18 謝罪。
どうしたものか。
私の大事な家族に、勇者レベルの冒険者を差し向けようとした婚約破棄の王子。
助けを求められたけれど、私が助ける義理はない。
「……無自覚のようなので、言っておきます」
私は一応、言っておくことにした。
「スチュアート様の婚約破棄は、あまりにも非道でした。公衆の面前で、言い渡すなんて、私への配慮が全くありませんでしたわ。むしろ、中傷が目的だったのかと思ってしまうくらいです。恋で盲目になっていたお二人は、そこまで考えが至らなかったのでしょうけれど。本来ならば、婚約を取り決めた親同士の立会いのもと、話し合って解消すべきでした。それならこんな大事にはならなかったでしょう。まぁ、もうすでに後の祭りですけれど」
ネチネチ言うようで悪いけれど、事実をはっきりと教えておく。
いや、多分私は悪くはないはず。
すると、やっとわかってくれたのか、ソファから立ち上がったスチュアート様は床に跪いた。そして、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした!」
謝罪。
「それは何に対しての謝罪でしょうか?」
理解しているかどうかを確認のために、私は問う。
まるで子どもを叱っている気分だけれど、大事なことなので聞いておく。
「婚約破棄自体……あなたへの配慮のなさ……そして、冒険者を差し向けようとした浅はかさ……です。申し訳ありません」
スチュアート様は、誠意を込めて謝罪を口にする。
「本当に申し訳ないと思っています。だから、だからっ、命だけは助けてくださいっ……!!」
謝罪を通り越して、命乞いか。
彼からしたら、そうなのだろう。
命の危機だから、謝罪をして頼み込んでいる。
困り果てた私は、頷くしかない。
だって、家族の手が汚れてしまう。それを止めるためにも。
人の命を助けるためにも。私はこの人に手を差し伸べる。
「私に出来ることは、家族を抑えることだけですわ。スチュアート様。努力をしますが、怒りが想像以上に大きいものならば、逃げのびて生きることも考えるべきです」
「っ」
「正直、私は家に帰っていないので、家族がどれほど怒りに燃えているかを知りません。絶対に止めるとは言えませんので、覚悟をしてください」
「……」
スチュアート様は、無言で頷いた。
「さぁ、立ち上がってくださいませ。ここはギルドの応接室です。これ以上使わせてもらうのは、良くないでしょう。私もさっき見ての通り、一人ではありません。仲間の意見も聞き入れて、出発をします」
「仲間とは、先程の鬼族と少女?」
「従者ですわ。他に三人、います。宿に戻り、皆に事情を話しておきます。宿の外でも待ってください」
従者と聞いて、スチュアート様が目を見開いて驚く。
「従者がいるなんて初耳……」
「ええ、この数日で得た仲間ですわ。少女の姿をしていたのは、レアスライムでレベル6の冒険者、鬼族はレベル8の冒険者達です。鬼族とは、冒険者になるためにこの街に来る途中で会ったのですわ」
「れ、レベル8!?」
驚愕のあまり、口をあんぐりと開けていた。
そのまま顎が外れてしまうのではないか、と心配しつつ、ドアノブに手をかける。
会った時はレベル7で、特殊なテイムによりレベルアップしたことは言わないでおこう。顎が外れそうだ。
「待たせてごめんなさい、モーリス、ラム。宿に戻って、話すわ」
部屋の外で待っててくれたモーリスとラムに伝える。
「引き受ける、ことにしたの?」
ラムが首を傾げながら、ついてきた。
「ええ。家に帰るの、ついてくるかは話を聞いてから決めて」
ちょっと振り返って、ラムに微笑む。
「……」
「はぁい」
モーリスは黙って頷き、ラムは不思議そうにしつつも明るく返事をした。
部屋を貸してもらったお礼を、ジャックさんに伝えて、ギルドをあとにする。
