12 不運か幸運か。
リディーの幼い頃の夢を見た。
ライアクア家に恥じぬ立派な令嬢になります!
そう息巻いて、積極的に様々な教育を受けていた。
愛情を注いでくれる家族のために、努力をしていたのだ。
それから十歳になって、スチュアート殿下と婚約が決まって。
立派な王妃になります!
新たな目標のために、稽古を受けた。
学園でもトップの成績を保ち、努力を積み重ねてきたのだ。
それを躊躇なく、崩された。
互いに恋愛感情はなかったけれど、だからと言って嫌い合っていたわけではない。
結婚まで時間があったから、その間に二人で努力をして、恋を芽生えさせればよかった。
人生には、何かしらの努力が必要でしょう。
前世では心の拠り所である漫画や小説を読む時間を確保することに、努力をしていた。
なのに、不運にも事故に遭って、強い恐怖を感じて死んだ。
私の人生は、ツキがないのかもしれない。
積み重ねた努力を、横から崩されてしまうような、そんな人生――――。
「……」
ふっと、温かさを感じた。
でも頭はどちらかと言えば、ひんやりしている。そうか。スライムのラムを枕にしているからだ。
身体がポカポカしているのは、何故だろう。
確認のためにも、眠りの淵に落ちた意識を浮上させて、瞼を開いた。
色白の肌。黒く長い睫毛。触れてしまいそうなほど高い鼻。ルビーレッドの髪に包まれた見目麗しい顔。そして、頭を包むような黒いツノが二つ。
人型のラグズフィアンマ様だ。
ぼんやり、まだ寝惚けた頭で認識をした。
そうか。彼に抱き締められているから、温かさを感じているのだ。
そう。抱き締められて、ベッドに横たわっている。
抱き締め……られ……ベッド……に……!?
だんだんと覚醒した。
そして、驚愕をする。
何故同じベッドにラグズフィアンマ様がいるの!?
眠る前にはいなかった! 異性と同じベッドで眠るなんて! 無理!!
結婚前の娘が、異性とベッドなんて!! 破廉恥!!
わからないけれど、抜け出さねば! 心臓が爆発する!!
悲鳴を上げてしまう前に。
ラグズフィアンマ様が私の上に置いた腕をそっと退かし、くるんと寝返る。そのままベッドから落ちて、着地をしようと考えた。
ボスン!
しかし、落ちた先は床ではなかった。
そこにあったのは、筋肉。筋肉ベッドに落ちた。
手をついたのは、男性の胸。雄っぱい。
かなり引き締まった筋肉の持ち主は、ブロンドと黒いツノを二つ生やした鬼族。ルーシ。
「ん? なんだよ、びっくりしたなぁ……主、オレの胸に飛び込んでどうした?」
ニッと笑みを吊り上げて、私を覗き込む。
「はっ……破廉恥ですわ!!!」
結局、私は朝から大声を上げてしまった。
その小さなベッドルームには、他にモーリスとソーイが雑魚寝していたのだ。ちなみに、ガーラドはダイニングルームで寝ていたらしい。
「これくらいで破廉恥とか、流石お嬢様!」
起き上がったルーシに笑われてしまう。
「えっ、お嬢様って何?」
人型になったラムが首を傾げる。
「ルーシ。それは口外しない約束ですよ。申し訳ありません、リディー様」
「いいじゃん、ラムも従者なんだからよ。なぁ? 主」
「お嬢様って何? 何?」
ルーシの代わりに謝罪をするモーリス。
ルーシは、ベッドの上の私を見上げる。
ラムが私とルーシを交互に見た。流石にライアクア伯爵家のことは知らないようだ。
ソーイは壁の隅で黙って見ている。悲鳴を聞き付けたガーラドは、ドアの前に立っていた。
小さな部屋だから、もう窮屈である。
でも、なんだか、こう。
一人、家を飛び出したのに、孤独じゃないと思える。
前世は孤独を感じないように、目を背けて漫画や小説を読んでいた。
今世はそんな心配はない。物心ついた時から、両親は愛情を注いでくれたし、お兄様もいてくれた。同じ貴族令嬢の親しい友人もいる。孤独なんて、無縁の人生だった。
旅立った翌日に、もう従者に出逢った私は、ツキがないわけではないのだろう。
それに積み上げた努力は、無駄にはなっていない。
今まで身に付けたものが役に立って、従者が出来て、勇者レベルの冒険者になれたのだ。
本当に、令嬢に転生してよかった。
それを実感して、また温かさを覚える。私の胸の中。
涙を零さないように、微笑みを保つ。
「また無理に笑っているぞ?」
スッと人差し指で向いている方向を変えられたと思えば、ラグズフィアンマ様の美しい顔が目の前にある。
「大丈夫です」
私はそう答えて、笑みを深めた。
「ところで、何故ラグズフィアンマ様は同じベッドに?」
「嫌だったか?」
「……先に言ってほしかったです。驚いてしまいました」
