07 勇者レベル。
かつて、勇者がいた。
ルオベリ王国は、その昔、奴隷国家だったのだ。
悪逆非道の王が、支配をしていた。他種族はもちろん、人間族でさえも奴隷にし、全てを手に入れようとしていたという。他国の地を資源を全てを。
そんな王に立ち向かったのは、ルオベリと言う名の青年だった。
彼はレベル9の冒険者。そして仲間はレベル8の強者ばかりだ。
その勇者のパーティーは、怯えて暮らしていた国民に希望の光を見せた。
勇者は悪逆非道の王を倒し、そして新たな王になったのだ。
だから国名は彼の名前になり、王都は彼のファミリーネームのワストローが付けられた。どんな種族も受け入れる寛容な王となったのだ。
ブロンドでブルーアイの持ち主だった勇者王のルオベリ様の絵画は、城に飾られている。ちょうどスチュアート王子の目をキリッとさせて、老けさせた顔立ちだった。
勇者の仲間の一人、最強の水魔法使いの神官アクア様の弟子が、私の祖先。だから、爵位を与えられ、水属性のレベルが高い家系なのだ。
話を戻そう。
冒険者レベル10まである。
レベル9は勇者レベルと呼ばれていることは、私も知っていた。
勇者でもなければ到達出来ないレベル。それがレベル9だ。
「レベル9……!? 勇者レベル!?」
後ろにヨロけた受付の女性が、驚愕のあまり失神した。
「あっ!」
手を伸ばすも、彼女を掴み損ねる。でも床に倒れるその前に、大男な人が受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「ううっ」
「問題ない、失礼しました」
にこ、と大男な人が笑みを寄越す。それから、ひょいっと女性の身体を持ち上げた。
「ちょっと休憩室に運ぶので、少々お待ちいただいてもよろしいですか?」
「あ、はい……どうぞ」
その人が奥の休憩室に運ぶ姿を見送っていれば、くつくつと笑う声を耳にする。隣に頬杖をついたルーシが笑っていた。
「聞いたよな? レベル9だってよ!」
「いきなり勇者レベルとは恐れ入ります」
「お祝い申し上げます」
「……」
それほど驚いていない従者達。
モーリスが微笑んで、ソーイが深く一礼して、ガーラドが頷く。
「い、いや……まだ決まったわけでは……」
ぬか喜びはやめてほしい。もしかしたら、故障かも。
振り返って気付く。ギルド会館にいる冒険者の視線が、こちらに集まっている。さっきの受付の女性がレベル9だなんて、声を上げて倒れてしまうからだ。
伯爵令嬢として目立つことを恐れたが、まさか勇者レベルで目立つことになろうとは。
「お待たせしました」
鬼族に匹敵する大柄で筋肉質な男性が戻ってきた。ストライプのワイシャツに赤茶のベストを着ていている。眼鏡が似合いそう。
「……冒険者レベル9です」
少し確認する間を空けてから、彼は告げた。
確定らしい。私は勇者レベル。
これも竜王の加護と貴族令嬢として教育を受けた賜物だ。
令嬢に転生してよかった!
おかげで従者達の前で恥をかかずに済んだ。
誇りに思ってくれるだろうか。
ちょっと褒めてほしいなんて言ったら、また主の自覚を持てだなんて怒られるだろう。
ざわっと、その場が騒ぎ出した。
「おい! ふざけるなよギルマス!!」
ギルマス? この男性が、ここのギルドマスターなのか。
「そんな小娘が! いきなり勇者レベルなんて、おかしいだろう!?」
「そうだ! 鑑定玉が壊れてるに決まってる!」
「そうだそうだ!」
やいやいと声が投げ付けられる。
ポッと出の娘がいきなり勇者レベルだなんて、面白くはないか。
「ああん? 今、オレの主を“小娘”呼ばわりした奴、前に出やがれ」
ルーシがドスの利いた声を、その場に響かせた。静かでいて、それでいてその場の一同に届く。殺気付きだ。
でもね、ルーシ。あなたも今日、小娘呼ばわりしたわよね?
