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03 家出の令嬢と家族。




 しばらく自分のステータスを眺めていた私は、ふと思ったのだ。


「そうだ、旅に出よう」


 家には帰りづらい。婚約破棄された哀れな令嬢という眼差しを受けるのもごめんだ。しばらく、旅に出よう。

 帰れないのだ。もっと遠くに行ってしまおう。

 普通の令嬢なら、一人で着替えも出来ないけれど、私なら大丈夫だ。転生者だもの。漫画と小説を愛するただの庶民だったから、平気だ。服の脱ぎ方ぐらい覚えている。


「冒険者にでもなろうかしら……」


 せっかくだから、冒険者登録をしよう。

 貴族の中でも冒険者登録はざらにする。レベルの自慢話をするためだ。

 冒険者は、レベル付けだ。レベル1からレベル10まである。

 食材の調達から魔獣討伐まで請け負う冒険者。

 貴族は登録だけして、仕事はしない。レベル付けが欲しいだけ。

 確か、レベルは最高でレベル6だったはず。

 水属性と火属性の魔法がレベル10の私は、もっと期待出来るはず。

 当分は冒険者として、活動しよう。気を紛らわせるため。


「まずは手紙を書かなくちゃ」


 初歩的な魔法。収納の魔法に入れて置いたインクとペンと手紙を取り出す。膝で書くのは、苦労したけれどちゃんと伝えたいことを書き記した。


「“――風の小鳥よ、届けておくれ――”」


 風属性の魔法を使う。掌を伸ばして、フーッと息を吹き付ける。

 手紙は折り紙のように鳥の形となり、飛んでいった。

 家まで飛んでいってくれるだろう。ただし、雨の日には弱い。急ぎの場合は、保護の魔法もかける。空を見る限り、雨は降らないだろうから、大丈夫だろう。


「……着替えよう」


 次は、着替えだ。学園の制服である青色と水色のドレスを脱がなくては、悪目立ちしてしまうだろう。かと言って、目立たないドレスは持ち合わせていない。

 白のオフショルダーを収納スペースから取り出す。前開きのロングスカートとズボンとブーツも取り出して、それからハーフタイプのコルセットもだ。薄い水色の前開きスカートとズボンを穿いた。ブーツも履いて、黒のコルセットを巻く。前で紐を結ぶタイプなので、なんとか着替えられた。

 これでいいだろう。旅人にしては綺麗すぎるけれど、これが一番目立たない格好だ。

 この世界では、女性は何かと腰に巻く。フリルのスカートなど、ひらひらしたものをだ。そういうファッションが浸透している。

 白銀の髪を一度ほどいて、一つに束ねた。

 ブーツを踏み鳴らして、白い光の円を作る。その中に一度、剣をしまった。刃をむき出しにして、持って歩くわけにはいかない。

 でも王都の外は魔獣が彷徨く。気を引き締めていかなければ、この先の街に辿り着けない。


「……ここ、どこだろう」


 そんな疑問を浮かべつつ、道の先にあるだろう街を目指した。

 一時間ほど歩いただろうか。森を抜け、草原に出た。それでも道は続く。

 さらに歩き続けていれば、陽が沈み始めて、空の色が夕焼けに染まり始めた。私は東南に向かっていると、今気付いた。東南にある街の名前は確か、シゲルとかそんな街の名前だった気がする。

 馬車だと半日はかかるから、今日中に辿り着くかは怪しい。

 歩き疲れた。この辺で野宿をするしかない。

 草原に足を踏み出して、周囲を見渡す。

 それから光属性の魔法、結界を張る。


「“――我、何人たりとも侵入を拒む――”」


 これで魔獣が来ても無防備に眠れるだろう。

 流石に収納魔法の中に食料はない。こんな事態を予測して、用意周到になれなかった。最後に飲み食いをしたのは、婚約破棄を言い渡される前までのお茶会だ。いつもなら夕食をいただいている頃である。はしたないけど、お腹の虫が鳴った。

