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1. 仮婚約破棄

「マリーローズ! 貴女のエミリーに対する卑劣な行い、これ以上見逃すわけにはいかぬ。その驕り高ぶった態度をくじくため、そして私の真実の愛を貫くため、私、ウィリアム・サンズケリーの名において、侯爵令嬢マリーローズ・アンベイクとの仮婚約を破棄することを、ここに宣言する!」


 後ろで一つに結わいた濃紺の髪をさらりと流し、アイスブルーの瞳に嫌悪を滲ませたサードオニクス王国の第一王子、ウィリアム殿下は、王都にある学園の生徒会室に乗り込んでくると、わたくしに突然の仮婚約破棄を言い渡しました。


 ウィル様の言葉に、わたくしは戸惑いを隠せません。それでも、十歳のときに仮婚約者となって以来、七年を費やしてきた王子妃教育の経験を駆使して、表面上は突然の仮婚約の破棄宣言を冷静に受け止めました。

 ウィル様を信じられない思いで見つめていたので、わたくしのグレーの瞳は濃さを増しているはずです。それでも、ウィル様がそれに気づいているご様子はありませんでした。……気づくほど、わたくしに興味をお持ちではないのか――あるいは、気づかないほど、ご自分の激情に捕らわれておいでなのかは、わたくしにも分かりかねますけれど。


 サードオニクス王国の王都にある学園は、十六歳から十八歳の貴族の子女が社交を学び、人脈を作るという名目の、婚活会場となっています。そこに在籍するのは、教員や例外的に若くして爵位を継いだ者を除けば、正式な身分を持たない被扶養者たちで、すでに家同士の政略によって将来の約束を持つ者もいれば、この学生生活で結婚相手を見つける者も、学園生活は単に甘い恋を楽しむだけと割り切っている者もおります。いずれにしろ、己の身分をわきまえた行動を求められていることは言うまでもなく、それは第一王子であろうとも、同様です。

 そんな状況下で、我が仮婚約者であるウィリアム様は、何をおっしゃっておられるのでしょうか。

 わたくしは手元の事務作業を中断し、ゆったりと立ち上がりながら、この場に乗り込んできた四人の方々を観察しました。


 一人目はすでにご紹介いたしました、わたくしの仮婚約者、ウィリアム様。愛称でウィル様とお呼びさせていただいて久しいのですけれど、それも返上となるやもしれません。今は、最近何かと話題の男爵令嬢、エミリー嬢をその腕に抱き寄せ、堂々と不貞現場をさらしておいでになります。


 二人目はエミリー嬢ご本人様、今年入学したばかりの十六歳のご令嬢で、友人によると、男性限定の信奉者を多く持つ、魔性の女性なのだそうです。事実無根というわけでもないことは、信奉者の筆頭が第一王子であることから分かりますので、その手腕は侮れませんね。


 三人目と四人目はウィル様の側近で、ウィル様と同じく十八歳の宰相令息のマーカス様と、騎士団長のご子息セドリック様です。最近、ウィル様の側近というより、エミリー嬢の取り巻きになってしまっていると悪評が立ちつつある、残念な方々です。


 わたくしは最上級の礼をしながら、ウィル様にお声がけさせていただくことにしました。ここで迂闊な態度を取って不敬を言い渡されるような愚を犯すつもりはありませんもの。


「ご機嫌よう、ウィル様。ただいまのお話が、王宮の一室で、然るべき方からいただいたものであれば、わたくしに拒否の権はございませんでした。けれど、ここは学園の生徒会室です。本件に関する国王陛下のお心が分かりかねる現在、わたくしの一存ではお返事ができかねること、ご了承いただきたく存じます」


 このとき、わたくしは挨拶をしながら、第一王子のやらかし現場を目撃した子息令嬢の方々をさりげなく確認しました。


 わたくしの隣の席には、友人である同級生の伯爵令嬢、カトレア様が真っ青な顔で震えていらっしゃいます。茫然と立ち尽くしておいでになるのは、ウィル様の弟君で、同じく十七歳の第二王子のアレクサンダー殿下と、アレクサンダー殿下のご学友の、公爵家のご子息、そして近衛隊長のご子息。皆、生徒会のメンバーです。つまり、この中で生徒会となんの関わりもないのは、エミリー嬢だけですのに、当のご本人は、はしたないほどにウィル様にすがりつき、ウィル様の陰から、涙をたたえた金色のつぶらな瞳で、まるでわたくしが邪魔者であるかのように睨みつけてくるのです。

 けれど、見誤ってはなりません。彼女の視線に不快感が込み上げたとしても、そもそもの原因は、それを許しておいでになるウィル様だということを。


 限られた人数とはいえ、他の令息令嬢の目がある中でのウィル様の暴挙に、わたくしは、この仮婚約破棄宣言が短絡的で無計画なものであることを感じ取りました。正直に申し上げますと、がっかりしました。まして、仮婚約破棄の理由が――わたくしの犯した卑劣な行いとやらが何なのかは別として――ウィル様が『真実の愛に目覚めたからだ』とおっしゃるのですから。

 わたくしは頬をかすめる赤みのある金髪を払って顔を上げ、厳しい表情の元(となりそうな気配の)仮婚約者を見つめました。

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