26 鬼の村。
ふわっと風を纏う。足元を重点的に集中すれば、浮き上がることに成功。
レベル10の風の魔法。
「流石、器用ですね」
「レベル10の水の魔法と同じ要領でいけたわ」
「いやその要領はわからないから」
ふわふわと浮いている私を、またルーシはゲラゲラと笑った。
「でも便利だよね! 空を飛ぶのって!」
休憩に入ったラムが、爛々と目を輝かせて羨ましそうに見てくる。
「空を飛ぶとなると魔力の消費がかなり多くなるでしょうね。宙を浮いているのは、やはり極力魔力を多く消費しないようにしているのでしょうか?」
モーリスも感心して見つめながら、私に尋ねた。
「そうね、足元だけに集中すれば、風を土台にして浮いている感じになるわ」
「なるほど」
私は少し力むようにして風を操り、宙を後ろに向かって一回転して、パッと魔法を解く。
そして、着地をした。
「さぁ、昼食をとったら、鬼の村に向かいましょうか」
シゲルの街の食堂で、昼食をたくさん食べたあとは、馬を借りて東南にある鬼の村を目指す。
赤い夕陽に照らされた鬼の村に到着。
太い木々の柵の門をくぐる前に、馬を帰らせた。賢いので、ちゃんとシゲルの街に戻る。
鬼の村。鬼族の従者達の故郷。
つまりは、親御さんがいるということだろう。
緊張する。こんな小娘でも、息子さん達の主として認めてもらえるだろうか。
ドキドキというか、ハラハラである。戦闘民族だから、もめたら力づくかしら。
ちょっと天井が高そうで頑丈そうな建物は、鬼族らしい。
明かりが灯っている辺り、夕食の時間だろうか。
「おーい!!」
そこで、先頭を歩くルーシが声を張り上げた。
「帰ったぞー!!!」
村全体に届くほどの大声で、帰ったことを知らせる。
途端に、わらわらと鬼の村の住人が建物から出てきた。
「ルー! ルー達が帰ってきたぞ!!」
「最強の鬼一行が戻った戻った! 今夜は宴だ!!」
がっしりとした筋肉質で大柄の鬼族達に囲まれた私とラムは、巨人に囲まれた気分で見上げる。
女性も、大柄ね……。
宴の準備を始めるから、少し囲む鬼族が減る。
「あれ、なんか縮んだ?」
「なんか変わったよね」
「……ところで、この人族は?」
ルーシ達の変化に気付きつつも、一番興味が引かれる私達に好奇の視線が集まった。
視線の意味はなんとなく、察しが付く。
誰と恋仲なのか、だろう。
女性を連れてきたとなると、それを考えるのは必然とも言える。
「オレ達の主だ」
「リディー・ラーグ・ライアクアと申します。こちらはスライムのラムです」
あっさりと主と紹介するルーシに続いて、私はお辞儀をして名乗った。
すると、どよめく。
「まさかっ! ルー! お前、負けたのか!?」
「ああ、そうだよ。つか、オレだけじゃなく、四人まとめて負けたからな」
ちょっとムッとしつつも、負けたことを認めるルーシ。
モーリス達を道連れにしている。
「今は、ルーシ」
「モーリスです」
「ソーイ」
「ガーラド」
ルーシ達は、新しくなった名前を名乗った。
さらに、どよめく。
「四人全員に勝ったのか!? この村の最強の四人組に!?」
「ああ、こう見えて冒険者レベルも、オレ達より上だ。レベル8になったが、主はレベル9だ。勇者レベルなんだぜ」
ルーシは自慢げに、またどよめかせる発言をした。
「勇者レベル!? 伝説じゃないか!」
「嘘だろ! すごい!!」
「もっと話してやるから、早く宴しようぜ? 我が主をもてなしてくれよ」
ニカッとルーシが、笑いかけて急かす。
たちまち、村の中心である広場には、大きな大きな焚き火が設けられた。
木を削って作られたベンチに腰をかけていれば、どんどんと肉料理が目の前を通る。
取り皿にサッと盛り付けては、私に渡してくれるモーリスだったが、チーズが足りないと呼ばれてモーリスは離れた。
目まぐるしく、挨拶にくる鬼族の人々。食べることを中断しては挨拶を交わす。
村長から、ルーシ達の親まで挨拶してくれた。
村長は、誰よりも筋肉質で大柄な男性だ。白いツノも立派だ。
ルーシ達の親は、自分達より強くなって冒険者になってしまったことを嘆くように、けれどもどこか自慢げに語ってくれた。
私は名前を変えてしまったことを謝罪をしたのだけれど、魔物としては気にしないらしい。
人間としては親からもらったものとして大事にするのだけれど、やはり種族の違いだろうか。
ルーシは骨付き肉にかじりつきながらも、これまでの活躍を上機嫌に語った。
私は好奇の眼差しと、それから尊敬するような眼差しを受ける。
……ちょっとお手洗いにいかせてもらおう。
お肉ばかりで胃がもたれてしまいそうだ。ちょっと遠慮しよう。
そう思い、がやがやと賑わう宴の輪に戻ろうとした時だ。
「ルー……じゃなくて、ルーシは昔、自分に勝てた女を嫁にするって言ってなかった?」
いつの間にかハーレムのように女性陣に囲まれているルーシに、一人の鬼族の女性が尋ねた。
……んん?
