第35話 ナンナを守れ
「さすがに疲れたな……」
仕事が一巡したため、休憩に入る。
時刻は、昼ぐらい。
食事は、どうするんだろう?
「ダーリン、なんちゅう格好をしてるのじゃ?」
呆れ返るスラリーヌ。
言われてみると――
椅子に大股を開きながら座って、貰ったお菓子をタバコみたいにくわえている。
「セイント教会のメイドはビッチだと、悪い噂を流されるのじゃ」
弁当を差し出すスラリーヌ。
「俺の分?」
「いらないなら、ワラワが食べるのじゃ」
「いるに決まっているだろう。お前の分は?」
「もちろん、あるのじゃ。後、これ、お茶じゃ」
スラリーヌは椅子に座ると、テーブルにお茶の入ったポットを置く。
コップにお茶を注ぐと、食事を始める。
弁当は女性用らしく、彩りはよいものの量は少なめだ。
「ダーリン、可愛いワラワに弁当を分けるのじゃ」
「可愛いは、自慢だろ?」
「ケチなダーリン、ワラワにお菓子を分けるのじゃ」
「ケチは、嫌味だろ!」
喉は渇いているもののお腹は空いていないから、弁当とお菓子を上げる。
「ワラワのキュートさは、ダーリンのケチケチさを上回るのじゃな!」
「お前……」
俺は喉の渇きを潤すために、お茶をがぶ飲みする。
「あなた、面倒見はいいのね?」
「オネエサマ、元気?」
「アシュミーちゃん、大丈夫?」
ナンナのみならず、ゴレアンテとエリスもやってくる。
「オネエサマとアシュミーちゃんはやめて……」
三人は笑いながらテーブルに着くと、食事を始める。
「食事の後は、雑草取りよ」
「全員で?」
「あなた一人で」
「あたし、いつ見習いから昇格したの!」
文句が、口をついて出る。
「事務長からの指示。薬草に釣られて、野犬が入り込んでくるらしいの」
「ナンナは、協力してくれないの?」
「私は、薬草取りね。間違って引き抜かれないように、分けておくの」
「どっちにしても協力は必要……そこの三人、目をそらさない!」
食事を終えると仲間に仕事を任せて、ナンナと一緒に庭園に向かう。
「こちら側が薬草だから、間違っても引き抜かないでね?」
「それはいいけど、それ以外の草を全部引き抜くの?」
「本題は薬草の採取だから、雑草は目立たないぐらいに引き抜けばいいわ」
その指示に従い、雑草を片っ端から引き抜いていく。
大変だけれど、面倒じゃない。
面倒なのは、薬草を担当しているナンナのほうだ。
「二人とも、精が出ますね」
声のしたほうを向くと、この仕事を押し付けてきた事務長。
「どうして、事務長がここに?」
「貴重な薬草を無駄にしないように、お目付け役を命じられました」
「……そんなに信用ないんですか」
落ち込むナンナ。
「あの方が、心配性なだけでしょう。二人とも、気にする必要はありませんよ」
「大司教様の指示なんですね」
「珍しいことに直接の指示ですね」
珍しがる事務長。
「胡散臭いな?」
今のところ白黒はっきりしないものの、大司教は要注意人物みたいだ。
「あなた、大司教様を嫌ってるの?」
「嫌っているんじゃなく、疑っているの。この仕事の目的は、何かしら?」
「目的? 野犬対策でしょ」
呆れるナンナ。
「それなら、どうして――」
「どうしたの、急に黙っちゃって?」
「危ない!」
ナンナを突き飛ばす。
「きゃっ! あなた、いったい何の真似……野犬!」
黒い影は、ついさっきまでナンナのいた空間を通り抜けていく。
「二人とも、下がって!」
「アシュミー?」
「アシュミーさん?」
ナンナと事務長を守るため、黒い影の前に立つ。
「時間を稼ぐから、その間に逃げて!」
「わかった!」
「わかりました!」
目的は、時間稼ぎ。
そのうち、衛兵が異変に気づく。
そうなったら、俺も逃げ出せばいい。
「こいつ、犬じゃないぞ!」
犬に似た大型の獣が、迫って来る!
「アォォォン!」
ウルフを思わせる鳴き声。
「もしかして、魔物?」
実際――
大型の獣は地面を蹴ると、俺を飛び越えて逃げる二人に襲い掛かる!
「嘘、飛び越えてきた……アシュミー、助けてぇぇぇ!」
悲鳴を上げるナンナ。
「やらせるかよ!」
敵の背後に迫ると、体を蹴り上げる。
ボコッ!
「アォォォン――」
蹴り飛ばされた大型の獣は二度ほど地面を転がると、立ち上がる。
「蹴り上げに耐えた……? 本当に魔物かよ!」
距離を置いて、俺と獣は睨み合う。
「野犬だぞ!」
異変に気づいたらしく、衛兵が駆けつけてくる。
「アォォォン!」
不利を悟ったらしく大型の獣は堀を飛び越えると、逃げ去った。
「大丈夫?」
俺は声をかけながら近寄ると、ナンナと事務長を助け起こす。
「アシュミー、ありがとうね」
「アシュミーさん、助かりましたよ」
二人の感謝の言葉に、俺は照れ笑いを浮かべる。
「それにしても――」
教会の敷地に、魔物が侵入した?
この町の治安は、そんなに悪くないぞ!
それは、つまり――
「あなたたちが、無事でよかった」
声の主は、高そうな法衣を着た男。
ただ、想像に反して偉ぶっていない。
強いて言うと、探るような目をしている。
「「大司教様!」」
ナンナと事務長は頭を下げる。
「大司教?」
二人に隠れて、俺は頭を下げなかった。
なぜなら――
こいつに頭を下げたくないと、心の底から思ったからだ!
「かしこまることはない、君たちは私の身内だ」
「ありがとうございます」
「念のために、医者に見てもらいなさい」
「わかりました」
「それでは、さようなら。頼もしい友と愛らしい娘よ」
ゆっくりと立ち去る大司教。
「アシュミー、顔が怖いわよ」
「再び野犬に襲われるんじゃないかと、心配になったの」
「大司教様を睨んでるみたいに見えたわよ」
「気のせいよ」
そうごまかしつつも、俺は遠ざかる大司教の背中を睨み続けた。
お読みいただき、ありがとうございます。
疑惑の大司教の登場です。
読者からすると、その正体はバレバレですね。




