表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

4. わたくしの気持ち

 わたくしに仮婚約破棄を叩き付けてきたウィリアム殿下と、冤罪を吹っかけてきた側近のお二人、そしてそれを扇動しているエミリー嬢は、わたくしにとって明確に敵となりました。カトレア様が沈黙を保っていることは、むしろ冷静な判断と言えます。残るは、これまで全く口を開かない、第二王子アレクサンダー殿下と、ご学友の公爵家、近衛隊長のご令息方でして、第二王子派は、この件には不干渉なのですね、と思った、次の瞬間――。


「兄上、いたずらにしては度が過ぎておりますよ」


 アレクサンダー殿下がすっと割って入り、わたくしを背後にかばってくださいました。その背中の大きさと逞しさに、ドキンと胸が高鳴ります。


 一年の年の差はあっても、王太子が確定していない現在、第一王子と第二王子の身分は同等。アレクサンダー殿下は、この場を収めるために声を上げてくださったのです。


「ご存じの通り、兄上の仮婚約は、王妃陛下である我らの母上が是非にと望み、国王陛下からアンベイク侯爵に願い出て成立したもの。それを、兄上の名・・・・で破棄を宣言する――聡明な兄上は、その意味をよくお分かりでしょう?」


 王家と侯爵家、いわば家同士の長が政略を目的に決定した婚約の破棄を宣言するということは、ウィリアム殿下は国王陛下を凌ぐ権力を持つ、つまり王位を簒奪し、ウィリアム殿下が国王陛下を下してこの婚約を破棄するのだ、と宣言しているに等しいのです。王族の言葉は重く、この仮婚約破棄は、ウィリアム殿下の国家転覆の意思を言外に示したものだと追及されれば、言い逃れは難しいでしょう。


「も、もちろんだ……」


 そのことを指摘され、ウィリアム殿下は顔色を悪くなさいました。今さらそれに気づいても、名を用いた宣言をひるがえすことは、自らの言動を軽んじる行為になります。反逆の意図はないが、言葉を取り消すこともできない――だからこそ、アレクサンダー殿下は、この場を「いたずら」で済ませよう、とご提案なさったのです。


 もちろん、アレクサンダー殿下はこれがいたずらではないことをご存じでしょう。だからこそ、本気で兄殿下に忠告をし、また、冤罪をかけられたわたくしをかばってくださったのだと思います。


「そのご様子では、父上やアンベイク侯爵に、今回の『いたずら』のお話は通しておいでにならないようですね」


 アレクサンダー殿下の背の向こうで、この件は独断先行であることを指摘されたウィリアム殿下が、フイと顔をそむけました。


「今回のことで、マリーローズ嬢から正式に仮婚約破棄の申し立てをさせるおつもりだったとしたら、それは男として卑怯だと言わざるを得ませんが、なにしろ、『いたずら』ですからね……」


 おそらくお顔は冗談めかしているのでしょうけれど、アレクサンダー殿下のお背中はずいぶんと強張っていました。そのご様子から、アレクサンダー殿下は、ウィリアム殿下の駒として使われそうになっているわたくしを案じ、お怒り下さっているのだと感じました。このことに胸がざわついて、傷ついた心のひび割れ部分がチリチリと疼き、熱をもってわたくしを満たしていきます。


 アレクサンダー殿下には、婚約者はもとより、仮婚約者もおいでになりません。初恋をこじらせた結果だとも、兄王子との王位争いを避けるためだとも言われていますけれど、女性との浮ついた話がない清廉なご様子に、妙な期待を抱いて、余計に胸が高鳴ってしまう――わたくしはそれを止めることができませんでした。


「そちらの二人も。一令嬢の一方的な言に踊らされて事実確認を怠り、寄ってたかってか弱い女性を威圧するなど、王族の補佐をする者にあるまじき行為だ――そう思わないか?」


 アレクサンダー殿下の糾弾に、わたくしを責め立てたウィリアム殿下の側近の二人が、サッと目を反らします。

 その様子を見ていたエミリー嬢は悔しそうに唇を噛み締め、カトレア様は目を輝かせて、こっそり拍手を贈ってくださいました。


 アレクサンダー殿下にかばわれて、カトレア様もわたくしを信じ、応援してくださっていたのだと知って、心がポッと温かくなりました。このことによって、わたくしは本当は心細かったのだと、己の心の深淵を知ったのです。虚勢を張って冷静を装ってはいましたけれど、王子妃教育で求められたのは、いつも気高く、他の見本となる女性になることであって、普通の――例えば、ウィリアム殿下にすがりつくエミリー嬢のように、男性に守られる無力な女の子になることではありませんでしたから。

