第9話 タカリ屋撃退
目覚めると、裸の美女が隣に寝ていた。
でも、まったく嬉しくない。
何しろ、美女は美女でもスライム美女だから。
「どうして、スラリーヌなんだよ?」
「気づいたら、変身してたのじゃ。ダーリンの願望じゃろ」
「願望じゃねえよ――」
ドン!
扉を叩く音に、会話を遮られる。
「ダーリンの名前を呼んでるから、客じゃろ。相手を頼んだのじゃ」
「お前は?」
「ワラワは、眠いのじゃ。ダーリン、お休み……スラ、スラ、スラ」
独特な寝息を立てて、スラリーヌは眠りに落ちる。
「アルト、開けろ!」
ドン!
「誰だよ、こんな朝っぱらに!」
安宿だから、扉を叩く音も俺を呼ぶ声も響き渡る。
他の住人の迷惑にならないように、慌てて玄関に向かう。
鍵を開けると扉は開かれて、騒音の主が部屋に入ってきた。
「よぉ、元気だったかぁ?」
「ドルフ……昨日叩きのめされたばっかりなのに、よく来れるね?」
「だからこそ、リベンジだ! くそっ、横っ腹がいてぇ……」
あばら骨は折れたままらしく、ドルフの顔は苦痛に歪む。
「ドルフ、用件は何だよ?」
「決まってるだろ、お宝をよこせ!」
「ないものはないよ」
「魔物を飼ってるだろ、違法行為だぞ!」
「俺は魔物を飼っていないし、罪を犯してもいない」
「しらばっくれてると、警備隊にチクるぞ!」
ドルフの脅し文句は、馬鹿の一つ覚えだった。
「お前の言う通りだとして、どこに魔物がいるんだよ?」
「いるだろ、探させろ!」
「家捜ししたいなら、俺が着替えてる間に済ませてくれよ」
「できらぁっ!」
狭い部屋を徹底的に探し回ったドルフは、
「どうして、見当たらねえんだよぉぉぉ……」
と情けない声を漏らす。
「ドルフ、できなかったんだから、責任取れよ?」
「くそっ……あの女が、魔物だろ!」
ドルフが苦し紛れに指差したのは、部屋の奥のベッド。
「よく気づいたね……スラリーヌのせいかよ!」
完全に目覚めたらしく、スラリーヌは服を着た状態に変化している。
「どうして、変化したんだよ?」
「ワラワの生まれたままの姿を見せるのは、ダーリンだけなのじゃ」
「嬉しいのか虚しいのか、わかんねえ!」
微笑するスラリーヌと、苦笑する俺。
「イチャつくんじゃねえよ!」
「もしかして、モテない男のひがみ?」
「ぶち殺すぞ!」
「かかってきたら? ボコボコにするよ」
「くそっ、見せつけやがって!」
ドルフは苛立つ。
「てめえらの関係はどーでもいいから、お宝をよこしやがれ!」
「その前に、一つ聞きたいことがある。どうして、俺の立場に気づいた?」
「勇者パーティの四人目? 気づいたんじゃない、知ってたのさ。なぜなら――」
「なぜなら?」
「あの三人にお前を紹介した恩人は、この俺様なんだから!」
ドルフの言葉に、俺とスラリーヌは顔を見合わせる。
「あの三人は、仲間を探してたのさ。俺様は、その手伝いをしてやったんだよ」
「連中が条件に合った『仲間』を見つけられたのは、そういう事情のためか!」
「感謝しろよ? もっとも、その報酬のお宝は俺様が貰い受けるけどな!」
ドルフは勝ち誇る。
「問いに答えてやったんだから、今度こそお宝を渡しやがれ!」
「一足遅かったね」
「売りさばいたのか!」
「いや、俺は冒険者なんだよ」
「嘘つくんじゃねえよ!」
「嘘じゃないよ、ほら――」
帰り際にマスターから渡された、一枚のカードを掲げてみせる。
「それは……冒険者カード!」
ドルフは悲鳴を上げる。
一枚の薄いカード。
貴重な素材が使われているものの、これ自体には何の効果もない。
ただ、人によっては喉から手が出るほど欲しいものだ。
「俺は成り上がるための、夢のチケットを手に入れたんだよ!」
「偽物だろ?」
「本物だよ」
「偽造だろ?」
「正式だよ」
「どうして、こいつだけ成り上がれるんだよぉぉぉ……」
ドルフは悔しそうだ。
「それは、死ぬような目にあったからだよ」
「死ぬような目?」
「俺は勇者パーティに参加したために、死ぬような目にあったんだぞ」
「俺様のせいじゃないだろ……」
俺の怒気を感じ取ったらしく、ドルフは後ずさる。
「三人の悪党が死んだ今となっては、すべてお前のせいだ!」
「それはさすがに、八つ当たりだろぉぉぉ!」
「さっきから、近所迷惑なんだよ!」
俺はドルフの懐に飛び込むと、どてっぱらをぶち抜く。
メキッ!
