08 家族と王家。
王家サイド。
昨夜のこと。
ライアクア伯爵とその長男がまず訪ねたのは、リディーの親しい友人であるマーキュリー嬢の家。子爵家の長女であり、婚約破棄が言い渡されたお茶会にもいた。
「リディーがっ……帰っていないですって!?」
先に学園を出て行ってしまったリディーが、家に帰っていない。
行方知れずだと知って、マーキュリーはその場に膝をついてしまう。
「この家には来ていないのですか? マーキュリー嬢」
「婚約破棄をされてから……誰も見ていませんわっ! 呼び止めたのですが、それでも学園を出てしまい……申し訳ありません! わたくしが一人にしたからっ!」
謝罪を口にして、マーキュリーは顔をバッと上げる。
「公衆の面前で、婚約破棄を言い渡され、追い詰められたと思ったのでは!?」
悪い想像をしてしまい、真っ青な顔になった。
伯爵のラディアックとその長男のリディアックも、つられる。
「公衆の面前で!? なんて非道な!」
「あの王子っ……! 可愛い可愛い愛娘に恥をかかせおって!! 許さん!! 抹殺だ!!」
公衆の面前で婚約破棄を言い渡されたなど、初耳である二人は怒りに震えた。
「ですわよね!? わたくし達もそう話していたのですわ! リディーはさぞ傷付いただろうって! だって、あんな素朴な顔の令嬢が化粧をしただけでスチュアート殿下を射止めたからって、皆が見ている前で婚約破棄を言い渡すなんて!」
「手紙でも何度も謝っていた優しいリディーのことだ……酷く傷付いただろう。王妃になるために頑張るとあんなにっあんなに努力をしていたのにっ!」
リディーの気持ちを想像し、涙を浮かべるマーキュリー。
頑張る姿を見てきた兄リディアックも、目頭を押さえた。
「マーキュリー嬢。その令嬢の名前を教えなさい」
一周回って静かになったラディアックは、聞き出す。
「教えますわ! 抹殺もお手伝いします!! このマーキュリーは、レベル9の水魔法を使えますの!」
ふん! と息巻くマーキュリー。
リディーを含むライアクア家には及ばないが、水魔法を得意としている。
「よくぞ言ってくれた! いざ抹殺!!」
「お待ちください!! 父上、マーキュリー嬢!! 復讐よりも、まず先にリディーを見付けなくてはいけません!! リディーの安否を確認できるまで、眠れません!!」
「そうだった!!」
復讐に走る二人を、リディアックが止めた。
マーキュリーも加わり、王都中を探し回る。
その頃、リディーはすやすやと水のベッドに包まれて眠っていたが、知る由もない。
◆◇◆
ルオベリ王国の城。勇者王と呼ばれる初代国王ルオベリの肖像画を見上げる現国王とその王妃は、げっそりした表情だった。
リディーの母リリィが、謁見したあとのことだ。
「ああ……何故初代国王は、ライアクア家に爵位を授けたのだろうか……」
よもや、王都の半分を支配するほどの有力な貴族になろうとは、初代国王は予想しただろうか。
「仕方ありません。彼の仲間の一人、最強の水魔法使いアクア様が爵位を弟子に譲ったのです……それがライアクア伯爵家の初代当主……はぁ」
「ステイシー、しっかり」
よろけるステイシー王妃を支える国王。
「今や、最強の水使いの貴族がライアクア伯爵家……彼らがその気になれば、城なんて水没させられるかもしれません」
実は、可能なのである。
「ああ、本当に我が息子はやってくれたものだ……!」
とんでもないことをやらかした息子である第一王子スチュアートが、ちょうどそこに到着をした。
「なんでしょうか? 父上、母上」
首を傾げたスチュアートを見て、両親である二人は頭を抱える。
ことの重大さを、微塵も感じていないのだ。
「スチュアート……何故勝手にリディー嬢との婚約を破棄したのだ?」
「えっ……今日これから話そうと思っていました」
「っ……!!」
バカ者!!! そう怒鳴りたい気持ちを、国王は必死に鎮めた。
「トレイシー嬢に、心を奪われてしまったのです。この恋は本物です。だから認めてください。リディー嬢は、婚約解消に同意してくれました。なのであとは……」
スチュアートは、嬉々とした表情で報告をする。
「おまっ……バッカ者!!!」
耐えきれず、国王は怒鳴った。
ビクッと、スチュアートは肩を震わせる。
「婚約者がいる身で、他人に心を奪われるなんて、人間としてだめだ!!」
「し、しかし、父上、リディー嬢とは恋愛関係ではなかったので」
