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04 鬼達と出会う。




 朝陽で目が覚める。

 草原の遥か向こうの地平線から顔を出す太陽を、寝惚けて眺めて背伸びをした。寝返りをせずに水のベッドに包まれていたから、ちょっと身体が固まってしまっている。ほぐすようにストレッチをしていれば、またお腹が鳴った。

 食事をしなくては。

 でも食べられるようなものは、見当たらない。

 水を飲んでしのぎながら、食料と巡り合わないかと思いつつ歩いた。

 魔獣でもいいし、動物でもいい。

 生き物を食べ物としか思えないほど、空腹に襲われつつ、歩き続けた。

 しかし、魔獣はおろか、動物も見当たらない。鳥さえ飛んでいない気がする。

 人間はいきなり食事を抜くとまずいものらしく、目眩を覚えてきた。

 街に行き着く前に野垂れ死にしそう。


「……んぅ?」


 か細い声を出す。鼻に届くこの匂いは、肉の焼けるそれだ。

 食べ物の匂い!!

 犬のようにスンスンと鼻を鳴らしながら、匂いを追ってみれば、道を外れた草原の中。食事をしている一行と出会った。

 一行も私に気付き、食事をする手を止める。


「なんだ? ……人族が、何か用かよ?」

「あっ……」


 人族。それは人間のことを指している。

 一行には、ツノが生えていた。黒いツノはラグズフィアンマ様と比べれば小さいものだったけれど、ツノはツノだ。

 鬼族。そう呼ばれる種族だろう。魔物の分類に入る。人間にとても似ているけれど、その体躯は屈強な者ばかりだと授業で習った。前世でしっくりくるのは、オーガだろう。

 この国は寛大で、どんな種族も受け入れている。だからいても不思議ではないのだが、私は初めて会った。

 最初に話しかけてきたのは、ボリュームある髪と、上に伸びた長めの黒いツノが二つ額の上に生えた男性だ。二メートルありそうな身長と逞しい体つき。Vネックの黒シャツの上からでもわかる。目元を隠すように前髪が伸びているうねる髪はブロンドだから、王子と素朴令嬢を思い出してしまい、視線を背けてしまう。


「用がねーなら、さっさと行けよ」


 しっしっと、あしらうように手を振られた。


「あのっ」


 視線を戻せば、鬼族の一行が囲っている焚き火の上に、肉が焼かれている。漫画で見るような肉の丸焼きだ。

 ヨダレが出る思いである。


「ああん?」


 ブロンドの鬼の男性は、不機嫌そうに再び私を見た。


「どうか……食事を分けていただけないでしょうか?」

「はぁ?」


 じろじろとその彼が、私を上から下まで見る。物乞いをするような服装ではないから、疑問に思っているのだろう。


「何を代わりにくれるんだよ?」

「えっと……」


 見返りを求められて、返す言葉に困る。

 収納スペースに宝石のついたアクセサリーがあることはあるけれど、それは両親に買い与えられたものや、お兄様のプレゼントである。差し出すのは、気が引けた。かといって、金貨や銀貨のお金を持ち合わせていない。だって令嬢だもの。学園に行っていたからお金なんて持っていないし、収納スペースにもないのだ。

 俯いていれば、またお腹の虫が鳴った。

 他人に聞かれてしまったことに、酷く恥ずかしさを覚える。

 お腹を押さえて、蹲りたかったが、耐えた。


「お腹を空かせているではありませんか。分け与えましょう」


 そう言ってくれたのは、鬼族にしては小柄な男性だ。一番歳上のようで、シワがある顔で白髪の頭をしている。オールバックにしていて、ツノは小さめだ。

 柔和に微笑んでくれたから、救世主に思える。それより、イケおじって感じ。でもムキムキの筋肉質だってことは、ワイシャツとベストの上からでもわかる。


「ちっ」


 ブロンドの鬼族の男性は反対をしなかったけれど、舌打ちした。


「さぁ、こちらにお掛けになってください」

「ありがとうございます!」


 涙を流したくなったが、それもグッと堪えた。

 白髪の男性のそばに、腰を下ろす。


「チーズはお好きですか?」

「はい」

「ではたっぷりかけますね」


 こんがり焼き上げられた肉をナイフで切り取ると、お皿に置いてチーズを一切れ、上に乗せる。焼かれたばかりで熱い肉の上で、チーズはとろけ出す。チーズバーガーのような香りが、鼻に届く。


