第14話 悪代官
関所を抜けた俺たちは、山道を進んでいる。
「代官のやつ、何者なんだ?」
「悪い噂のある人物でしょ」
「正体だよ」
「噂の真相を確かめれば、正体も判明しますよ」
「その場合、手遅れのケースが大半だよな?」
代官の足取りを追うと、地図には記されていない鉱山にたどり着く。
「見張りがいるな?」
「外じゃなく、中に対するものですね」
「ブラック労働かよ?」
言われてみると、見張りは外じゃなく中を監視している。
「どういうことだ?」
「手を抜かないように、ひいては逃げ出さないように監視してるんですよ」
「強制労働かよ!」
人相の悪い見張りは、外に逃げた労働者を追いかけ始めた。
「ダーリン、今なら中に入れますよ!」
「よし、中に入ろう」
警備の混乱を突いて、俺たちは鉱山に忍び込む。
「あいつら、人相が悪かったな?」
「山賊でしょ」
「山賊!」
「驚くことですか? 依頼の一つは、山賊退治ですよ」
「驚いているのは、代官と山賊がつながっていることだよ」
「住民の本当の願いは、山賊とつながってる代官の排除ですね」
スラマロの指摘は、もっとも。
「エリスじゃないですけど、二つの依頼はセットだったんですね」
「セット?」
「どちらも、代官に絡んだ依頼です。その意図は、正反対だとしても」
「住民は、代官を排除したい? 代官は、邪魔者を排除したい?」
「そう考えると、現状を説明できます」
スラマロの主張は、もっとも。
しばらく進むと、開けた場所に着く。
そこでは――
見覚えのある男が、大勢の労働者に向かって得意げに演説していた。
「お前たちの今週のノルマは、金貨一枚分だ」
「全員でですか?」
「もちろん、一人でだ」
「そんな無茶な……」
「達成しないと、給料も食事もやらないぞ」
代官の決定に、労働者たちは愕然とする。
「代官様、慈悲を!」
「給料を払っているだけ、それに食事を与えているだけ、ありがたく思え」
「前は、もっと優しかったはずです!」
「優しかった? 甘かったの間違いだろう」
労働者たちの懇願に対して、代官は嘲笑する。
「代官様、待遇を改善してください! 我々の身が持ちません!」
「それが、どうした?」
「どうしたって……死んでしまいます!」
「構わん。お前らの一人や二人、死んだところで何の不都合もない」
「それは、あんまりでしょう!」
「要求を受け入れろ。さもなくば、さらに苦しむぞ?」
代官の言葉は、不吉に聞こえる。
「お前らの中に山賊に狙われたものも、魔物に襲われたものもいるだろう?」
「まさか、あなたの仕業ですか!」
「何を言っている? 山賊と魔物の仕業だ」
「わかりきった嘘を! 連中と関わりがあるんでしょう!」
「連中は、勝手に動いているだけだ。私は、一切指示していない」
代官の脅しに、労働者たちの顔は青ざめる。
「お前たちは、おとなしくノルマを果たせばいいのだ」
「守銭奴め!」
「守銭奴? はははははっ、私にとっては賞賛だ!」
「我々は、本当にボロボロなんだ!」
「それなら、別の方法でノルマを果たせ」
面白いことを思いついたみたいに、代官の口元は歪む。
「別の方法?」
「人買いに子を売れ! 山奥に親を捨てろ! それでも足りなければ――」
「足りなければ?」
「自分の命を担保に金を借りて死ね!」
代官の暴言に、労働者たちはうなだれる。
「私に従えば、生かしておいてやる」
「我々は生かしてもらいたいんじゃない、生きたいんだ!」
「ふん、ゴーレムを始めとした労働力の反乱は、お前らの差し金か?」
代官の追求に、労働者たちは首を振る。
「どっちでも構わん。全部、潰してやる。そのための駒は揃えた」
「その駒は、魔物退治のためにやってきた新人冒険者ですか?」
「そう、間抜けそうな冒険者のことだ。役立たずなら、あいつも切り捨てる」
「冒険者よ、世間に真実を明らかにして、我々を助けてくれ!」
「いつまでも祈っていろ、馬鹿ども!」
慈悲を請う労働者を蹴り飛ばして、代官は立ち去った。
「あいつ――」
「ダーリン、抑えて!」
「抑えろ?」
「労働者も、言ったでしょ? 世間に真実を明かして、我々を助けてくれ、と」
スラマロの制止に、俺は足を止める。
「今、手を出しても、彼らを助けることにはならないのか?」
「むしろ、逆効果です」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「悪事の証拠を掴み、悪党を叩き潰すんです!」
「……わかった、今は我慢する」
スラマロの説得に、俺は考え直す。
「悪事の証拠を掴むとして、どうすればいいんだ?」
「反社会勢力との関係を暴くか、不正蓄財の場所を突き止めるか、二択ですね」
「手ごろなのは、前者だな?」
「ただし、前者は言い逃れられる可能性があります」
「そうなると、狙うのは後者か。たぶん、隠し場所は代官の屋敷だろう」
代官の屋敷に侵入して、悪事の証拠を見つけるべきだろうか?
「屋敷に侵入して失敗したら、ダーリンは牢獄行きですよ」
「それは、さすがにまずいなぁ」
「それどころか代官が手を回して、拷問の末に変死しますよ」
「それは、さすがに嫌だなぁ」
「ここは代官の後を追って、手がかりを掴みましょう」
「よし、そうしよう」
スラマロの提案に従い、代官の後を追う。
「すごく眠い……眠らせて!」
「お腹が空いた……食べ物をくれ!」
「家族に会いたい……家に帰らせてください!」
助けを求める無数の声が、鉱山を埋め尽くしている。
「代官のやつ、外道だな!」
「演劇に登場する、悪代官そのものですね!」
代官を追って、坑道を進む。
「うん……いないぞ?」
気づいた時には、代官を見失っていた。
「脇道に入ったのか……誰だ!」
気配を感じ取り、振り返る。
そこにいたのは、巨大な魔物――
「「ゴーレム!」」
俺とスラマロの驚きの声は重なった。
お読みいただき、ありがとうございます。
代官の本性は、判明しました。
代官の正体は、次回判明します。




