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16 人攫い。




 婚約破棄から四日。家出をして四日ということ。

 濃厚な四日間だったけれど、“まだ四日”だ。

 朝食を済ませた私は収納していた便箋を取り出して、家族に宛てる手紙を書こうとしていた。

 でも、なんて書く?

 一方的な報告だから、その後、やはり醜聞が立っているでしょうか? なんて書けない。想像するだけでも、嫌なものだ。醜聞。怖い。

 きっと悪戦苦闘している最中だろう。

 そんな中、呑気に冒険者になった報告の手紙が来ても、破り捨てられる。

 竜王や精霊から加護をもらったなんて、家族からしたら「だからなんだ」って感じでしょうか。勇者レベルの冒険者になったからと言って、婚約破棄された令嬢に変わりない。

 私はベッドに倒れて、便箋を投げ出した。

 無事だという報告をしようとは思ったけれど、私の無事を確認することも出来ない忙しさに襲われていたらと思うと、申し訳なさでいっぱいになる。


「……もっと王都から離れて、冒険者業に専念しようかしら」


 昨日の夕食の時に、これからどうするかをモーリス達に問われた。

 正直に何も考えていないと答えれば、もっと国外れに行かないかと提案されたのだ。国の辺境まで行けば、魔獣被害で困っている人々がたくさんいるから稼げるという。

 ちなみに、ルーシが率いていた鬼族の一行は、私と会うまではその時引き受けていた魔獣討伐の依頼を片付けてから向かうつもりだったのだとか。

 ルーシ達の出身の鬼族の村が、東南の方角にあるから寄ってみないかとも言われた。

 意外なことにルーシとソーイは同じ十八歳で、ガーラドは十九歳。若い。二年前から冒険者の高みを目指して旅をしていると、今更だけれど聞いた。

 三人の師匠とも言えるモーリスは、お目付役でついてきたそうだ。魔法や剣術を教えてきたと、言っていた。歳は、三十九歳。

 そうそう、その鬼族の村の風習では、決闘をしたのなら、敗者は勝者の配下に加わらなければいけないらしい。だから、私に負けたルーシはテイムを言い出したのだ。

 スライムのラムの方は、まだ十三年しか生きていないと答えた。

 人の姿だと私より二歳くらい下に見える幼さだけれど、スライムとしては長生きだという。レアスライムは何かと目を付けられやすいと、モーリスは言った。

 普通は水色のスライムが、黄色だものね。悪目立ちもしてしまうでしょう。


「しまおう」


 収納魔法で、便箋のセットをしまった。

 一人部屋だから、ベッドにゴロゴロしても大丈夫。

 ため息を吐いて、のたうち回る。


「本当にどうしましょう」


 今日は立て続けに依頼を遂行したということで、休む日にした。

 だから各々で好きにしているだろう。

 今日中にどうするかを決めなくてはいけない。主だもの。

 一人で決められなければ、モーリスとルーシの意見を聞いてみよう。


「あら。そうだったわ、ギルドに行かなくちゃ」


 すっかり忘れていたけれど、ギルドに行くと約束をしていた。

 誰かは知らないけど、私に依頼したいであろう依頼人と会う。

 その依頼を引き受けてからでも、遅くはないだろう。

 起き上がって、髪を整える。

 今日は休みの日、と決めたから、ドレスのみ。シンプルで身軽な方。

 水色に艶めく白銀の髪は、三つ編みでまとめて、部屋を出た。


「おや、リディー様。ちょうどよかった、ギルドに行かれるのですね?」

『ボク達も行くー!』

「モーリス、ラム。いいわよ、行きましょう」


 ちょうど部屋を訪ねようとしたのか、廊下で会ったのはモーリスと、モーリスが抱えた黄色のスライム姿のラム。

 ギルドを目指して宿を出ると、ぽむっぽむっとスライムの姿のラムが隣で跳ねる。微笑ましいけれど、人の姿になった方がいいんじゃないか。

 でも人の姿にならない辺り、ぽむっぽむっと跳ねて移動することは、別に不便ではないようだ。

 黄色のスライムだからなのか、それとも跳ねているからなのか、周囲の視線が集まっている。


『次は、なんの依頼だろうねー? リディー様、勇者レベルだからすっごいの来て欲しいな! あ、でもまたボクが活躍出来ないのはやだなぁ』

「早々には、すごい依頼は来ないですよ」

「そうねぇ」


 ラムは私の右を跳ねて、モーリスは私の左を歩く。私を守るような立ち位置だ。

 街に危険なんてないと思うのは、私だけなのかしら。

 そう思った矢先のことだ。

 ぽむっと跳ねたっきり。スライムの移動の音が止んだ。

 振り返れば、走り去ろうとする少年に抱えられたスライムのラム。


『なぁー!? リディー様助けて!?』

「えっ!?」


 人攫い!? いやスライム攫い!?

