第8話 孤児の少女
行きとは違い、帰りは気楽だった。
平常心のつもりだったけど、実際は緊張していたらしい。
そりゃそうか、今後の人生が決まるわけだし。
「そろそろ、町に着きますね」
俺の左肩に乗ったスラマロが、前方を指し示す。
夕方ということもあり、人気は少ない。
ただ、町の中心部なら話は別だ。
昼に休憩した木陰に、見覚えのある男がいた。
「やぁ、また会ったねぇ!」
その男は――
「「ドルフ!」」
俺とスラマロの声は合わさる。
「そう言えば、いたな?」
「そう言えば、いましたね?」
こいつのこと、すっかり忘れていたよ!
「君、冒険者を自称したよねぇ?」
「覚えてないね」
「かわい子ちゃんを助ける時、大口を叩いたよねぇ?」
「ないものはないね」
「それなら、魔物と一緒にいるのはどういうことなのさぁ?」
「俺はテイマーだし、スラマロは相棒だ。文句を言われる筋合いはない」
俺は胸を張る。
「たとえテイマーだろうと、無許可の同行は犯罪だぞぉ?」
「あんた、そのしゃべり方、馬鹿っぽいぜ」
「てめぇ――」
激高したドルフは服のポケットから、ナイフを取り出す。
「この俺様に、舐めた口利くんじゃねえよ!」
ドルフの雰囲気が、ガラリと変わる。
軽薄なものから、凶悪なものへと。
本質は、こっちなんだろう。
「俺様? その自称、馬鹿だよね」
「挑発してるのか? 乗らねえよ!」
「乗らない?」
「てめぇの強さは目にしてる」
「それなら、何のつもり?」
「仲間から盗んだお宝を渡せ。さもないと、てめぇの嘘をあいつらにバラすぞ?」
ドルフは切り札を出したみたいに得意げだ。
「あいつら?」
「逃亡奴隷を追っかけてた連中だよ」
「ゴロツキは、お前の話に聞く耳を持つのか?」
「持つさ。何しろ、連中とは顔見知りだ」
「裏社会のつながりかよ!」
俺の反応に、ドルフは口元を緩める。
「さぁ、お宝を渡せ!」
「どうせお宝を渡しても、あの子を奪い取るんだろ?」
「察しがいいな? てめえも女を見捨てて、連中から金を貰っちまえよ!」
「――――」
「ヒャッハッハー!」
ドルフはゲラゲラ笑う。
「うるせぇ」
「何だって?」
「うるせぇって言ってるんだよ」
「てめえ、この俺様に舐めた口――」
「そっちこそ、舐めるんじゃねえよ!」
ボゴッ!
気づいた時には、ドルフを殴り飛ばしていた。
「げほおおおおおおおお!」
ドルフは悲鳴を上げながら吹っ飛ぶ。
「俺は連中みたいに仲間を見捨てないし、お前みたいに下種な真似をしない!」
「てめぇ、こんな真似して、タダで済むと思ってるのか!」
「思ってないよ」
「思ってねえ……?」
「俺は、いつでも相手をする。あいつらを含めて、全員でかかって来い!」
決別の証として、地面に倒れたドルフの横っ腹を蹴り飛ばす。
ボキッ!
