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第6話 逃亡少女

 少女に抱きつかれた俺は呆然としている。


「ダーリン、捕まるのじゃ」


「俺のせいじゃないだろ」


「ダーリン、抱きついたのじゃ」


「抱きつかれただろ」


 誤解を解いていると、


「お兄ちゃん……?」


 そう言い残して、少女は地面に倒れる。


「おい、しっかりしろ! 君、大丈夫か?」


 衣服は汚れているし、髪にも肌にも泥がついている。

 それでいて、その横顔は愛らしい。

 間違いなく、美少女だ。


「すぅ、すぅ、すぅ――」


 寝息が聞こえるから、眠っているらしい。

 少女からすると一安心かもしれないけれど、俺からすると大問題だ。

 この後、どうしよう?


「ダーリン、宮殿に寄らないと、保釈金を払えないのじゃよ」


「どうして、捕まる前提なんだよ! そもそも、この少女は何者だ?」


 言い合っていると、


「邪魔だ、どけ!」


「野次馬は、消えろ!」


「関わると、ボコボコにするぞ!」


 人だかりを割るようにして、ガラの悪い男たちが近づいてくる。

 いずれも、長身の大男。

 どう考えても、ゴロツキだろう。


「見つけたぞ!」


 ガラの悪い男たちは、地面に倒れたままの少女を取り囲む。


「あなたたちは……!」


「おぅ、家に帰るぞ!」


「いや、誰か、助けて――」


 目覚めた少女は助けを求めるように、こちらを向く。


「ダーリン、どうするのじゃ?」


「もちろん、助ける!」


 両者の間に、割って入る。


「ちょっと待った!」


「何だ、お前?」


「その子の知り合いだよ」


「知り合い……? 俺たちは、こいつの保護者だぞ!」


 俺とゴロツキは睨み合う。


「保護者?」


「こいつは、奴隷なんだよ。俺たちは、その世話役なんだよ」


「逃亡奴隷?」


「そう、逃亡奴隷。自称知り合いは、引っ込んでろ!」


 相手の態度に、嫌悪感を抱く。


 その理由は、不可解な態度。

 知り合いだと名乗った時、動揺したんだ。

 単なる奴隷と世話役じゃないと、俺は見抜く。


「自称世話役の犯罪者でしょ?」


「ガキのくせに、俺たちにケチをつけるのかぁ?」


「ガキかもしれないけれど、俺は冒険者だぜ!」


「お前が、冒険者? ははははっ、それなら俺たちの相手ぐらいできるよなぁ!」


 見せしめのためだろう、連中は襲い掛かってきた!


「こいつら――」


「遅いのじゃ!」


 敵の動きは、緩慢そのもの。

 予想した通り、単なるゴロツキだ。

 相手の拳を避けながら、自分の拳を振るう。


「食らえ!」


 ボコッ! ベキッ! ドコッ!


 瞬く間に三人を叩きのめすと、残った一人は血相を変える。


「マジで冒険者かよ……くそっ!」


 男は地面を蹴ると、少女に向かって跳ぶ。


「その子を人質にするつもりか!」


「人質にするつもりだよ!」


「俺じゃ間に合わない――スラリーヌ!」


 スラリーヌは、足を鞭みたいに振り抜く。


 ヒュン!


