3. 冤罪
わたくしが「ご指摘の件は全て冤罪である」と申し上げると、エミリー嬢を取り囲む男性たちから嘲笑が沸き上がりました。わたくしが悪あがきをしているとでも思ったようです。
「マリーローズ、貴女は自分の罪を認める気がないということか? ただでさえ貴女への思いはないと言うのに、そのような態度を取られれば、憎しみすら抱かざるを得ない。やはり私は間違っていなかった。この仮婚約は、何としても破棄させてもらう」
「この期に及んで言い逃れとは、なんとみっともないことだ」
「加害者には悪事の意識がないと聞くが、まさにその通りなのだな。やはり貴女は王子妃には相応しくない!」
「わ、私、とてもつらかったんです……! 謝罪していただければ許しますから、どうか認めてください!」
「エミリー……」
「「ああ、エミリー嬢はなんて優しいんだ!」」
うっとりとエミリー嬢を見つめるウィリアム殿下と、心酔しきりの取り巻きの方々。わたくしの無実の申し立ては、彼らの結束を強め、わたくしへの嫌悪を深めただけのようで、ますます呆れてしまいました。
この混沌のなか、友人のカトレア様は真っ青になって俯いておいででした。そのお姿に、わたくしはほんの少しの寂しさを感じながら、同時にほっとしました。学園では身分は不問とされていますけれど、聡明なカトレア様は、高位の方の許可も得ずに口を開く世間知らずのお子方とは違います。ここでわたくしを庇いだてして第一王子一派に目を付けられれば、今後、生涯において貴族令嬢として修復不能な痛手を負いかねません。それを承知の上で、わたくしの味方をしてくれ、と願うのは酷というものです。
カトレア様は大切なお友達ですから、お幸せになっていただきたいと思っています。彼女が動かなかったことで、ある意味胸を撫で下ろしたというのが本音でした。
わたくしは小さな溜め息を噛み殺すと、努めて冷静にマーカス様とセドリック様に目を向けました。
「先ほども申し上げました通り、わたくしが犯したとされる罪については、わたくし、関与しておりませんの。やっていないことの証明は難しいものと言われていますけれど、具体的にわたくしに嫌疑をかけたそちらのお二人とエミリー嬢は、わたくしが犯人であるという証拠をお持ちのはずですね。このことは、仮婚約破棄の件とともに父に報告させていただきますので、後ほど聴取にご協力くださいませ」
わたくしはふわりと笑顔を向け、お三方にとどめの一言をお贈りしました。
「冤罪であることを証明したあかつきには、我がアンベイク侯爵家への敵対行為として正式に抗議させていただきますわ」
己の欲望に忠実なエミリー嬢もさることながら、ウィリアム殿下の側近の方々は冤罪を見抜くこともできない無能者であり、ウィリアム殿下というよりもエミリー嬢の取り巻きに成り下がっている。その現状に、怒りと幻滅の念が込み上げました。
それぞれマーカス様は宰相を、セドリック様は騎士団長を、そしてエミリー嬢は男爵を父にお持ちですけれど、家格は我が侯爵家よりも下になります。今回は、第一王子殿下の尻馬に乗ってわたくしを糾弾したのでしょう、下位の貴族が証拠も不十分な状態で高位貴族を罵れば、相応の罰が課されることを失念しているとしか思えません。それが身分社会というものだと指摘すると、彼らは一様に顔色を悪くしました。
「同じく、ウィリアム殿下には、事実無根の非難における名誉棄損の損害賠償と、仮婚約中の制約に対する慰謝料請求に関し、父に進言させていただきます」
わたくしのウィリアム殿下に対する評価は、すでに地に落ちています。仮婚約は、口約束ではあるものの、当主同士の契約であるために、解消するにはそれなりの手順を有することは明白。子供の「わたししょうらいはアレクのおよめさんになるわ」「おれ、絶対ローズをむかえにいくから」というような可愛らしい約束とは違うのです。
仮婚約を結んだときから七年にも渡ってわたくしの自由を奪っておきながら、ご自分が『真実の愛』を見つけたからと言って、わたくしを無実の罪で糾弾し、仮婚約を破棄しようと画策する、その人でなしっぷりがとても残念です。仮婚約破棄の暴挙と言い、こんな愚かな方ではなかったはずなのに、それを変えたのが真実の愛なのか、と思うと、愛とはひどく恐ろしいものに思えて、溜め息が出てしまいました。
将来の王国の要たる王子として教育されてきたウィリアム殿下を、愛の奴隷に変貌させたエミリー嬢については、まさに魔性の女という二つ名が相応しいと、わたくしは妙な感嘆の思いを抱いて、彼女を見つめました。ピンク色に輝く美しい髪に、大きな金色の瞳。くるくると表情を変え、庇護欲をそそるちょっとした仕草。それらの全てが、男性にはたまらないのでしょう。
入学以来、多くの高位貴族のご子息たちを心酔させているエミリー嬢に対しては、実は、人心掌握術に長けた方だと感心していたのです。ご令嬢の中には、親の決めた婚約者を嫌っている方もいらっしゃいまして、そういう方々は、これ幸いと婚約や仮婚約の解消に乗り出しておりました。結果的には、彼女たちは望まぬ楔から解放されたわけですから、エミリー嬢の手腕には目を見張るものがありました。そのため、わたくしは王宮の担当部署に「エミリー嬢にはハニトラの素質あり」と報告していたのです。
本人が望むのであれば、工作員としての未来もあると思っていたのですけれど、どうやらエミリー嬢は、ウィリアム殿下とともにわたくしを嵌めて、王子妃になることを選んだようですね。
そうなれば、わたくしの取る道も自然と決まってきます。他人の恋のスパイスとなって、犯してもいない罪に問われるなんて冗談ではありません。
敵となるなら、叩き潰すのみですわ!