「失礼ながら、我が主はそうは見えないでしょうが、並ならぬ努力をしてきたお方なのです。それを愚弄するように“小娘”呼ばわりだなんて……謝罪を
していただけないでしょうか?」
にっこりと笑みを浮かべても、背景からドス黒いオーラが漏れ出しているような幻覚が見えるモーリスも殺気立っている。
あの、モーリスは知らないわよね。私の並ならぬ努力。
貴族令嬢だから、それなりに教育を受けたと予想出来たのかしら。
ルーシとモーリスだけではなく、ソーイとガーラドも凄んだ顔をしていた。
鬼族の凄んだ顔と殺気に気圧されたのか、声を投げ付けた冒険者達が押し黙る。
「聞きたいのは、謝罪です」
ゴゴゴッという効果音がぴったりなモーリスが、一歩進む。腰に携えた細い剣を引き抜こうとする。
ルーシの方が喧嘩っ早い気がするのに、モーリスが先に手を出す気なのか。
あ。ここは主として、しっかり止めなくてはいけない場面かしら。
「まぁまぁ、落ち着いてください」
剣呑な空気の中、仲裁に入ったのはギルドマスターだった。
「納得いかないなら決闘で確かめてみればいいじゃないですか。鑑定玉は、壊れていないですよ。二回チェックした結果が、レベル9です。あ、決闘なら街の外でしてください。ギルドや街を壊したら、冒険者ライセンスを剥奪しますからね」
穏やかな風に話すけれど、釘を刺したことは効果覿面らしい。
冒険者ライセンスが大事らしく、青い顔になる冒険者は少なくなかった。
「それではライセンスを発行します。またしばらくお待ちください」
「あ、はい。お願いします」
私に向けられた言葉に、返事をする。
発行作業に入ってもらっている間に、ルーシ達が冒険者レベルの更新をすることになった。更新は、隣の窓口。気弱そうな若い男性が、ぎこちない笑みを浮かべて対応をする。
「離れないでくださいね」と、ポンとモーリスの手が肩に置かれた。
珍獣を見るような眼差しを、たくさん浴びているのだ。離れるわけがない。
「レベル……8に、上がっていますね」
「よっしゃ! やっぱりな!」
ルーシが予想した通り、レベル7からレベル8になった。
ガッツポーズをするルーシが、ニカッと笑みを送ってくれる。
「よかったね、ルーシ」
「主のおかげだし」
本当、今朝の決闘あとに比べて、ご機嫌だ。
よかった、よかった。
続けて、モーリスとソーイとガーラドも鑑定してもらい、レベルアップを確認。ガクガクと震えつつも、受付の若い男性は新しいライセンスを発行すると言った。
鬼族が揃ってレベル8だと知れ渡ったギルド内は、また騒然となる。
コソコソと逃げ出すのは、私を小娘呼ばわりした冒険者。
勇者レベルに届かなくても、冒険者としては最強レベルだ。相手に出来ないのも、無理はない。
「お待たせしました、リディ・ラーグ・ライーー」
「はい!」
ギルドマスターが私のフルネームを言い切る前に、私は窓口に素早く戻った。渡されたのは、カードだ。金色のカードには、しっかりと私の名前が刻まれていて、レベル9と記されている。
あら? 私が見たことある冒険者ライセンスのカードは黄色だった気がするのだけれど。変わったのかしら。
「それがあなたの冒険者ライセンスです。依頼を受ける時はそれを提示してもらいますので、どうか失くさないようにしてください」
「わかりました」
「何かご不明な点や質問がありますか?」
「大丈夫です」
私には仲間がついているので、冒険者の依頼の受け方などはあとで知れることだ。
「ご丁寧にありがとうございました。倒れた女性の具合はどうですか?」
「ああ、心配いりません。すぐに回復すると思いますので」
のほほんと会話をしていれば、ギルド会館の扉が乱暴に開かれた。
「どなたか! どなたか!! お助けを!!」
少し汚れた薄ベージュのマントと、村娘のような質素なエプロンドレス姿の女性が、死にものぐるいの様子で声を上げる。
すぐに駆け付けたのは、ギルドマスター。カウンターを飛び越え、私達を横切るとよろめく女性を支えた。
「どうしたのですか?」
「村にっ……! 村にっゴホッ! ゴホッ!」
私もカードを持って女性に近付く。間近で見れば、唇が乾き、白くなっている。
「水を」
私は出した右手の上に、ぷくっと水を出した。
冒険者達がそれを見て「無詠唱だ」だと騒ぐが、気にしない。
咳込む女性が飲みやすいように、小さくした水の塊を口に運ぶ。ゴクリと飲み込んだから、もう一粒を飲ませた。
「ありがとうございま……!!」
目を閉じて気を失いそうだった女性が、開眼したかと思えば、私が左手に持つカードを見てはがしりっと掴んでくる。
「冒険者様!! どうかっ! どうかお助けください!」
「あ、はい。どうしたのですか?」
冒険者じゃなくても、私が出来ることなら、手を貸す。
「ヘルサラマンダーの群れが! 村を襲っているんです!!」
「ヘルサラマンダーだと?」
ギルドマスターの顔が険しいものになったのも、無理はない。
ヘルサラマンダーとは、火の幻獣の一種。普通のサラマンダーは温厚な性格の蜥蜴の姿だ。でもヘルサラマンダーは、攻撃的で凶暴。亜種なのだ。火を纏いながら建物を食らう描写が、教科書に載っていた。蜥蜴と言っても、馬車より大きいらしい。
冒険者達が騒ぎ出す。けれど、悠長に気にしていられない。
「村の場所を教えてください。向かいます」
「ありがとうございます! 村はここから西です!」
「行くぞー」
ひょいっと女性を、ルーシが抱え上げた。
「えっあの!? ライセンスがまだ!」
そう呼び止めようとするのは、ルーシ達のライセンスを更新している最中の受付の若い男性だ。
「あとで取りに来るし」
「待っている暇はありません。主が行くと言ったのですから」
モーリスもルーシに続く。
「私達が行きますので、私の従者達のライセンスをよろしくお願いしますわ。ギルドマスター」
「わかりました。救援も送りますので、ヘルサラマンダーを追い払ってください」
「はい」
ソーイとガーラドを後ろに連れて、私もギルド会館を出た。
20190912