 さっきの馬から肉をもらっておくべきだったろうか。いや今まで働いてもらったのに、食べるなんてそんなこと出来そうにない。考えるだけでも無理。忘却しよう。

 私に出来るのは、飲み水を出すことだけだ。

 空気中の水分を掻き集め、魔力で増幅させた水を空中に出した。それをパクリと口に含み、飲み込んで喉を潤す。なんとか水で空腹を紛らわせて、眠ることにした。

 草が生えているとはいえ、そこに横たわるのは躊躇してしまったので、水を大量に出したあとは保護の魔法で包み、いわゆるウォーターベッドとやらを作った。プクプクした水のベッドに横たわって目を閉じる。

 でもすぐに、寝付けるほど図太い神経ではなかった。

 今までふかふかのベッドで眠っていた令嬢なのだ。仕方ない。

 上を見上げれば、仄かに光る結界に囲まれている夜空を目にした。まるで結界の円の中に敷き詰められたように数多な星が爛々と輝いている。美しい星空だ。

 心が落ち着き、次第に瞼が重くなり、私は眠りに落ちた。




 ◆◇◆




[拝啓、お父様、お母様、お兄様。

 私リディーは、スチュアート殿下に婚約破棄を言い渡されました。

 誠に申し訳ありません。期待を裏切ってしまった私は、合わせる顔がありません。家にも帰れない私をどうかお許しください。私が至らぬばかりに、家名に泥を塗ってしまいますよね。本当に申し訳ありません。私の代わりにルンバを怒るのはやめてください。かと言って甘んじて激昂を受ける勇気は私にはありません。しばらく家出をします。どうか捜さないでください。申し訳ありません。リディーより]


 届いたリディーの手紙を、ライアクア家の伯爵ラディアックは読んだ。


「こん、こん、婚約破棄、だと……!?」


 わなわなと震えるラディアックから、ライアクア伯爵家の長男リディアックは手紙を奪うように取り、読んだ。

 怒りで魔力が荒れて、セットした白銀の髪が逆立って揺れるラディアック。


「王家めっ!!! 私の可愛い可愛い愛娘リディーとの婚約を破棄だと!! 許さんぞ!!? 潰してやる!!」

「落ち着いてください父上!」


 愛娘リディーを溺愛しているラディアックは、反逆を口走る。

 それを止めるリディアックの肩を掴み、ラディアックは真剣な目で言った。


「私とお前の水魔法で、城ごと包み込めば溺死させられる。やるぞ」


 本気である。

 二人だけで城を攻め落とすことが出来るほどの力を、持っているのだ。

 水属性の魔法レベル10である二人なら、可能。


「落ち着いてください、父上! 城には無関係な使用人や騎士がいるのです! 考え直してください!」

「ではピンポイントに王家の人間だけを溺死……」

「父上! 気持ちはわかりますが、今はリディーを見付けることが先決です! 夜なのに帰ってこないのですよ!?」

「そうだった!!」


 暗殺を企てている場合ではないのだ。

 愛娘が家に帰ってこない。


「まずはリディーの友人の家を訪ねて、リディーがいないか確認しましょう!」

「そ、そうだな!」


 野宿をしているなどという発想は出ない。貴族令嬢として生まれ育ったのだ。親しい友人の家にいると目星を付けて、捜しに向かうことにした。


「王家に復讐をするのはそれからです! 酷く傷付いたのでしょう、何度も私達に謝罪の言葉を書いて……あんなに優しい子を傷付けた報いを受けさせます!!」


 リディアックもまた、妹であるリディーを溺愛。

 怒りを燃やしながら、愛する妹を捜しに家を飛び出したのだった。


「あらあら……」


 一人残ったのは、リディーの母であるリリィー。

 リディアックが落とした手紙を拾い、静かに読む。


「あらまぁ……捜さないでと書いてあるのに、二人はしょうがないわね。私は事実確認をしましょうか」


 微笑みを浮かべたリリィーは、冷静にそう呟いた。


「ステイシー王妃と会って来なくちゃいけないわね」


 ゴゴゴッと魔力が荒ぶり、毛先だけカールした長い髪がメデューサの如く揺れる。

 リリィーもまた、娘を溺愛する母なのであった。


 一部始終を見ていた小心者のルンバは言えなかったのである。

 大事なお嬢様を、王都の外に置いてきたなど。

 きっと口を裂くと脅されない限り、言えない状況だった。



 

20190909

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