「どうぞ、召し上がってください」

「ありがとうございます!」


 差し出されたのはフォークだけだったから、それで食べるしかない。

 ザグッと肉に刺して、お皿とともに口元に運ぶ。牛に似た肉とチーズの味が口の中に広がり、喉を通っていく。肉の脂身とチーズの濃さが、口に残っている。


「ん〜! 美味しいですわ!」


 一口食べたところで、口元を隠しつつ、感想を伝えた。


「どうぞ、続けて食べてください」

「本当にありがとうございます!」


 白髪の男性だけではなく、焚き火を囲う一行にも、ペコッと頭を下げる。

 岩に腰を下ろすのは、ブロンドの男性。

 その隣に、一回り小さそうな鬼族の男性がいる。群青色のような髪色。じっと私を見据えるような眼差しも、青い。ツノは左の額の上にあり、右目は髪に隠されていた。ハイネックの服を着ている。

 また隣には、一番大柄な鬼族の男性。ツノは二つ、襟足の長い赤茶の髪を持っている。がっつりと肉の塊にかじりついていた。こちらは襟が立っているシャツ。

 そう言えば、この肉はなんの肉だろう。いや、知らない方がいいわ。


「ごちそうさまでした」


 お腹を満たしたところで、私はもう一度一礼をした。


「本当に食事を分けていただき、誠にありがとうございました。申し遅れましたが、私はリディー・ラーグ……」


 ミドルネームまで言って、止まる。

 危ない。伯爵令嬢だって、名乗りかけた。

 ライアクア伯爵家は、わりと有名なはず。鬼族が知っていても、おかしくないくらいには、有力者な貴族なのだ。

 それに私はきっと勘当の身。そして、家出中である。迂闊に、ライアクアの名を使ってはいけないだろう。

 令嬢なんて名乗って、悪い人だったら、身代金を要求するかもしれない。

 いやでも、この鬼族は食事を分けてくれた。でも、それとこれとは話が違うだろう。


「冒険者になるために旅を始めたところなんです」


 ちょっと間が空いたけれど、そう言っておく。


「手ぶらで?」


 ブロンドの鬼族が、目をすぼませた。


「……身一つで、出てきてしまいましたわ……」


 そう白状をする。

 ただならぬ事情を察してくれたようで、また白髪の鬼族が柔和に微笑む。


「そうでしたか。水でもいかがですか?」

「あ、水なら自分で出せますわ。お気遣い、どうも。水魔法は得意なんです」


 優しい鬼族だと思いながら、水を掌の中に出す。


「ほう? 無詠唱で水を出すとは……レベルは高いようですね」

「伊達に冒険者を目指してないか。面白い」


 レベル10だけれど、それも言わないでおこう。

 一般人が、それほど高められるわけがないもの。無詠唱ってだけでも、レベル9以上だとはバレるけれども。

 すると、ニヤリとブロンドの鬼族が、立ち上がった。


「勝負しろ」

「勝負、ですか?」


 一口、水を飲み込み、首を傾げる。


「オレ達は冒険者だ。レベル7のな。力量を測ってやる」

「冒険者でしたか」


 驚いて目を丸めた。冒険者とは意外だ。

 でも冒険者はどんな種族でも登録が可能だから、驚くことではないのだろう。でもレベル7は、とても強い。自慢話だけで冒険者登録した貴族達とは、違う。


「申し遅れました。鬼族のモーです」


 白髪の鬼族が一礼した。


「ルーだ」


 ブロンドの鬼族が、離れていく。


「ソー」


 群青色の髪の鬼族は、短く名乗る。


「ガー」


 赤茶の髪の鬼族も、同じく名乗った。


「短い名前なのは、鬼族の風習ですか?」

「そんなところです。ルー。本当に勝負をするのですか?」

「そうだ。お礼の代わりに勝負しろ」


 やれやれとモーさんは、肩を竦める。


「それでいいのですか?」


 私も立ち上がって、お尻をポンポンと払う。


「ああ、構わない。来いよ」


 くいっと指を招くルーさん。

 お金を稼いだら、支払おうと考えていたけれども、勝負をするだけでいいのならお安いご用だ。

 レベル7の冒険者と戦うのは、少しだけ経験不足が気になるところだが、やってみよう。

 大丈夫。私にはこのファンタジーな世界の貴族令嬢として教育を受け、魔法も学ぶ学園でトップクラスの成績を収めた功績がある。


「剣を出してもいいですか?」

「なんでも出せよ」


 許可をもらった。

 剣と魔法で手合わせすることに、何度も勝利したこともある。お兄様には、勝てたことないけれども。

 カツンと白い光の円をブーツで出して、剣を召喚した。


「それでは、お手柔らかにお願いします」


 剣を右手に握る。スカートを摘んで、一礼をした。



 

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