不穏な音に伴い、ドルフの体はくの字に曲がる。
「うげええええええええ!」
全身の骨を砕かれたみたいに、ドルフは七転八倒する。
「た、頼む、こ、殺さないで……」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
「許してくれるのかぁ?」
「許すわけないだろ」
「今までに奪った金品を渡すから、許してくれよぉ!」
「俺は、賄賂には心が動かない男だ」
「売り飛ばせば、豪遊できるぞ? 可愛い女の子と、遊び放題だぞ?」
「話を聞こう――いてっ」
パシン!
頭をはたかれた俺はうめく。
「ダーリンには、失望したのじゃ!」
「冗談に決まっているだろ」
「冗談でも、言っていいことと悪いことがあるのじゃ!」
「……ごめんなさい」
「うむ、ダーリンは素直なところがいいのじゃ!」
スラリーヌの評価に、俺は苦笑いを浮かべる。
「聞いていただろう? ドルフ、お前の要求は受け入れられない」
「ほんとにダメなのか?」
「駄目なものは、駄目だ」
「それじゃあ、てめえを叩きのめして、お宝を奪い取る!」
ドルフは立ち上がると、ファイティングポーズを取る。
「一つ断っておく。俺は勇者パーティの四人目だけど、お宝は存在しないぞ」
「……嘘だろ?」
「本当さ。強いて言うと、その時に出会った相棒がお宝だ」
「それなら、てめえの冒険者カードを奪い取って、悪事の限りを尽くしてやる!」
「人の未来を奪うつもりかよ?」
「俺様の未来は閉ざされた。てめえも道連れだ!」
飛び掛ってきたドルフに対して――
「他人を巻き込むんじゃねえよ!」
「一人寂しく地獄行きなのじゃ!」
俺とスラリーヌは蹴りを放つ。
ヒュン!
「ぐへええええええええ!」
左右からの蹴りを受けたドルフは、悲鳴を残して床に崩れ落ちる。
「事情もわかったから、警備隊に突き出そう」
「悪事を働けないように、牢獄に叩き込むのじゃ」
叩きのめしたドルフを引きずりながら、警備隊の詰め所に向かう。
応対してくれた兵士の表情が、優しいものから厳しいものへと変わる。
俺の左肩に乗ったスラマロを目にしたためだろう。
「君、魔物を連れ帰ったのか!」
「相棒ですよ」
「相棒?」
「俺は、冒険者資格のあるテイマーです」
差し出された冒険者カードを見た兵士は、
「声を荒げて、悪かった」
素直に謝罪して、表情を緩める。
「仕事をしただけでしょ、お勤めご苦労さん」
「それより、詰め所に何の用だね?」
「人さらいと関わりのある、タカリ屋の身柄を確保しました」
尋ねる兵士に、俺はドルフを押し付ける。
「こいつはタカリ屋のドルフ……君、お手柄だよ!」
「牢獄に叩き込んで、悪事を働けないようにしてください」
「わかった、約束する」
「後を頼みます」
そう言い残して、俺は詰め所を離れる。
「これで心置きなく次に進めますね!」
「冒険者として活動開始だな!」
小悪党のドルフを叩きのめして、俺たちはスカッとした気分になった。
お読みいただき、ありがとうございます。
今回の話は、入れるべきか外すべきか迷ったものです。
入れた理由は、スカッとした話に仕上げられたからです。