「ウッソでしょ!? ちょっ……借りますよ!」
「あっ何をするんだ富士見っ」
富士見は、取り上げた岩波のスマートフォンを見る。
その画面は、工場出荷状態と全く変わらなかった。
「気持ち悪っ! 一周回って逆に変!」
「えっ……? そ、そうなのか?」
「うふふ。おじいちゃんみたいですねえ」
「おじいちゃん……?」
「簡単スマホとかいうの、消費者をだいぶバカにしてる闇の商売だなって、わたし思うんすけど。センパのスマホから、同じタイプの闇を感じるっす」
「よくわからない……」
「『スマホ依存と弊害』『あなたは何も悪くない』」
早川がばたばたと書影を出して岩波を擁護するが、
「ちゃんはやかーもセンパとラインしたくないんすか?」
「……っ、あぅ」
そっとタブレットをしまった。
早川は弱い生き物なのだった。
「とりあえずスマホ借りますね、センパ。帰るまでに返すっす」
「ああ、うん。よくわからないが、構わないぞ。ただ、電話が来たら返してくれ」
「はいはーい。……ここで構わないって返事が出る時点でこのひとちょっと変なんだよな。さーてブラウザの履歴を……うわ、官公庁とCiniiとNDLOPACしかない!? こわあっ!!」
「──富士見ちゃん。それは、戦争ですよ」
いつもふわふわ笑っている春秋が、真顔で富士見をたしなめる。
「ブラウザの履歴は──心の闇です」
その目は、いつもの春秋よりも鋭く、射抜くような眼差しだった。
確かにな、あまあまとか夢小説とか検索かけてるのバレたらマーダーライセンス発行申請してもいいもんな、と富士見は反省し、
注意を促した春秋はどれほどなのかがむしろ気になった。
「んー? どうしましたかあ? 富士ちゃん?」
その目は笑っていない。
「な、なんでもないっす。り、履歴と言えば! なろうって読む側にとっても便利な機能備えてるっすよね!」
富士見は露骨に話題を転換した。
漫然と枕詞の会話劇をやってたら妙にそこが長くなったので、ここでタイトルに寄せるつもりなのだ。
「閲覧履歴、ブックマーク、評価ですねえ」
「それっす。いや、書く側になったのでブクマと評価は躊躇しちゃうんすけどね。履歴は積ん読しやすいので便利っす」
「躊躇?」
「えーと。わたし、自分のこと、けっこー我が道をゆくタイプだと思ってたんすよ」
「君はそうだろ富士見」
「はい。だけどこう、自分の書いているものに、ポイントとか付くじゃないですか」
「つきませんねえ」
「ポイント……?」
「あー……はる先輩はもうちょっと……ちょっとこう、芸術性?が高い?というか……、と、ともかくっ。わたし、こういう数字気にしちゃうタイプなんだな、って」
「『勝ち方はポケモンが教えてくれた』」
「うん。ちゃんはやのゆーとおり、思い返せばレートとか気にする、わたし。2000乗るまで回したりしたし」
「レート……? 2000……?」
「ついていけてない人はさておき。そういうこと気にしちゃうヒトが、誰かの作品にブクマ付けたり、素晴らしいなって感想を送ろうとしたりというのは。……見返りを期待しちゃーいないだろうか、と思って」
「旗幟鮮明、というのもありますねえ」
「お。旗幟鮮明はわかるぞ。立場や主張をはっきりと表すといった意味合いの四字熟語であるが明確にこれという故事があるというわけでなく──」
「著者の人となりって、作品の出来にゃー関わらん部分じゃないっすか。でも、この作品が好きなひととは友達になれる!っていうのはよくあることなわけで。自分の好きな作品を掲げるっていうのは、無意識に、見返りを期待した行為じゃなかろうか、と。や、考えすぎだとは思うっす。思うっすけど、なんていうか……」
「うふふ。富士ちゃんはかわいいですねえ。ところで、Web小説は物語を書くだけじゃなく、自分がプロデュースまで考えることができる土壌でもありますよう?」
「そっすね。だから、作者の人となりを前面に押していくことも、また正解なんだと思うっす。というか、正解とか間違いとかでなく、機能が存在している以上、その範囲では何をしてもいいんすよね。作者が好かれれば、他のジャンルのもの書いても、まあせっかくだし見てやるかってなりやすいでしょーし」
「富士ちゃんは、自分が書いた文章を読んでもらいたいんですねえ」
「読んでもらいたいっすよー。なろう、すごくいい刺激になってるんすよ。創作が孤独じゃないのがいいっすね」
「うふふ。創作とは己の孤独の、澱みの中にある何かを掬いあげて形にすることですよう」
「はる先輩はときどきラスボスみたいなこと言うっすよね」
「『20億光年の孤独』」
「ちゃんはやは短編即完結がメインだもんね。完成までレスポンスがないってのは空振るかもしれないってドキドキがあるっす」
「長編は長編で、期待を裏切るんじゃないかって不安がありますねえ」
「そっすね……! 毎話不安っすね……!! 具体的には主人公野郎の性格ね……!!」
富士見は、アクションゲームで自分からトリッキーなキャラを選んでおいて使いづらいと性能に文句を言うタイプだった。
富士見が望んでいるのは使いやすいトリッキーさ──すなわち器用万能なのだ。こういう人間が調整に口を出すと、もれなくそのゲームはダメになる。
「あ。不安といえば、ここ数週間のアクセス解析見ると最近PCでの閲覧がなんだか増えてきてて。投稿当初、スマホでの閲覧多いなーってなったのでスマホ環境で読むこと想定して文章置いてるんすよね。不安」
「富士ちゃんは以前、会話はスマホで書いて細かい部分はPCで詰める、って書き方してましたもんねえ」
「スマホ単品で完結させた方が楽なんすけどね。ただ環境変えた方が推敲は捗るっす。個人的に何より気になるのはタイポ表現」
「『虎よ、虎よ!』」
「ガチャリガチャリ光線が襲いかかる、いいよね。でも、物理書籍と違って、Web小説って閲覧環境ってほんとそれぞれあるじゃないっすか。『ほんの少し力を込めるだけで世界の法則ごとねじ曲げる』って意図の表現なんすけど、こうもPC閲覧が多いと……。背景変える文字サイズいじるとかの方がいいのかな……いじれるのかな……ってなるっす」
「うふふ。富士ちゃんは、ずっとずっと、不安なんですねえ」
「そうっす」
「そんな不安を、楽しんでるんですねえ」
「そうっす」
「……あれ? 僕はスマホの使用を注意したはずなのに、なんで僕がスマホを取られることになったんだ?」
かやの外に置かれた岩波は、物陰でひとり首を傾げた。




