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13 迷いの深い森。




「少し話を聞いてほしいのですが、お時間、大丈夫ですか?」


 ヘルサラマンダーを追い払った報酬を受け取り、帰ろうとした時に、ギルドマスターに私達は呼び止められる。


「あれが勇者レベルの冒険者だぜ」

「嘘だろ、あんな美少女が勇者レベル?」

「美少女勇者……」


 また注目の的になっていたから、私達は二階の応接室に通された。

 革のソファーが二つ向き合っていて、間にどっしりとした印象のコーヒーテーブルが置いてある。一方のソファーに、腰を下ろす。

 ラムも隣に座ろうとしたけれど、モーリスが止めて私の後ろに控えた。

 ギルドマスターが座るように言うも、モーリスは「自分達はここでいいです」と返す。


「改めまして、私はここのギルドマスターのジャック・スウィートと申します。実はレベル9のリディー様に、頼みたい依頼があるんですよ。これです」


 コーヒーテーブルに出されたのは、一枚の紙。

 冒険者に発注する依頼書だろう。手に取り、読んでみる。

 内容は、“迷いの深い森”と呼ばれる精霊が住まう森の探索。

 精霊にも、色々いる。雨の雫から生まれた小さな水の精霊から、陽射しから生まれた光の精霊。

 “迷いの深い森”は、木の精霊が支配する森。

 魔獣から動物まで出没して、時には精霊の悪戯で人が迷うらしい。そして、奥は陽が届かないほど鬱蒼とした森。だから、“迷いの深い森”だ。


「探索の目的は、なんでしょうか?」

「精霊探しです」

「……それは、何事でしょうか?」


 姿を目にすることも可能な精霊とは言え、むやみやたらと会いにいくことは厳禁。神様のように、神聖な存在なのだ。


「森に入った者が、次々と消息を断っているのです。精霊の仕業ではないとは思いますが……森を把握していると言われている精霊に、事情を聞いてほしいのです。レベル6の冒険者パーティーが行きましたが、彼らは戻ってきません」

「いつから、戻っていないのでしょうか?」

「一月になります」


 一月か。生存の確率は低い。


「ただ迷わされているだけなら、長くても一週間で出れるはずですからね」


 モーリスの声が近いと思えば、ソファー越しに覗き込んでいた。

 そんなモーリスに、依頼書を渡しておく。


「そうです。精霊は殺生を好みませんので、精霊の仕業ではないはずです。もしも魔獣の仕業だったら、討伐をお願いします。レベルの高いあなた方の一行なら、無事遂行出来るかと思い、直接頼んだ次第です」

「そうですね、レベルは確かに高いです。しかし、知っての通り、私は冒険者になりたてです。よく考慮をしてから、お返事を出しても構わないでしょうか?」


 レベル6の冒険者パーティーが消息を絶った森。レベル6以上の脅威があると考えがつく。ラムを連れていけるか、そして私達が足を踏み入れてもいいのか、考慮したい。


「いいじゃん。引き受けようぜ、主」


 ルーシが意見を言いながら、ソファーの肘けに座った。

 依頼書をテーブルに置きながら。


「精霊には会ったことはありませんが、二回魔獣を討伐しに森に入ったことがあります」


 ルーシの横で、モーリスが言う。


「迷わされたこともありません」

「精霊に会うより、魔獣に会う方が確率は高いから、魔獣討伐の仕事だぜ。これ」

「レベル6以上の魔獣討伐……」


 私はラムを振り返った。ルーシ達も、ラムを見る。


「大丈夫だよ! ボク、レアスライムだし。魔獣なんてどんなに強くても、ボクを一飲み出来ないなら無理だよ! あ、しても雷属性の魔法で返り討ちに出来るよ!」


 レアスライムは、そんなに無敵だったかしら。

 ラムはソファーの背凭れに、頬杖をついた。


「行こうぜ、あーるじ」

「行きましょう、リディー様」

「行こう! リディー様! ボクの初仕事!」


 ルーシとモーリスとラムは、この依頼を受けると言う。

 ソーイとガーラドの意見を求めて目を向ければ、二人は頷いた。

 多数で可決。引き受けるしかないようだ。


「従者の皆が、こう言っているので、引き受けることにします」

「それはよかったです。“迷いの深い森”では、この街の住人も、付近で動物を狩りに行く場所ですから、早急に対処してもらえれば助かります。報酬はひとまず、そこに書いた通りです。金貨は十枚。精霊に会えたのなら、金貨を五枚追加です。魔獣が原因だった場合、姿形だけでもわかれば追加三枚。討伐報酬は相談です」