 守ってもらうことが、こんなに嬉しいなんて……。まして、密かに思いを寄せながら、義務と責任のために恋心を封じ込めていたお方にかばわれたことで、わたくしのハリボテの武装は崩壊寸前まで追い込まれ、場違いなときめきが、わたくしの心を嵐の中の木の葉のように揺さぶりました。


「エミリー嬢、あなたも言動には気を付けたほうがいい。特に、あなたを思っての忠告を否定的に受け取って暴言と断じたり、身の回りの不都合に対して犯人をでっち上げるのはいかがかと思いますよ」


 アレクサンダー殿下の言葉に、エミリー嬢は大袈裟にビクリと身体を震わせ、ウィリアム殿下にすがりつきました。そういう行為に気をつけろ、と言われたばかりなのに、懲りない女性です。これが無意識の所作であれば、今後、社交界は大いに荒れることでしょう。


 実は、学園内のエミリー嬢の評判は、最初から悪かったわけではありませんでした。こういう庇護欲をそそる言動によってエミリー嬢の愛らしさと話術に落ちた男子生徒は多く、特に高位貴族の子息たちがエミリー嬢の取り巻きと化したために、彼女の天真爛漫さに付け込んだ高位の男性たちが、パワーゲームの一環としてエミリー嬢に言い寄っている疑いがあったからです。

 他のご令嬢たちは、そのあたりの事情とエミリー嬢の本音を聞きたくて、何度か彼女に接触したらしいのですけれど、このときのご令嬢たちの言葉が、エミリー嬢への誹謗中傷としてウィリアム殿下たちの耳に入ったのでしょう。それが、稚拙な嫌がらせの正体であり、わたくしにかけられた嫌疑は、そのとばっちりなのだと思います。


 婚約者や仮婚約者、恋人を持つ令嬢は、エミリー嬢の信奉者の筆頭となった第一王子の仮婚約者であるわたくしに相談を持ち掛けてきました。現在、女生徒の中では、わたくしが家柄も身分も最も高いため、他の方々の懇願を無碍にすることは難しく、その結果、わたくしはウィリアム殿下に「一人の女生徒に肩入れするのは良くない」と申し上げるとともに、エミリー嬢に対しては、下級貴族の令嬢を呼び出して恫喝したなどと言われぬように配慮して、女生徒全員を招いての茶会を開催しました。そのお茶会で、わたくしはエミリー嬢に「困ったことはないか」と声をかけるつもりでしたのに、肝心の彼女は欠席で、肩透かしを食らってしまった――という、例の件につながります。結局、エミリー嬢の意図は分からないままでしたけれど、今の態度を見る限り、エミリー嬢の言動に問題があると言わざるを得ません。


 それにしても、わたくしよりも長い時間を過ごしながら、ウィリアム殿下はエミリー嬢の本性を見抜けなかったのでしょうか。わたくしにかけられた疑惑は、少し調べればすぐに無関係であることが分かるはずです。その手間すら惜しんで仮婚約破棄に至ったウィリアム殿下には、切ない気持ちでいっぱいになってしまいます。

 それは、仮にも婚約者でありながら、わたくしのことを、権力を笠に着て他者を貶める人間だと信じて疑わなかったということ。その事実に、ウィリアム殿下への情は吹き飛び、逆に押し込めていたアレクサンダー殿下への思いがあふれていきました。


 こうなれば、さっそくこの場を辞して、お父様に仮婚約破棄の件をご報告しなければなりません。ウィリアム殿下は困ったことにおなりになるかもしれませんけれど、それは覚悟の上なのでしょう。わたくしとの仮婚約を解消し、エミリー嬢と添いたいとご希望したとしても、このままでは、第一王子と男爵令嬢との身分差が大きすぎて、『真実の愛に目覚めたのだ』と主張する二人の結婚は難しいと思います。それでも、仮婚約破棄をすることで、ウィリアム殿下も、わたくしも、愛する方と結ばれる道が開けるかもしれないのならば――。


 そう心を決めて、アレクサンダー殿下の背中を見つめながら、わたくしが一歩を踏み出そうとした瞬間。あり得ない人物が生徒会室に姿を現したのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