「いてええええええええ!」
あばら骨が折れたらしく、ドルフは絶叫する。
「じゃあな、タカリ屋!」
痛みのあまり地面を転げ回るドルフを無視して、俺はその場を立ち去る。
「ダーリン、主人公っぽいですね?」
「人はそれぞれ自分の物語を歩んでいるから、全員主人公だよ」
「そういう台詞を含めて、主人公っぽいんですよ」
「主人公らしくむかつくやつを殴り飛ばして、黙らせるのかよ?」
「主人公らしくむかつく悪党を叩きのめして、ざまぁするんですよ!」
スラマロの主張は、もっとも。
「問題は、ダーリンの立場が漏れてたことですね」
「お宝を盗んで追放された、勇者パーティの四人目?」
「どうして、ドルフは気づいたんでしょう?」
「今度、会った時に聞き出すよ。それこそ、ボコボコにして」
もし機会があったら徹底的に叩きのめして、警備隊に突き出すつもりだ。
「今度こそ、ギルドに向かおう」
少し遅れたものの、ギルドに向かう。
「ただいま!」
「おかえりなさい!」
出迎えてくれたのは、例の少女。
風呂に入ったらしく、髪も肌も美しさを取り戻している。
服が合っていないのは、マスターのお下がりだからだろう。
「君は――」
「エリスと言います、よろしくね!」
エリスはぺこりと頭を下げる。
「俺は――」
「マロは、スラマロ。エリス、ヨーソロー!」
「お前、大事な時に邪魔するなよ!」
「スケベなダーリンから、可憐な少女を守ったんですよ!」
「誰が、スケベだ? 俺はアルト、よろしく!」
軽快なやり取りに、エリスは楽しそうに笑う。
「アルト君と、スラマロちゃんね」
「エリス、君の年齢は――いたっ」
足を踏まれた痛みに、声を上げる。
「ダーリン、レディに年齢を聞くのは失礼ですよ」
「状況的には、知るべきことだろう」
「スリーサイズも知りたそうですね?」
「人を煩悩の塊みたいに扱うなよ!」
言い合っていると、
「ふふっ、十六歳。ただし、調べた通りなら」
「正確な日時は、わからないの?」
「聞く前に、おばあちゃんが死んでしまったから……」
そのおばあちゃんが、最後の肉親みたいに聞こえる。
「俺も同じだよ」
「アルト君も?」
「俺も、十六歳。ただし、添えられた手紙に書かれていた通りなら」
「一緒だね」
しんみりとした雰囲気になる。
「ダーリン、そういう嘘をついて、同情を引くのはまずいですよ」
「嘘じゃねえよ!」
「これだから、自称アルトは困るんですよ」
「自称じゃねえよ!」
馬鹿なやり取りに、エリスは楽しそうに笑う。
「あたし、こんなに笑ったのは久しぶり」
「どうして、君は追われていたの?」
「おばあちゃんを亡くしてから、一人で暮らしてたんだけど――」
エリスの表情が曇る。
「ある時、人さらいに捕まったの」
「人さらい……!」
「大規模な人さらいが行われたみたい。他にも捕まってた子がいたよ」
もしかしたら、目的のある人さらいなのかもしれない。
「奴隷として連れてこられる間、ずっと逃げる機会を窺ってたの」
「その末に、隙を突いて逃げ出せたんだね?」
「助かったのは、アルト君のおかげ。――本当にありがとう」
微笑むエリス。
念のためにステータスを確かめてみる。
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名前・エリス
職業・孤児
レベル・1
攻撃・10
防御・10
敏捷・10
魔力・10
備考・心身ともに健康
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「いずれにしても、試験を合格できてよかったよ」
「試験?」
「冒険者ギルドの加入試験に、合格したんだよ」
「よかったね」
「冒険者なら、君を保護できる。君は、自由になれるんだ」
「あたしのために、危険を犯してくれたの?」
エリスは驚いたみたいに、目をぱちぱちさせる。
「自分のためですよ」
「そこ、口を挟むじゃない! お前のためでもあるんだぞ」
「みんなのためなのね!」
感激するエリス。
「よかった、無事みたいね」
やり取りを聞きつけたらしく、マスターがやってくる。
「俺、試験に合格しましたよ」
「疑うわけじゃないけど、証拠はある?」
「もちろん、あります。――これです!」
ウルフリーダーの牙を掲げてみせる。
「変異種の牙……? あなた、やるわね!」
「驚くことですか?」
「変異種を含めると、難易度はDランクよ」
「一人前の冒険者用の依頼だとしても、楽勝でしたよ」
「本当にしても嘘にしても、事実だからすごいわ!」
驚愕するマスター。
「合格祝いに、宴会を催しましょう! 費用は、ギルドが持ちます!」
太っ腹なマスターに、
「「「やったぁ!」」」
俺たちは歓声を上げた。
お読みいただき、ありがとうございます。
エリスの立場は、いろいろ迷いました。
結果は、アルトと同じく孤児になりました。