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第11章 不穏な初クエスト

 初クエストの話を聞かされてから、二週間後のある日――


「ふうん、アルト君とスラマロちゃんの愛の巣は、こんなところなんだぁ」


 怠惰な日々を送る俺たちの元に、エリスが訪ねてきた。


「愛の巣って、何だよ?」


「うーん、新婚夫婦の家?」


「完全に夫婦だろ!」


「テイマーとスライムなんだから、夫婦みたいなものだね!」


 茶化すエリス。


「ダーリンはケチだから、ワラワは願い下げなのじゃ」


「どうして、上から目線なんだよ?」


「ワラワは、姫じゃ。上から目線は、当たり前なのじゃ」


「見下されてる……!」


 夫婦漫才を繰り広げる俺とスラリーヌ。


「訪ねてきてくれたのは嬉しいけど、用事があるんだろう?」


「前回、伝えた依頼の件。引き受けたところ、正式な依頼書が届いたの」


「もしかして、依頼の開始日は今日?」


「うん、今日。向かう前に日時を伝えないといけないから、訪ねたの」


「なるほど。狭苦しいところだけど、上がって」


「お邪魔します」


 エリスは部屋の中に入ってくる。


「緊張するな……」


「ダーリンは、襲うつもりなのじゃ! エリス、逃げるのじゃ!」


「お前!」


「怒らないで欲しいのじゃ。もちろん、冗談じゃ」


「冗談でも、言っていいことと悪いことがあるだろ?」


「これはもちろん、言っていいことなのじゃ」


 身勝手なスラリーヌ。


「これ、お土産。私の焼いたお菓子」


 テーブルを隔てて、向かい合う。

 俺とスラリーヌは、ベッドに腰掛けている。

 エリスは、渡されたクッションの上に座っている。


「おっ、うまそう……スラリーヌ、勝手に食べるな!」


 会話の間も、スラリーヌは箱から取り出した焼き菓子を食べている。


「焼き菓子の宝石箱じゃ」


「パクリかよ!」


「スラまろやかな味じゃ」


「さらにパクリかよ!」


「心の師匠をリスペクトしたのじゃ」


「グルメの伝道師が、心の師匠の姫って何者だよ!」


 馬鹿なやり取りに、エリスはニコニコ笑う。


「依頼を受けるんだから、中身の説明だね」


「中身の説明を後日にしたのは、守秘義務のため?」


「そうしないと、勝手に依頼を受ける人が出てくるでしょ」


 エリスの口ぶりからして、ギルドを通さずに依頼を受ける冒険者もいるようだ。


「某勇者パーティみたいな悪い冒険者は、少なくないのじゃな?」


「あいつらは悪党だけど、冒険者パーティじゃないぞ。本職は、ゼノン一人だ」


「ちなみに、ゼノンの冒険者ランクは何なのじゃ?」


「S」


「悪党の親玉が、冒険者の上位ランク? クソシステムの見本なのじゃ!」


 スラリーヌの憤慨は、もっとも。


 ただし、事情を知らない人には、


「底辺の僻み!」


 と思われて、逆に叩かれるんだよなぁ。


 前はシステムの外側にいたけれど、今はシステムの内側にいる。

 見返したかったら、ランクを駆け上がるしかない。

 目指せ、Sランク越え!