「そうか、すまなかったな」
謝罪を口にするラグズフィアンマ様だけれど、上機嫌な笑みを浮かべているから、反省の色は見当たらない。
私の胸に顔を埋めても反応しなかったラグズフィアンマ様なら、別に貞節の危機はないけれど、驚くので一言教えてほしかった。
ラムに、私は伯爵令嬢だということを伝えてから、朝の支度をする。
シャワーを浴びさせてもらい、淡いオレンジ色のワンピースにベルトタイプの黒のコルセットを巻いて、下にはズボンを穿いた。
ラムの要望で、髪はラムに任せる。カチューシャのように髪を編み込み、サイドに三つ編みを垂らす髪型となった。
何度も「リディー様、髪まで綺麗!」と褒めてくれたラム。
そんなラムの黄色の長い髪も、同じような髪型に仕上げてあげる。
ずいぶんと待たせてしまったルーシ達に謝ったけれど、モーリスに「大丈夫ですよ」と返された。
「また会いに来る。リディー」
同じく待ってくれていたラグズフィアンマ様は、背中に大きな蝙蝠にも似た翼を広げると、一回転し巨大なドラゴンに変身。ルビーレッドの鱗が艶めくドラゴンを村総出で拝み、そして飛び去る姿を見送った。
改めて森の人々にお礼を言われる中、ラムもお別れの挨拶をしていく。
「またねー! みーんな!」
明るく元気な旅立ち。微笑ましい。
風魔法はかけずに馬で駆けて、シゲルの街に向かう。ちなみにラムは私と同じ馬に乗って、しがみ付いている。
「しっかし、あんな巨大なドラゴンの加護をもらっていたなんてなぁー。だから火属性の魔法、効かなかったのか」
ルーシが隣について、ぼやくように話を振ってきた。
「そうなの。火属性の魔法レベルもいきなり上がって、全部ラグズフィアンマ様のおかげね。勇者レベルになれたのも、ルーシ達が従者になったのも……がっかりした?」
問うとルーシがキョトンとした顔になる。
「なんでがっかりするんだよ?」
「ほら、運が良かっただけで……ラグズフィアンマ様の加護がなければ、ルーシに負けていたと思う」
ルーシに炭にされていたかもしれないと想像すると、ゾッとして身震いした。
「運も実力の内だろ? そりゃあ加護ありとなしじゃあ勝負の結果はわからなかっただろうけど、この結果に満足してるぜ。我が主」
ルーシは、私を主と認めている。従者になったことに満足していると言って、ニカッと笑いかけてくれた。
「自分を過小評価するな、自信持てよ。オレ達がついてるんだぜ」
そう声をかけてくれたあと、前を馬で走る。
次はモーリスが隣につく。
「ルーシの言う通りですよ、リディー様」
「……ええ」
モーリスに笑みを返す。
過小評価は、従者の皆に失礼ね。気を付けよう。
運も実力の内。
やっぱり私は、運には見放されていないのだろう。
彼らがいてくれて、私は幸運だ。
「……そう言えば、モーリス。レベル8は銀色。勇者レベルのレベル9は、金色のカード。レベル10は何色のカードなの?」
シゲルの街に到着したら、まずギルド会館に行き、ルーシ達のライセンスを受け取る。そして、ラムも冒険者登録をすることになった。だからちょっとした疑問を問う。
「賢者レベルと呼ばれるレベル10ですか。私もギルドに尋ねたことがあります。どうやら、ダイアモンド色のカードになるそうですよ」
「ダイアモンド……それは派手そうですね」
「そうですね。まだ誰も得たことのない未知のレベルです。でも、リディー様なら届くでしょうね、きっと」
モーリスは、私のことを過大評価している。
誰も届かないのに、存在するレベル10。
私がそこに届くとは、到底思えない。賢者だもの。
きっと魔法レベルが、オール10でなければ無理だろう。
「ねぇーねぇー、リディー様。ボクはレベル何の冒険者になれるかな?」
私の肩に顎を乗せたラムが尋ねた。
「そうね……どうかしら」
「ステータスからレベルや魔力量を読み取り、レベルを出します。私の予想では、レベル6かレベル7が妥当でしょう」
「ええー、モーリス達はレベル8なんでしょう? ボクもレベル8がいいな」
「それは難しいと思いますよ」
ラムが膨れっ面をしたことがわかる。
一時間して、シゲルの街に到着した。
シゲルの街のギルド会館で、ルーシ達の預けていた銀色のカードを受け取り、ラムの冒険者登録をしてもらう。
「先日は失礼しました」
対応してくれたのは、あの卒倒してしまった受付の女性だ。
私に一言謝罪をすると、ラムの冒険者登録をしてくれる。
結果は、レベル6の冒険者。黄色いカードがラムに渡された。
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20190918