 そうか! 何かと目を付けられやすいってこのこと!?

 水魔法で足を捕らえようと手を翳すと、バチバチと音が鳴り響いた。

 ラムが、雷魔法を行使したようだ。その音は丸焼けになってもおかしくないほどのものだったけれど、少年は走り続ける。


『わーん!! 魔法が効かないよ!!』

「魔法無効!? なんてレアな!」


 慌てて、モーリスと一緒に男を追いかけた。

 特殊能力持ちの者が、稀にいる。中でも、全ての魔法を無効化してしまう特別すぎる能力が有名だ。だからこそ、なのだろうか。攫い役に適任。レベルがどんなに高くても無効化されてしまうのでは、魔法も何もないに等しい。

 すぐに人込みの中に紛れてしまい、見失ってしまう。


「どこ!?」

「落ち着いてください、思念伝達で連絡を取り合いましょう」

「そうね!」


 焦ってキョロキョロしたけれど、モーリスがいてくれてよかった。

 ラムが思念伝達が出来るように、私達も出来る。主従関係という絆があるからだ。落ち着いて、早速思念を送る。


『ラム! 今どこにいるか、わかる?』

『右の路地に入った!』

『右路地ね』


 探せば、ちょうど右側に路地があった。

 ラムの案内で追跡を続けていれば、古びた建物に行き着く。

 扉なんて、私の力でも簡単に壊せてしまいそうだ。


「中にいるそうよ」

「恐らく、レアスライムや人などを売買する組織でしょう。複数いるはずです」

「剣を抜かなくていいわ、モーリス」

「?」


 携えた細い剣をモーリスが抜く前に、私は止める。


「扉を蹴り開けて」

「はい」


 言われた通り、モーリスはドンッと蹴り開けた。


「私の従者はどこですの?」


 問いながら、その場にいる一同を見回す。


「このバカ!! ちゃんと撒いとけって言っただろう!」

「うっ!」


 ラムを攫った少年が、一人の男に怒られては殴り倒された。

 少年は、見るからにボロボロだ。日頃、暴力を受けていると思われる傷やアザが目立つ。魔法無効の特殊能力持ちだから、いいように使われていると推測出来た。


「まぁいいじゃねーか。鬼の方はともかく、お嬢ちゃんは美少女だ。高く売れるぞ」


 他の男が、私を品定めするように見てくる。

 見たところ、ぷるぷると壁の隅で震えているスライムのラムと、売買組織の一味しかいないようだ。

 私は手をパンと合わせてから、スッと前に突き出した。


「“ーーいかずちよ、唸れ、吠えろ、叫べーー”!!」


 ありったけの魔力を込めて、雷属性の魔法を発動。

 レベル1でも広範囲の魔法。ラムから教わっていてよかった。

 レベル1だからこそ弱いが、そこは魔力量で補う。

 バッチンッと中にいた一味は、感電しては悲鳴を上げて倒れた。

 気絶するには、十分な感電だっただろう。


「ラム! 無事?」

『うわーん! 怖かったよー!』


 駆けつければ、ラムはぽむっと跳ねて私の胸に飛び込んだ。

 そっと抱き締めれば、ぷるんぷるんだった。


「リディー様。彼はどうしますか?」


 そばについてきたモーリスが言うのは、ラムを攫った魔法無効の能力持ちの少年だ。もちろん、彼だけは私の魔法で感電しなかった。当然だ。


「す、好きにしろよ!! 殴るなり、刺すなり!!」


 私より少し幼い少年は、そう声を荒げた。

 ラムを下ろした私は、少年に手を伸ばす。

 びくりと震えた少年だったが、別に危害を加えるつもりはない。


「“ーー癒しをーー”」


 治癒の魔法をかけてあげて、怪我を治そうと思った。

 光属性の魔法だけは効くようで、傷やアザが消えていく。

 少年は驚いた表情で、自分の身体を見下ろすと、私を見上げた。


「……っ! な、んでっ」


 それから少年は、ブラウンの瞳から、涙を溢す。

 不憫な子だ。きっと手当てすらされたことがないのだろう。

 可哀想で、私はそっと頭を撫でる。


「う、ううっ!」


 少年はしばらくの間、泣きじゃくった。



 

20190924

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