「不正を除くと、依頼者には従うこと。注意事項は、以上だよ」


「具体的な説明は?」


「言ってなかった? あたしも、同行するよ」


「大丈夫なのか?」


「マスターに、採掘ギルドへの用事を頼まれたの」


 悪戯っぽい笑みを浮かべるエリス。


「二人についてきてもらいなさいと、マスターに言われたの」


「ダーリンでも、囮にはなれるのじゃ」


「スラリーヌちゃん、囮は失礼だよ」


「それなら、壁じゃ」


 失礼な評価を下すスラリーヌ。


「それより、移動手段は? 目的地までは徒歩なの?」


「距離があるから、馬車。そろそろ、乗り合いの馬車が到着するよ」


「それじゃあ、馬車の発着場に向かおう」


 町の出入り口付近にある、馬車の発着場を目指す。

 ほどなく、すでに着いていた馬車に乗り込む。

 客はそう多くないから、狭苦しく感じることなく過ごせるだろう。


「子供二名、魔物一名になります」


「魔物は、小型ですね。運賃は、後払いです」


「人間形態から、魔物形態に戻って正解だったな」


 スラリーヌからスラマロに戻ったのは、運賃をケチったためだ。


「山岳地帯に向かって、出発します!」


 御者(ぎょしゃ)の言葉に合せて、馬車は動き出す。

 窓側に陣取ったこともあり、景色を楽しめる。

 スラマロもエリスも、見慣れない景色に目を輝かせている。


「面白い地形ですね」


「綺麗な景色ね」


 馬車は街道を通っているため、危険性は低い。

 魔物どころか、野生の獣を見かけることも珍しい。

 もちろん、盗賊の類も見当たらない。


「ここらへんは、治安がいいんだな」


 定期的に魔物の駆除が行われていることも、推測を裏付ける。

 その大半がギルド経由の依頼だから、今後は俺の出番もあるかもしれない。

 魔物退治に興味はないものの、共同戦線には興味があった。


「野良の場合、マロも駆除されるんですか?」


「マスターによると、敵対しなければ見逃す方針らしいよ」


「一応でしょ? ダーリンと出会えたのは、不幸中の幸いでしたねぇ」


「スラマロちゃん、鋭いね」


 微笑するスラマロと、苦笑するエリス。


「そろそろ、目的地か?」


 景色に夢中になっている間に、山岳地帯に入っていた。

 そのくせごつごつとした感触がないのは、道が舗装されているおかげだろう。

 平地よりも快適なことに、嬉しさとともに驚きを覚える。


「ここ、そんなに重要なところなのか?」


 理由を求めて、あちこち見る。


「うん……あれは!」


 目に留まったのは、鉱山の横穴。


「ゴーレム?」


 侵入者を見張っているらしく、ゴーレムはきょろきょろしている。


「――――!」


 ゴーレムは、こちらを見る。


「近寄るな……そんなところか?」


 そうしているうちに、ゴーレムの視線は外れる。


 もしかしたら、ゴーレムのメッセージは、


「困ってることがあるから、助けてくれっす!」


 俺への救援要請だったのかもしれない。


「どうして、救援要請だと思ったんだ?」


 罠にはまっていた時の、スラマロに似た雰囲気だったからだろう。

 助けを求めたい、でも助けを求められない。

 ここはゴーレムのことを気に留めつつ、依頼に挑もう。


「中継地点の町に、到着しました。降りる方は、手を挙げてください」


 手を挙げたのは三名。

 御者に子供二名分の料金を払う。

 スラマロの分は、赤ちゃんとして免除されるそうだ。


「マロ、赤ちゃんじゃないですよぉ」


「タダなんだから、話を蒸し返すなよ」


「叡智の儀式を受けられる、将来有望なプルプルのスライムですよぉ」


「俺と同じく子供だろ」


 馬鹿なやり取りを、エリスは楽しそうに見守っている。


「エリスは、採掘ギルドに用があるんだよな?」


「マスターの手紙を届けに行くのと、ギルマスの話を聞くのと、用事は二つだね」


「それだとバラバラ、か」


 なるべく一緒にいようと考えて、俺はエリスの横に並ぶ。


「心配しなくても、大丈夫だよ。メインの依頼は、採掘ギルド経由だから」


「サブの依頼は、依頼人に会わなくても構わないのか?」


「現地調査だから、見て回るだけだよ。だから、抱き合わせの依頼なんだと思う」


 エリスの説明に一安心して、俺は鉱山ギルドに立ち寄る。


「あたしはギルマスに会ってくるから、アルト君は代官に会うといいよ」


「代官、ね。スラマロと一緒に、探してみるよ」


「終わったら、合流しようね。必要に応じて、宿を取っておくよ」


「さすが受付嬢、気が利く!」


 エリスは手を振りながら、ギルドマスターの待っている奥に消えた。


「すみません、代官を知りませんか?」


「代官は私だが、お前は?」


 中央から派遣された役人は、髭面の中年の男だ。


「依頼を受けるために、ギルドから参りました」


「冒険者?」


「ギルド期待の新人冒険者です」


 相手の値踏みするような視線に、俺は嫌悪感を覚える。


「時間には、千金の価値がある。お前に、それだけの価値があるのか?」


「えっ?」


「時間の無駄だな。――私は忙しいから、お前が小僧の相手をしろ」


 代官は依頼に興味がないらしく、部下に対応を押し付ける。


「私は、代官の補佐をしています。よろしくお願いします」


「俺は、ギルドから派遣された冒険者です。こちらこそ、よろしくお願いします」


「それでは、早速、依頼の説明に入りましょう。実は――」


 本題に突入しても、俺の視線は遠ざかりつつある代官に留まっている。


「ダーリン?」


「見覚えがあるんだよ……どこの、どいつだ!」


 その言葉は、我ながら剣呑さを感じさせるものだった。

 お読みいただき、ありがとうございます。

 注目する点は、代官の正体です。

 その正体は、皆さんの想像通りだと思います。

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