 その一撃は、跳びかかってきた男の腹に突き刺さる。


「ぐぉぉぉぉぉぉ!」


 腹を強打された男は、苦しそうに地面を転げ回る。


「見逃すのは、今回だけだ。今度、その子に近づいたら、ボコボコにするぞ!」


「ひぃぃぃぃぃぃ!」


 男は仲間を引きずるようにして、その場から逃げ去った。


「助けてくれて、ありがとう。お兄ちゃん――」


 礼を言うなり、少女は意識を失う。


「すぅ、すぅ、すぅ――」


 疲労が限界に達しているらしく、再び寝息が聞こえ始める。


「疲れてるみたいだから、寝かしておくのじゃ」


「そうだとしても、安全な場所に運ぶ必要があるな」


 大事になる前に、場所を移すべきだろう。

 少女を背負うと、ギルドに向かう。

 その際、騒ぎを聞きつけた人々の中に、見覚えのある顔を見つける。


「あいつは――」


「ヒャッハー!」


 ターゲットの弱みを掴んだみたいに、ドルフはニタニタ笑っている。


「ダーリン、さっきの連中が本当に保護者だとしたら、どうするのじゃ?」


「たとえ保護者だろうと、嫌がっている相手には預けられないよ」


「同意見じゃ。ただ、実際問題、保護は可能なのじゃ?」


「それは……」


 俺は言葉に詰まる。


「未成年の保護は、冒険者の特権の一つだ」


「それなら、身柄をギルドに預かってもらえるのじゃ」


「冒険者になる必要があるんだぞ?」


「問題あるのじゃ?」


 答えは決まっている。


「お前のためにも、この子のためにも俺は冒険者になるよ」


「ダーリンの意思は? 自分のことを最優先にするべきなのじゃ」


「俺は、冒険者になりたい。冒険者になって、胸がワクワクする冒険に出たい」


「それなら、なるのじゃ!」


「ああ、なろう!」


 扉を押し開くと、ギルドの中に入る。


「相変わらずだな――」


 うるさいぐらいの外とは違い、中は静まり返っている。

 ギルドとしてはもちろん、酒場としても廃れているんだ。

 事情を知らないスラリーヌは不満げだ。


「ここの食事、おいしいのじゃ?」


「安くて、おいしいぞ」


「ダーリン、味覚駄目な人?」


「マスターが、気分屋なんだよ。――そうでしょ、マスター?」


 その言葉は、自分でも言い訳に聞こえる。


「好みが激しいだけよ」


 返答は、カウンターの中から聞こえてきた。


 声の主は、マスター。

 容姿は、中性的だけれども女性。

 年齢は、二十代に見えるものの不明。


「アルトちゃん、昨日までとは打って変わって、自信たっぷりね?」


「いろいろあったんですよ」


「忠告したように、裏ありの連中だったの?」


「俺の役割は、扉を開くための生贄の豚でした」


「ひどい話。でも、助かってよかったわ」


 マスターは心配していたらしく、溜めていた息を吐く。


「その子は?」


「ガラの悪い男たちに、追われているところを保護しました」


「危険な目にあわなかった?」


「何とかなりました。それより、この子を少しだけ預かってくれませんか?」


 背負っていた少女を、ソファーの上に下ろす。


「構わないけど、本当に少しよ」


「それは、俺が冒険者じゃないからでしょう」


「もしかして、冒険者になるつもり?」


 覚悟を試すような、鋭い視線を向けられる。


「俺は、冒険者になるよ」


 俺は気負うことなく答える。


「いい返事! 今のあなたなら、試験を突破できそうね」


「試験?」


 反応したのはスラリーヌ。


「アルトちゃん、この絶世の美女は?」


「運命の相手なのじゃ!」


「あなた……」


 絶句するマスター。


「勘違いしないでください、スライムです!」


「スライム……本当に?」


「スラリーヌ、元に戻ってくれ。――『性質変化』!」


 スラリーヌは変身ポーズを取る。


「へーんしん!」


「何の冗談……嘘、本当に変身した!」


「マロは、スラマロ。マスター、よろしく!」


 スラマロはカウンターの上に乗る。


「俺は、スラマロのおかげで生き延びることができました」


「マロも、ダーリンのおかげで生き延びることができました」


「運命の相手なのは、間違いないのね」


 納得するマスター。


「話を戻すと、冒険者になるためには、試験に合格する必要があるの」


「ふむふむ」


「ほむほむ」


 真面目な俺と、不真面目なスラマロ。


「具体的には、与えられた依頼を達成する必要があるの」


「依頼の達成、イコール、試験の合格ですね?」


「その認識は、間違ってないわ」


「問題の依頼は、何です?」


「あなたの試験は、これよ」


 差し出された、一枚の紙切れ。


 そこには――


「討伐対象は農作物を食い荒らして、人への被害も出始めているウルフの群れか」


「群れなのは心配ですけど、ウルフ程度なら問題ないですね」


「油断は、禁物だぞ」


「マロとダーリンなら、相手がドラゴンでも大丈夫ですよ!」


「フラグを立てるなよ!」


 言葉とは裏腹に、俺は試験の合格を確信していた。

 お読みいただき、ありがとうございます。

 後書きの裏話は、極力ネタバレを避けます。

 基本的には、補足説明になると思います。

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