「あー、言った。よく覚えているな」
「いや、アタシもルーシに戦い挑んだことあるし」
なんともけだるげに答えつつ、ルーシは骨付き肉にかぶりつく。
女性陣が寄せて上げている胸元を押し付けようとするも、頭を掴んで突き放す。
ルーシはモテる。戦闘民族だから、やはり最強ともてはやされたルーシは、モテるのだろう。
なんか、ルーシは全然相手にしていないみたいだけれど。
「それで、自分に一回勝った女にまた勝負を挑んで、勝ったらプロポーズするって言ってたよね?」
「あはは! 何それ、ルーシってば!」
「じゃあさ、今の主に下剋上するつもり!?」
……んんん?
面白がる女性陣に囲まれたルーシが、後ろにいる私に気付いた。
しまった。立ち聞きしてしまった。そんなつもりは……。
しかし、妙な話だからつい、気になって……。
ルーシが下剋上を狙っているなんて、そんな。
「ああ、下剋上するつもり」
にやり。ルーシは私を横目に捉えたまま、そう答えた。
「そんで、プロポーズする」
勝ってプロポーズをする。
私に、勝って、ルーシがプロポーズをするのか。
混乱に陥る頭が、グラグラと回りそうだ。
「女だって、いつまでも自分より弱い男なんて嫌だろ。強い男、好きだろう?」
何より、熱のこもった赤い瞳の熱量にクラクラする。
うぅ……頭冷やそう!
私は回れ右をして、焚き火の明かりが届かない薄暗さに向かう。
すると、手を差し出されたものだから、ビクッと肩を震え上がらせてしまった。
「驚かせるつもりはなかったのですが……すみません」
「ソーイ……大丈夫よ」
手の主は、ソーイだ。
「見せたいものがあります。ついて来てくれませんか?」
「見せたいもの?」
「はい」
なんだろう。
とりあえず宴から離れたい私は、差し出されたままのソーイの手に、自分の手を重ねた。
ソーイは柵を越えると、どんどん森の奥へと進んだ。
ちょっと暗がりに進み続けることに、うっすら怖さを感じ始めたけれど、前方に灯りを見付ける。
それはあまりにも小さな灯り。ゆらゆらと浮遊する。蛍かしら。
やがて、ソーイが足を止める。
「わぁ……」
ふわりと舞う光。それの正体は、蛍綿毛という植物だ。一面、光る綿毛だらけだ。
蛍のように仄かに光る絨毯みたい。
ソーイの風の魔法で、そっと撫でると、無数の綿毛が舞い上がる。
幻想的に、ふわりと宙を浮き上がった蛍綿毛。
「素敵ね」
「リディー様なら気に入ってくれると思っていました」
「うん、気に入ったわ」
村の近くに、こんな場所があるなんて。
きっと幼少期からこの場所で遊んでいたのだろうと思うと微笑ましい。
蛍綿毛を追いかけて顔を上げれば、空に瞬く星空を見付ける。
綿毛よりも小さな光の粒が、数多瞬く星空に口元が緩む。
「リディー様」
「なぁに?」
「ルーシが下剋上を狙っていることを黙っていて、申し訳ありません」
忘れかけていたのに、ソーイが口にした。
「い、いいのよ……村に来てから秘密はなしだって話したし……」
動揺が隠せない。
「強さに惹かれる鬼族ですから……女性にも強さを求めがちなのでしょう。ルーシは、昔から気に入った女性には決闘を申し込んで強さを測り、自分より強いなら超えることを目標にしてそれから求婚するのだと決めていました」
「昔からなのね……」
「ええ、昔から決めていました。実は、ルーシの花嫁探しでもあったのですよ、我々の旅は」
「それも初耳だわ……!」
ルーシの花嫁探しの旅。
冒険者業をしながら、強い女性を捜していたのか。
「えっと、つまり……私って気に入られて決闘を申し込まれたの?」
「はい。一目見て、気に入ったため、強さを確かめたかったのでしょう」
初めからルーシの求婚する候補として見られていたのかと思うと、頬が火照ってしまう。
「どうか、迷惑がらないでください」
ソーイは頬を押さえる私の顔を覗き込むように前へかがんだ。
「従者でありながら、下剋上を狙っていることや、求婚を狙っていることも……ただただ、あなた様をお慕いしているのです」
あまりはっきりとは見えないけれど、真剣な声音で伝わる。
真面目な眼差しで見つめてきているに違いない。
「大丈夫よ、別に迷惑だなんて思っていないわ。慕ってくれているのは、嬉しい。ただ、その、今まで他の男性に目を向けてこなかったから、戸惑ってしまうのよね」
王子の婚約者として、ずっと過ごしてきたし、他の男性からのアプローチは微塵もなかった。
だから、ルーシの情熱的な視線や眼差しは、熱くて堪らない。
「では、時間をかけてゆっくりと口説きますね」
「ええ、そうしてちょうだい。……ん?」
「言質は取りました」
「……んん!?」
ゆらり、と一つの蛍綿毛がソーイの顔を横切るから、珍しい微笑みが見えた。
「自分も、リディー様をお慕いしております。これからも末永くよろしくお願いしますね?」
とても上機嫌そうな微笑みのソーイ。
今の話はルーシだけではなかったの……!?
「そろそろ捜されますので、戻りましょう」
ソーイはまた私の手を握ると、鬼の村へと引き返した。
20200820




