第38話 真夜中の襲撃者
一通り見て回った俺たちは部屋の前に戻っていた。
「これから、どうするの?」
「もちろん、女子寮以外も見て回るわよ」
「えーっ!」
ナンナ以外の全員が不満を表す。
「ブーブー!」
「プープー!」
「グーグー!」
「クークー!」
俺たちは一斉に文句を口にする。
「見回りは、決まりごとなのよ! 文句を言ってないで、ついてきなさい!」
「全員、一緒に回るのは非効率的じゃない?」
「非効率的ね。だから、二手に分かれるわ」
「二手?」
「手前側は、エリス、スラリーヌ、ゴレアンテ」
「奥は?」
会話の間も、俺たちはナンナの先導に従っている。
「私とアシュミー」
「ナンナ、あたしに気があるのね!」
「張り倒されたいの?」
「……ごめんなさい」
ナンナの形相に、俺は必死に謝る。
別館から本館に移ると、立ち止まる。
ナンナは見回りに関して、細かく説明する。
一通りの説明が済むと、二手に分かれた。
「ハニー、がんばるのじゃよ!」
「オネエサマ、絶好の機会ですわ!」
「アシュミーちゃん、ハーレムの始まりよ!」
「お前ら……」
仲間のふざけた声援に、俺はゲンナリする。
「どうして、こういう組み分けなの?」
「あなた、強いでしょ? もしもの場合は、守ってもらうつもりなの」
「あの三人は?」
「エリスはともかく、スラリーヌもゴレアンテも強そうでしょ」
ナンナの判断はもっとも。
「本当はあなた一人に任せたかったんだけど」
「あたし、期待されてる?」
「その場合、やらかしそうで怖かったのよ」
「あたし、警戒されてる!」
俺の反応に、ナンナは笑う。
俺たちが向かったのは、敷地の奥だ。
場所的に出入りは不可能だから、人気はまったくない。
野犬なら塀を飛び越えられるけど、変質者程度は無理だろう。
「そう言えば、最近の大司教の様子はどうなの?」
「どうって?」
「普段と変わらない?」
「普段通りじゃないかしら。ただ」
「ただ?」
「最近、慇懃無礼な秘書の姿が見えないわね」
慇懃無礼な秘書?
側近の不在?
もしや――
「あの男?」
思い浮かんだのは、例の男。
もちろん、人さらいのボスだった代理人だ。
想像通りなら、問題の依頼人は大司教だろう。
「大司教が、人さらいの黒幕?」
今のところ、状況証拠の積み重ねだ。
ただ、着実に真相に迫っている。
このまま行けば、遠くないうちに黒幕と対決するだろう。
「あなた、大司教様に興味があるの?」
「有名人でしょ? あたし、ミーハーなのよ!」
「有名人でも、聖職者よ? スター冒険者と同一視できないでしょ」
「実はあたし、スター冒険者なのよ!」
「はいはい、見え透いた嘘をついてないで見回りしなさい」
ナンナの反応に、俺は一安心する。
今のところ、女装も潜入もバレていない。
ご都合主義の極み?
先入観の極みだよ!
「ここが、大司教様の執務室よ」
ナンナが指差したのは、真北にある部屋。
執務室とはいえ教会の一室だから、豪華じゃない。
むしろ質素なのは、大司教の性格の表れだろう。
「金銭に興味はない?」
「大司教様は、名門の家の出よ。金銭を捨てて、聖職者への道を選んだのよ」
「ふうん、本当に興味がないんだ。それなら、何に興味があるのかしら?」
「福祉じゃないかしら? 大司教様は、福祉に関して詳しいし熱心だから」
「子供好き?」
「子供嫌いではないわね」
ナンナの言葉は意味深に聞こえる。
「私はあちらを調べてくるから、あなたはここらへんを調べておいて」
そう言い残して、ナンナは立ち去る。
絶好の機会だ。
大司教の執務室を調べてみよう。
俺は点検用に預かった鍵を利用して、中に入る。
「証拠は――」
中を見渡して、がっかりする。
机、椅子、テーブル、書棚、一通りのものは揃っている。
ただし、それ以外のものは見当たらないからだ。
唯一目を引くのは――
「家族の肖像画?」
肖像画が飾られている。
描かれているのは、年頃の少女だ。
大司教とは似ても似つかないから、家族以外の誰かだろう。
「見覚えがあるような――」
きゃああああああああ!
思考を遮ったのは、女性の悲鳴。
声に聞き覚えがあるのは、ナンナのものだからだ。
俺は探索を中断して、部屋の外に飛び出す。
「ナンナ!」
ナンナの姿を求めて、周囲を走り回る。
しばらくすると、複数の影を見つける。
その中には、羽交い絞めされたナンナも含まれている。
「あんたたち!」
俺は一息に距離を詰めると、一つ目の影に向かって飛び膝蹴りを食らわす。
「うごおおおおおおおお!」
悲鳴を上げて、覆面をした声の主は床に倒れる。
「アシュミー……?」
「待ってて、すぐに助けるから!」
怯えるナンナに向かって、俺は微笑んでみせる。
「あんたたち、容赦しないわよ!」
俺は立ち向かってくる覆面の男たちを叩きのめす。
ベキッ! ボコッ! ドカッ!
数は多いものの、一人一人はたいしたものじゃない。
あっという間に、全員床に崩れ落ちる。
安全を確保したから、尻餅をついたナンナに手を差し伸べる。
「ありがとう、あなた、本当に強いわね?」
「こいつらが、弱いだけよ」
「またまた謙遜しちゃって! あなた、伝説のアマゾネスね?」
「ははっ、その通り!」
俺の正体を疑っているわけじゃないらしく、ナンナは無邪気に喜んでいる。
「それにしても――」
こいつらは、何者だ?
それに、教会の中に入った方法は?
何より、ナンナを連れ去ろうとした理由は?
「どういうことなのよ!」
一難去ったものの、俺の中のモヤモヤは晴れなかった。
お読みいただき、ありがとうございます。
潜入調査編も、ゆっくりですが話が進んでいます。
黒幕の判明と対決は、近いうちに訪れます。