宿に戻り、今度はスチュアート様を外に待たせた。
モーリスに集めてもらったルーシ達には、私の部屋で話させてもらう。
告白をした。婚約破棄が原因で家出をしていたこと。
その婚約破棄の相手が、助けを求めてきた。
私はその助けに応じることにしたと打ち明ける。
「……まじで、助けるわけ?」
ルーシは露骨に嫌そうな顔で尋ねた。
「主が助ける義理なんて、ないだろ。自業自得じゃん」
「ルーシ。リディー様は、家族が手を汚すことをお望みではないのですよ」
「言わせろよ、婚約破棄野郎なんざ、見捨ててやればいい。一度交わした約束を、しかも婚約だぞ。それを破るなんて男じゃねーよ。助けたら、何? 奴はお目当ての令嬢とハッピーエンド? 認めねーな。そんなの」
モーリスの言葉を押し退けるように、ルーシは言葉を吐く。
約束を守る。とても男らしい。
本気がこもった鋭い眼差しに、ドキッとしてしまった。
「助けたあとのことは知らないわ。その令嬢とハッピーエンドを迎えようとも、迎えなくても、私の知ったことではない。どちらにせよ、彼は王家に見放された。王様にはなれない。それが代償で十分でしょう。命を取るほどではないわ」
「それは主も同じだよな? 主は王妃になるはずだった。婚約破棄の代償が、王位継承の剥奪。なら、主の王妃になるはずだった未来を奪った代償は?」
「命だって言いたいの? ルーシ」
王妃になるはずだった未来を奪った、か。
王妃になるための努力を、無駄にされたこと。王妃の座を奪ったことの代償。償えるものならば、償ってほしい。
そうは言っても、命を取るほどまでではない。
私が肩を竦めれば、ルーシは自分の掌に拳を叩き付けた。
「殴ったか? 主」
「えっ……私が、彼を? まさか」
「じゃあ、代わりにオレが殴る。主の綺麗な手に傷が出来るからな」
「あなたがっ?」
鬼族の怪力で殴られては、スチュアート様の美しい顔が壊れかねない。
「いいじゃん。治癒魔法かけてあげれば」
ラムはケロッと言った。
「だめですよ。気が晴れるのは、ルーシだけではないですか。我々も、主を侮辱されて憤っているのです」
「全員で殴ればぁ?」
ラムが無邪気に言う。ラムも怒っているのだろうか。
「あの、ありがとう……怒ってくれて。でも……おかげと言っては自虐的かもしれないけれど、私はあなた達に会えたから、償いは要らないと思っているわ」
「!」
「……」
「リディー様……」
力なくも、微笑む。
そのきっかけがなければ、会えなかった。
「……あの、リディー様。一つ、聞いておきたいのですが」
ソーイが挙手する。
「何?」
「家に戻られたら、冒険者業はどうなるのでしょうか……? もっと言えば……我々は、リディー様の邪魔でしょうか?」
ソーイに注目が集まったあと、私に集まった。
「そ、そんなっ! 邪魔だなんて、思っていないわ! これからもいてほしいと思っているの。冒険者として必要とされるなら、続けるわ。終わったあとに、みんなの村に行きたいと思っているし、最果てでも活躍したいとも思っている」
そう思っているのは、私のワガママかしら。
「そうですか……それなら、自分は喜んでついていきます」
安堵したように、ソーイが顔を綻ばせる。
意外な表情に驚いたけれど、顔に出さないようにした。
ソーイも、スンと表情が戻る。
「オレも、ついていきます」
ガーラドも、口を開いた。
「私も同じです。リディー様が望むのなら、どこまでもついていきます」
同じ言葉を、モーリスがかけてくれる。
「オレだって、従者だ。主の元に行く」
ルーシが言ってくれた。
「ボクも行く! どこまでもね!」
ラムは笑顔で答えてくれる。
「ありがとう……。でも殴るのはなしね」
「ちぇ。わかった。我慢する」
そっぽを向くルーシに、私は笑ってしまう。
「じゃあ、一緒に帰りましょう。私の家に」
20190927