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掌編小説

夏のムシ

作者: タマネギ

小年時代、毎年、夏休みになると、

私は母方の田舎で

その殆どの時間を過ごした。


祖母の畑仕事や叔父の魚釣りに

ついて回りながら、

大自然の心地よさに魅せられ、

朝から晩まで、

野山を駆けまわったのである。


中でも一番記憶に残るのは、

村の共同墓地に通じる

林道での昆虫採集だった。


今はどちらかと言うと苦手だが、

その頃の私は昆虫が好きで、

大きくなったら、昆虫博物館の

館長になりたいと、

小学校の文集に書いているし、

宿題の自由研究はいつも

昆虫採集だった。


実際、その林道では、

いろいろな昆虫が生息していて、

捕まえることができた。


カブト、クワガタ、カミキリ、

セミ、トンボ、チョウ、…。

凡そ、図鑑に出ている昆虫なら、

ほとんど実物を見ていたと思う。


また、林道から少し林の奥に入れば、

周りの木々に日が遮られた場所も増え、

大きなムカデやクモ、

それにヘビやトカゲといった

爬虫類にも出くわすことが度々あった。


さすがにいくら昆虫好きな私でも、

気持ちの悪い思いをしたことを

覚えている。


そんな自然豊な林道の近くに、

母の姉の一家が暮らしていた。

その一家には秀ちゃんという、

私より三歳年上の従兄弟がいた。


秀ちゃんは、セミをとる名人で、

二メートルは充分にある竹の柄の先に、

輪の直径が十センチ程の網をつけた

お手製の捕虫網で、

高い木に留まるセミなどを

器用に捕まえてくれた。


だから、私の昆虫採集の標本は、

ほとんど秀ちゃんに

取ってもらったようなものだった。


秀ちゃんはセミをとると、

地べたに伏せた網から

ギーギー苦しそうに鳴くセミを取り出して、

私が首に掛けている籠に入れてくれた。


ただ、秀ちゃんは、その度に、

またセミか…とつまらなさそうに言い、

私はその度に、セミでもいいよと

秀ちゃんに言っていた。


秀ちゃんは私の言葉には、

いつもうーんと頷くだけ、

すぐに林道を奥へと進んでいくので、

私はその後ろについて回りながら、

秀ちゃんが私のためにセミやクワガタを

探して林道を歩いているのではなく、

何か他のものを探しているように、

思えてならなかった。


そして、私が小学校三年生の夏休み、

秀ちゃんから、その不思議な話を

教えてもらったのである。



それは、村の共同墓地が

木々の合間に見える一番奥の

林の中でのことで、

例によって、私の昆虫採集のためのセミを

秀ちゃんが取ってくれた時のことだった。


秀ちゃんは、セミは取れるけどなあ…と

呟いてから、その場にしゃがみこみ、

枯れ枝で木の根元を掘り始めたのである。


それまでにも何度か、

秀ちゃんが木の根元の腐葉土を

払いのけていたことはあったが、

そこからはクワガタが見つかったりしたので、

何を探しているのかなどと、

尋ねたことはなかった。

でも、その時の秀ちゃんは、

なにかに追い立てられているみたいで、

私も何を探しているのと、

思わず、尋ねていた。


最初、秀ちゃんは、私の質問には応えず、

黙々と土を掘り返しているだけだった。

辺りはセミ時雨に包まれ、

林の全ての営みが、秀ちゃんの作業を

見守っているかのようであった。


どれくらいの時間、

その作業を見ていただろうか。

いつものように、遠雷がなり、

夕立の気配があたりに立ち込めてくると、

秀ちゃんはやっぱり、見つからんわ…

ヒトムシ…と言って、

汚れた野球帽の鍔を右の手で掴み、

左腕で額の汗を拭いながら、

私の顔をじっと見つめていた。


私は今でもその時の秀ちゃんの顔を

はっきりと覚えているが、

それは怪談話の主人公のように

青白い頬をした、儚げな顔だった。


それから、秀ちゃんは、

降り始めた夕立にその顔をしかめながら、

私を、近くの大きな杉の下に連れて行き、

根っこのところに腰を降ろすように言った。

そして、自分もその横に捕虫網を置いて座り、

