いろんな話書きたい
新学期。
空調のない、蒸した文芸部部室に、男女が集まっていた。
「やー……夏休みはバイト。ほんと大変だったっすよ。いや現在進行形で大変なんすけどね」
「図書館だったか」
「そっすよー。あ、司書のおしごとってあれっすからね。だいたい力仕事っすから。本を運んで棚に戻す作業っす。好きなときに本読んで、とか。ないっす」
「うふふ。楽しそうですねえ。わたしもしてみたいです」
「はる先輩はおうちの人に止められてるんでしたっけ」
「そうなんですよう。おじいさまったら、ひどいんです」
「『ブルジョワ』」
早川はバイトとかできなさそうだな、という言葉を岩波は呑み込んだ。
「やー。ほんっと、ぶんしょ書ける時間が減っちゃって。書きたいきもちはあるんすよ。でも、平日は帰宅即そのまま布団ぱたーん、みたいな」
「この季節に布団に入るならまず風呂に入ってからだろ」
「あ。あー……えっとセンパ。今のナシで。なんでもないっす。わたしは清潔っす。な、なんならかいでもらったっていいっすよ?」
富士見は早口だった。
「……それも、なかったことにしていいか?」
「え、あ! ……は、はい。そゆことで、おなしゃーっす……」
富士見は縮こまり、あさっての方向を向きながら、吹けない口笛をふーふー言った。
微妙な空気。
「そ、それより。文芸部として、みんな、何か書きたいものとかあるか?」
それを打ち破るように、岩波は話題を振った。
「そうですねえ。現代伝奇モノとか。書きたいなぁ、って思ってますよう」
「はる先輩の伝奇って。なんかスゲーことになりそっすね」
「職業不定のディレッタントを主人公にして。呪いとか、妖怪とかの話をやりたいですねえ。類感呪術と感染じゅじゅちゅ……じゅずつ、ずず──のろい。です」
「『金枝篇』」
「そうです。早川ちゃん。フレイザーです。フレイザーといえば、ラヴクラフトもやりたいんですよねえ。単品で」
「ん? 春秋。文化人類学の古典がなぜラヴクラフトと繋がるんだ?」
「あー。TRPGで『金枝篇』が魔導書扱いされたから、っすかね」
「うーむ。複雑怪奇だ……」
「そうですねえ。クトゥルフは間口が広いんですよう」
「でも、下手にクト要素混ぜるとラヴみしか感じなくなるっすよねー。ニャル公出したらもう全部ニャル公あじになる。クト混ぜるときは、強固な世界観を既に作ってるか、あるいは最初からクトらせなきゃいけないなって思うっす。《大木寄子》でイスの大いなる種族との意識交換者、とか! あっフリー素材なんで使っていいっすよ」
「センスが駄洒落だな……」
「えー。駄洒落、いいじゃないっすか。コトバ遊び、詰めると洒脱になるっすよ? いや、なれてるたぁー思ってないっすけど」
「富士ちゃんのお話は、駄洒落。けっこう多いですよねえ」
「早川ちゃんもっすよ。はる先輩」
「……あ、あう」
いきなり話を振られて、対応できる書名を探しきれず、早川は小さく鳴いた。
そして、ちょいちょい、と富士見を手招きし、耳元にこしょこしょと伝えだす。
「えーと。ちゃんはやかーによると。SFには巨大な先人の足跡があり、それに倣うことはSF書きの義務だ、と」
「『知の巨人の肩の上に立つ』は、学術でも尊ぶべき姿勢だな」
「だから、ひとひねりしたパロディを盛り込む、と。ひねりすぎて誰もわからなくても。と」
「一捻りっていうか腸捻転って感じでしたけどねえ」
「くらげねこの下りとか。はる先輩入ってたっすよね。くらげねこって何」
早川は、むー、と頬を膨らませた。
「えー、なになに? 未来世紀で、人間とロボットの感情表現の豊かさが逆転したやつとか書きたい? だそうっすよ」
世界観の説明だけで終わりそうだな、と岩波は思った。
「富士見は、どうだ?」
「あー、やー。いま抱えてるやつを完結させないとなー、というのが優先っすけど。がっつり流行に乗っかった話とか書いてみたいっすね」
「流行? ……乗れるのか?」
「わたしの感性がヒネてる自覚はあるっすよ! でもこー、追放モノとか? スローライフとか? 異世界転生+お仕事モノとか? 書いてみたいなーって気持ちはあるっす」
「図書館のお仕事小説は、ここには、もうレジェンドがありますねえ」
「『図書館のプロが伝える調査のツボ』」
「早川ちゃんの言うやつは近いね。エンタメよりも、NDCの話とか、件名標目とか。司書課程で学んだり学ばなかったりするところやりたいなーって。思うっす」
「学術分野は個人的に望むところだが。なんで、図書館司書で書きたいんだ?」
岩波の言葉に、富士見の目は昏く澱む。
「図書館の活動ってどういうものなのかって外部にアピールしないと多分遠くないうちにこの業界死んじゃうんじゃないかなって最近とくに思うようになってでもわたしこーこーせーですし漠然とした不安というか空が落ちてくるって妄想なのかなっていうきもちもあるんすけど指定管理者の導入はどんどん増えててそれって図書館司書の専門性ってどういうものなのかってイメージが共有できてないからなんじゃないかなって思ってそうなるとえっと……」
「あーストップ。ストップだ。わかった。わかったから落ち着け」
「あ、そうだ。ついに100話行ったんすよ」
「100話」
「これから達成するイベントをリストにしてみたら。まだまだ全然完結まで遠くて笑っちゃったんすよね。しばらく別のお話に手出せないっすね」