「それがなんだ!! 婚約には、お前も同意したではないか!! 自覚が足りないから、他人に心を奪われるんだ!!」
「あの時はまだ幼くてっ」
「喜んでおったではないか!! リディー嬢があまりにも可愛らしくて!」
「あの時はまだ幼くてっ! トレイシー嬢の心の美しさに気付かなかったんです! 私は知ったのです! これが恋だと! そして愛なのだと!」
父である国王に責められるが、スチュアートは力説した。
「スチュアート……」
「母上! 母上ならわかってくれますよ――ぶへっ!?」
スチュアートの頬に、母ステイシー王妃の平手打ちが決まった。
王子らしかぬ声を上げてしまったスチュアートは、頬と口を押さえる。
「“まだ幼くて”? あなたは、しっかり理解していたじゃない」
まだ十歳だったが、王族の子どもとして育ったのだ。そして、第一王子。理解力は十分にあったはず。国王を継ぐ者として、自覚はあった。そのはずだ。
「それに調べはついているのよ? 夜会で“化けたステイシー嬢”に、心を奪われたのでしょう? 何が心の美しさに気付いた、よ! 見た目に惚れたのでしょう!? いきなり出てきた加工された宝石に目が奪われて、恋したと錯覚しているだけなのよ!! そ、れ、は、愛じゃない!!!」
クワッとまくし立てるように、王妃は否定をした。
「見た目なら、ダントツでリディー嬢が美しいじゃない……なんてバカな子なの……。洗練された美しさを持つリディー嬢は、六年もの間、王妃になる教育と受けてきたのよ。それを“化けた令嬢”が邪魔をするなんて」
化けた、化けた。そう言わないでほしい。
なんて、スチュアートは言えなかった。
「で、ですが、リディー嬢は快く婚約破棄を認めてくれました!」
なんとかそれを絞り出して訴える。
「なんて言ったのよ!? “化けた令嬢”に心を奪われたから婚約破棄させろって!? よく罵倒されなかったわね!! 呆れて罵倒する気も出なかっただけじゃなくて!? 婚約者がいる身で、他人に目移りしている王子なんて、願い下げでしょうに!!」
「ステイシー、その辺にして、深呼吸」
「はーぁ!」
国王に深呼吸を促され、苛立った息を吐くステイシー王妃。
「その快く? 破棄を認めたリディー嬢は、家にも帰っていないそうよ」
「えっ? 行方不明なのですか!?」
「“化けた令嬢”なんかに奪われたショックで行方をくらましたのだったら……私達は暗殺されてしまう」
「あ、暗殺!? 誰に!?」
「決まっているではないか! ライアクア家だ!!」
「反逆ではないですか!」
「誰のせいだと思っている!?」
お前のせいだっと、国王は人差し指を突き付ける。
「ライアクア家だけではない……支配下に置かれている者達も、城を落としかねない……」
「ライアクア家だけでも、この城を水没させることが出来るかもしれないのに……」
実は、可能なのである。
「王家はお前のせいで、命の危機に直面しているのだ」
「っ……!」
スチュアートは、ぞくりと恐怖を抱いた。
「戦争……ですか!?」
「バッカ者!!!」
国王パンチが、スチュアートの頬に決まる。
「負けは見えている! 冒険者レベル9だった勇者王と違って、子孫である我々はそれほど強くない……そもそも冒険者ではなかったからな。それに比べ、勇者王の仲間だったアクア様の弟子の家系は最強の力を保ったまま……。あの力には敵わないのだ!」
「で、では、どうしろと」
涙目で頬を押さえるスチュアートが問うと、国王はため息をついた。
「王座を継いだ者は、ここに肖像画が飾られる。そう昔に教えたな?」
「はい……」
「お前の肖像画は、ここに飾られることはない」
「っ……!!」
王位継承の剥奪を告げられ、スチュアートは絶望した顔をする。
「父上っ……!」
「我々王家は、お前を見限る。ライアクア家の攻撃の全てを甘んじて受けろ」
「そんなっ!」
「これは国王としての命令だ」
絶句をして立ち尽くすスチュアート。
見限られて、怒り狂うライアクア家に丁重に差し出されるのだ。
やがて、ふるふると震えた。
「では私は、勇者になって、ライアクア家を倒します!!」
そう言い逃げをしていくスチュアートを、国王と王妃は「やめなさい!!」と必死に止めようとする。
スチュアートは、勇者にはなれない。なれるほどのレベルは持ち合わせていないと親である二人は理解していたのだ。
その頃、リディーは勇者レベルと判定されたのだが、王家がそれを知る由もない。
コミカルになりました。
20190913