ふーっと、一度ため息をついてから、

何を探しているのか、ぼそぼそと話して

くれたのである。

その話というのが……



「まあ、誰にもいわんとってほしいんさ。

あのさ、探しよるヒトムシはさ、土ん中にいるで、

たまーに、モソモソ地上にでてきよるんさ。

そんで、夜になりよると、背中が割れてさ、

中から、人魂がでてきよるらしいんさ……」


「えっ…人魂って、あのお化けの?」


「そうさな。でも、なかなか信じてもらえんし、

カズちゃんと虫取りする言うたら、

お袋も林道へ行くのを許してくれるでさ、

だから、カズちゃんのセミとりながら、

もしかしたらヒトムシとれんかなと思ってさ。

ずっと探しよったが」


「そのヒトムシ、捕まえてどうするつもり?」


「夜中に人魂が出てくるのを待って触るんさ」


「人魂を触る?」


「昔、本家のおじいさんが死にはった晩に、

夢でおじいさんが教えてくれたんさ。


生まれたばかりの人魂を触ると、

その人魂は触った者に宿ってさ、

触った者は命を二つ持てるっちゅうてさ。


命を二つ持ったもんは、いろんな力がついて、

なんでも思うようにできるじゃと。


人魂は命の元でさ、お盆の頃にこの林道でも、

セミの幼虫に似たヒトムシから出てきようらしいから、

秀はそれを見つけてみたらええぞって。


それから、ずっと、探してたんさ。


でも、触れるっちゅうのは十二歳の夏までじゃと、

それに、大人に話したらあかんぞと、

おじいさん、言っておいでんさったし、


今年が、最後の夏なんさ……


カズちゃんは、おじいさんの夢見んかったかな?」


「うん。秀ちゃんより、小さいし。見んかった」



私は、秀ちゃんの不思議な話を聞きながら、

うらやましくもあったし、

そのヒトムシを想像して怖くもあった。


秀ちゃんがその話を言い終わるのを

待っていたかのように夕立は上がり、

いつの間にか止まっていたセミ時雨が

再び林を包み込んでいった。



それから、秀ちゃんとの夏休みは、

私が十二歳になるまで続いた。

つまり、私が中学生になった時、

秀ちゃんは高校生になり、

県外の高校へ通うために下宿を始め、

夏休みにはアルバイトをしているとかで、

子供の頃のように会うことは

なくなったのである。


私はヒトムシの話が、

確かに不思議で気味が悪かったが、

秀ちゃんが嘘をついているとは思えなかった。


自分で勝手に納得していたことには、

おじいさんは初孫だった秀ちゃんのことを

大層可愛がっていたらしいし、

きっと死んだときにヒトムシのことを

秀ちゃんに教えてやりたくなって

夢に出て来たんじゃないかということだった。


もしかしたら、

秀ちゃんと一緒に林道の奥の

林を探し続けていれば、

まだ十二歳になってない自分が、

秀ちゃんに変わって土を掘り返していれば、

ヒトムシを見つけられるんじゃないかと、

私は何度となく、墓地の見える林の中を

掘り返してみたものだった。

だが、見つかったのは

標本となる昆虫の類たけで、

少年時代の無垢な自分の姿が

今更ながら、滑稽に見えてくる。


秀ちゃんはというと、

二人で林道に行った最後の夏の日まで、

その名人芸で私の昆虫採集を

手伝ってくれていたが、

ヒトムシを見つけられないまま、

中学生となり、大人になっていくことを

怖がっているような、

持て余しているような、

そんな気配を漂わせていたように思う。


もし秀ちゃんがヒトムシを見つけて、

人魂に触れていたなら、

大人になっていくことを怖がったりは

しなかったろうし、

私は私で、ヒトムシの話を

もっといろいろなところで

話し込んでいたことだろう。



因みに、おじいさんは

林道の奥にある村の共同墓地に

眠っている。

この夏、久しぶりにおじいさんの

お墓参りに行ってみようと思うが、

できれば私の夢にも、

おじいさんに出てきて欲しいのだ。

なぜなら尋ねたいことがあるから。


ヒトムシは何故、十二歳の夏までにしか、

見つけられないのかを……



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