 ジャックさんに聞いて、私は頷く。

 成功報酬は、大金だ。しばらく困らなそう。


「わかりました。では、準備をして、行きますね」


 急いだ方がいいと判断して、私はソファーから立ち上がった。


「よろしくお願いします。リディー様」


 同じく立ち上がったジャックさんは、一礼をする。

 ギルド会館を出て、東に向かいながら食料を買っておく。念のため、一週間分。

 ここから、東の位置にあるそうだ。

 精霊が住まう“迷いの深い森”。

 街の住人が狩りをするだけあって、一時間もしないうちに森の前に到着した。

 鬱蒼とした森の木々は、かなり高めに見える。木の葉達は、五メートルほど先にあって、陽射しを拒むように集まっていた。おかげで薄暗い。

 そんな森に、足を踏み入れる。固められた道なんてなく、木々の間の落ち葉の地面を、踏み付けて歩いていく。


「森の支配者である精霊は、すでに我々の侵入を把握しているはずです」


 私の前を歩くモーリスが言う。


「……この森は、いつもこんな雰囲気なの?」

「雰囲気、と言いますと?」


 モーリスは顔だけ振り返った。


「主、怖いとか言うなよ」


 後ろから、ルーシがちゃちゃを入れる。


「違うわ、ルーシ。なんだか……こう……森全体が病んでいるような……」


 言葉を探しながら、森を見上げた。一つ一つの木々はまだ普通に思えるけれど、全体的に森の元気さというものが感じない。


「薄暗いからじゃん?」

「いや、リディー様の言う通り……」


 ルーシのあとにソーイが口を開いたから、振り返る。


「清らかさを感じない」

「ああ、それだ。精霊が支配下のわりに、清らかさがない」


 冷静なソーイが言う通りだ。

 神聖さに欠けていると思った。

 前にいるモーリスへ顔を向ける。


「そう言われてみれば……以前はもっと新鮮な空気とやらを感じていましたが、今はありませんね」


 スン、と息を吸ったモーリス。


「これは……精霊の身に何かあったと考えた方が……」

「魔獣に襲われて怪我をしている、とかでしょうか?」

「あるいは、力が衰えてしまっているとか、その両方かもしれません」

「……精霊の身が心配だわ。元気ならいいのだけれど」


 モーリスと話したあと、私は顎に手を添えた。


「リディー様」


 ソーイが呼ぶ。


「動物の気配もしません」

「動物……」


 小鳥の鳴き声もしない。

 森の中なのに、不自然だ。


「急いで精霊を見付けなくてはいけないわね。モーリス、どこに向かっているの?」

「まだ我々も足を踏み入れていない奥に向かっています」

「リディー様、自分とガーラドに任せてください」

「何か策が?」


 モーリスと話してから、またソーイを振り返る。


「はい。魔力を消耗しますが、森全体の風に聞きます」

「オレは土に聞きます」


 無口なガーラドが、口を開いた。

 足を止める一同。


「あなた達のレベルなら、それも可能だったわね」


 私も川に入って、魚の把握をしたことがある。それと同じだろう。

 ソーイはレベル9の風、ガーラドはレベル9の土を操れるからこそ、可能。代わりに、魔力をかなり使ってしまう。この森を把握するためには、きっと使い切るくらいしてしまうはず。


「モーリスはソーイを、ルーシはガーラドについて」

「はい」

「了解」


 消耗して魔力の回復が必要になったら、守ってほしいと頼んだ。

 もしも、魔獣が出た時のために。


「ボクは?」

「私のそばを離れないで」

「わかった!」


 ラムは、私のそばにいればいい。

 ソーイは立ったまま、目を閉じた。

 ガーラドはしゃがみ、地面に手を置く。

 風が、頬を撫で髪を靡かせる。

 土が、僅かに動いた気がした。


「見付けました」


 数秒しか経っていないのに、ソーイが発見したようだ。

「ガーラド、もういいわ」と無駄な魔力を使わないように止める。


「精霊らしき気配を感知。ここから東南の方角です。動物も集まっています」

「大丈夫? ソーイ、ガーラド」

「問題はありません」

「同じく」


 無駄に魔力を消費しなかったようだ。私のように倒れることを想定していたけれど、よかった。


「それなら、行きましょう。精霊に会いに」


 私達は、再び歩みを進める。

 やや右に向かって暫く歩いていけば、小鳥の囀りが耳に届いた。

 ふと視線を上げれば、リスらしき小動物が木々の枝を駆けている姿を見付ける。

 水の音もする。池があるようだ。

 一本だけ、周りに比べて大きすぎる木がある。傘のように枝を広げ、葉をつけているその大きすぎる木から、木洩れ陽がいくつも射し込む。

 その木を囲むように小さな池があって、動物達がいた。猪から熊まで様々な動物がいる。猫の親子までいた。私達を見るなり、猫の親子は茂みに飛び込み、隠れてしまう。他の動物も、尻込みする。

 そんな中、微動だにしないものがいた。

 中央にある大きすぎる木の根元に、うつ伏せに倒れている人だ。

 生えたばかりの木の枝の若々しい色の髪がとても長い。光沢のある羽織を着た女性にも見えたが、見える肌は薄緑色を帯びている。精霊、だろう。

 神様のように神聖な存在なのに、なんというか威厳のないお姿。

 生きてはいるとは、感じる。

 ふと、倒れた精霊が動き出す。

 頭を上げるも、長い髪で顔が見えない。かろうじて見えた口が動くけれど、声らしきものが耳に届かなかった。こちらに向かって、何かを言ったようだ。でもそれがなんなのか、わからない。


「「「?」」」


 私達は、首を傾げてしまう。

 そうすれば、精霊は這いつくばって池に近付いた。腕がよろよろしていて、なんだか力がないように見える。

 そのまま、精霊は池に顔を沈めた。

 しーんと、そのまま停止。

 そのうち、ブクブクと池から息が吐かれる。

 ブクブク。ブクブク。ブクブクーー……。

 それから、その音がパッタリとなくなってしまう。

 精霊は池に顔を突っ伏したまま、動かなくなってしまった。



 

20190919

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