第61話 欲望の石
部屋の中に入ると、待っていたのは初老の男だ。
「君は、冒険者かね?」
「冒険者です。わけあって、手に入れた石を鑑定して欲しいんです」
「鑑定料金は、一律だぞ」
鑑定士は机の上にある料金表を指差す。
「これぐらいなら、問題なく払えます」
「試して、悪かった。最近、ゴネるやつがいるんだ」
「石を買い取ってもらえないからでしょう?」
「損してるみたいに感じるんだろう」
鑑定士は机の上に石を置くように伝えてくる。
「これです」
机の上に、二つの石を置く。
「どう考えても、単なる石ころだ」
「無価値ですか?」
「少なくとも、金銭的価値はないぞ」
遠回しに買取を拒否する鑑定士。
「念のために、詳しく調べさせてくれ。もちろん、料金は変わらないぞ」
「お願いします」
「やはり、単なる石ころ――」
鑑定士の言葉は途切れる。
桃色の石を置いて、黄色の石を手に取った瞬間に。
「どうしました?」
「君、これを譲ってくれ!」
「金銭的価値はないのに?」
「それは、君にとっての話だ! 私にとっては、別だ!」
態度を一変させる鑑定士。
「ダーリン?」
「アニキ?」
「わかった」
仲間の意味深な視線を受けて、俺は当初の判断を貫く。
「元仲間の形見ですから、譲れません」
俺は事情を明かすと、二つの石を回収する。
「鑑定の代金は、ここに置いておきます」
「待て――」
「それじゃあ、失礼します!」
呼び止める声を遮って、俺は部屋を後にする。
「鑑定士は、前言を翻しましたよね?」
「相手の態度が、変化したっすよね?」
「まるで、別人みたいになったよな?」
困惑する俺たち。
「それより、宿に帰ろう」
鉱物ギルドを後にすると、宿を目指す。
「この石、何なんだ?」
答えの出ない問いに悩んでいると、人気のない道に差し掛かる。
「人の気配……? 気のせいだろ」
「ダーリン、気のせいじゃないですよ!」
気づいた時には、背後に気配が迫っていた!
「アニキ、体勢を低くして!」
「わかった!」
体勢を低くするなり、頭上を人の手が通り抜ける。
「こんな時に、ゼノンの罠かよ……鑑定士?」
そう、襲ってきたのは鑑定士!
「よこせ!」
「石?」
「あれをよこせ!」
「来るぞ!」
体の向きを変えて、飛び掛ってきた鑑定士を避ける。
石の奪取に失敗した鑑定士は、地面に倒れ込む。
その時に体を打ちつけたらしく、起き上がれない。
「どうする?」
「意識を奪いましょう」
「方法は、あるのか?」
「もちろん、あります。ダーリン、力を使ってください」
「わかった」
息を合せる。
「「『性質変化』!」」
次の瞬間――
スラマロは、ブロンズウィップに変化する!
「ウィップの戦闘特技は、バインドですよ」
「バインド? マナバインドだろ」
確認を済ませると、起き上がった鑑定士に狙いを定める。
「マナバインド!」
ギュル!
蛇みたいに巻きつくと、鑑定士を拘束する。
「よこせ、よこせ、よこせ――」
鑑定士は拘束されているのに叫んでいる。
「寝るまで待つのか?」
「まさか、力を込めてください」
言われた通りに力を込めると、
「ぐほっ!」
鑑定士の意識を奪う。
「ダーリン、意識を奪いましたから、拘束を解いても大丈夫ですよ」
力を弱めると、鑑定士は地面に倒れる。
手加減したために、怪我は見当たらない。
息も安定しているから、無事みたいだ。
「どうなっているんだ?」
「本人に聞けばいいんですよ……意識を取り戻しました!」
スラマロの言葉通り、鑑定士は意識を取り戻す。
「ここは……? 君は……!」
「覚えていないんですか?」
「二つ目の石を手に取った時から、記憶が曖昧なんだ」
「夢みたいに?」
「そう、夢みたいに。ただ、あれを欲しいと思ったことは覚えている」
「この石ですか?」
黄色の石を掲げると、鑑定士は動揺する。
「悪いが、しまってくれ! 自分を見失うのは、ごめんだ……」
「自分を見失う?」
「それを見ていると、欲しくなるんだ。理由はわからないが、欲しくなるんだ」
「わかりました」
黄色の石を懐にしまうと、鑑定士は安心する。
「その石の正体は不明だが、気をつけなさい」
「気をつけろ?」
「その石に魅入られた私のように、おかしくなる者も出てくるはずだ」
「具体的には、どうすればいいんです?」
「早急に、そして確実に破壊するんだ!」
鑑定士の言葉は、不吉に聞こえる。
「その石に関して、調べてみるよ。何かわかったら、連絡する」
「俺も、調べてみます。何かわかったら、連絡します」
お互いに連絡先を伝えると、別れを告げた。
「この石は、何なんだ?」
「所有者の欲望を糧にして、力を引き出すみたいですね」
「異界のデーモンの本体なのか?」
「異界のデーモンは消滅しましたから、その抜け殻ですね」
「それでも騒ぎを引き起こすんだから、厄介な代物だな」
「あの古代遺跡のお宝は、異界のデーモンと契約できるこの石だったんですよ」
スラマロの主張は、もっとも。
「強欲の石、色欲の石、それに傲慢の石の三つがお宝?」
「その三つとは限りません。到達者の欲望に沿ったのかもしれません」
「到達者の欲望に沿った?」
「封印の間の仕掛けは、人の身を超えた欲望の有無を確かめるためのものです」
「具体的には?」
「欲望が人の身を超えた者のみ、最深部に到達できて石を手に入れられるんです」
スラマロの指摘は、もっとも。
「それ以外の場合は、何事もなく帰宅ですね」
「俺の場合は?」
「ダーリンの場合は、遺跡の管理者である叡智の賢者に弟子入りですよ」
「例外中の例外かよ!」
後継者の役目は、異界のデーモンの監視だろうか?
「アニキ、その遺跡の調査はできないんすか?」
「ゴレスケ、遺跡は完全に崩壊しているんだよ」
「それなら、安心っすね。他にないんでしょ?」
「ないと思うけど、あっても大丈夫だよ」
「大丈夫?」
「なぜなら――」
俺たちは、異界のデーモン対策のスペシャリストだから!
「抜け殻とはいえ厄介な代物です。ダーリン、どうします?」
「今すぐ壊したいところだけど、やめておこう」
「どうしてです?」
「おそらく、力を使い果たすからだ」
「なるほど、御前試合への参加が難しくなるからですか」
「三つの石を壊すのは、今回の一件の締めくくりだ」
俺はそう決めると、宿に向かって歩き出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
アルトの言葉に嘘偽りはなく、本当に壊せます。
ただしその場合、御前試合での勝利が不可能になります。




