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Blue Blue Blue  作者: 榎戸曜子
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 あれから半年余り。

 俺は菊の通う都心のキャンパスで菊と会う羽目になったのだった。

 菊は女友達と二人で金色に色づいた銀杏並木を歩いていた。あの女の子は菊の幼馴染だそうだ。車の中でアートが言っていた。菊はこの大学でフランス文学をやっているらしいが、どうも優秀でもなさそうだとも。


「菊、久しぶり」

 俺は声をかけた。

 菊の隣にいた子(なんといったかな?)がのけぞった。

「き、菊……?」

「ええと、どちら様?」

 しゃあしゃあと言って菊は俺を見た。

「え……? 世耕だけど」

 菊、お前の記憶力はどうなっている……俺の周りの人間は少なくともお前の数段上の記憶力を持っているぞ?

「ふふ、覚えてる」

 呆れる俺に菊は笑った。

「で、どうしたの?」

「蘭さん、入院したぞ?」

「え?」

 今までみなぎっていた菊の力が萎んでいくのがわかった。

「うそ……どこが悪いの? お母さん、何も言ってなかった」

「とにかく、できるだけ早く行ってやれ」

「菊ちゃん……とにかく電話、お店に電話してみなよ。いなかったら泉おばあちゃん」

 そうだ、この子の名は万里、木元万里だったな。ふと、アートが言っていた名前が頭に浮かぶ。

「うん」

 菊はカバンから携帯を取り出した。店には通じなかった。休んでいるのだろう。だが、泉さんには通じた。

 うんうんと頷く菊を俺と万里が見つめる。

「……わかりました。ありがとう、泉さん」

 菊が電話を切る。

「菊ちゃん」

 万里が菊を覗き込んだ。

「本当だった。やっぱり、お母さん入院したって。もう、お母さんったら、何で知らせないのよ。これから行ってみる」

「行こう。車を待たせてる」

 万里が無言で俺を見る。

「菊のことは心配いらないから。俺は楓さんとちょっとした縁があったんだ」

「楓……菊のおじいちゃん?」

「そうだ」

「わかった。菊ちゃん、こういう時こそ落ち着いて」

 万里が菊の手を握る。

「うん」

 菊は頷くと俺とアートの黒いクーペに急いだ。


 アートはキャンパスの正門から外れたドラッグストアの前に車を止めていた。俺がアートの横、菊が後部座席に乗り込む。

「蘭さんのところへ行ってくれ」

「北森病院ですね」

「駅から電車で行くんじゃないの?」

「高速を使えば電車より速いですよ。後部座席は少し狭いですが我慢してくださいね」

 アートが菊に言う。

 菊はバックミラーを通して自分を見つめるアートと目を合わせた。

「ああ、初めまして、菊さん。私はアート。ジュンの秘書兼ボディーガードです」

「ボディーガード……?」

 俺もこの国の人間には見えないがアートほどではない。アートはどう見てもアングロサクソン系だ。

「よろしくお願いします、アートさん」

 おや、妙に殊勝だ。アートが俺より二回りほども年が上だからだろうか? 怪訝な顔を向けた俺を無視して菊はアートに聞いた。

「北森病院って言いましたね? 北森病院は県立の高度医療を行う病院ですが」

「詳しいことはお母様からお聞きください」

 高速に入ったアートは素晴らしいスピードで車を飛ばしながら答えた。


「お母さん」

 北森病院の七階。そこにある個室の一つに菊は駆け込んだ。

「あら、来てくれたの?」

 蘭さんが微笑む。

 その微笑みは以前のままだ。だが、ベッドの布団から見えるその手は骨と皮だった。顔がそのまま、いや、以前よりふっくらと見えるのは薬による副作用だろう。

「お母さん、なんで知らせてくれなかったのよ」

 早速文句を言う菊に蘭さんは謝った。

「ごめん、ごめん。連絡しようと思ったのよ? ても、検査、検査で忙しくて」

「まあ、いいわ。それで、どうしたの?」

「うん、ちょっとまずいことになっちゃったようだわ」

 蘭さんは言った。

「ご家族の方ですか? こちらへ」

 担当医らしき医師が声をかけた。

 蘭さんが俺に頷く。

「私は外でお待ちしています」

 アートは病室を出るとエレベーターに向かった。


 菊と俺が医師に続く。医師は相談室と書かれた小さい個室に俺たちを案内するとパソコンの画面を見てため息をついた。

「千住蘭さんは急速に免疫機能が損なわれています。いわゆる難病です。投薬を行うしか手立てがありませんが、それもどこまで有効なのかどうかわかりません。今のところ治る見込みはない。それどころか、このままいけば……余命は数週間から数か月と思われます」

 あまりのことに菊の体は固まっている。

「ほかの病院を当たることはできませんか?」

 俺は聞いた。治療はできないまでも最高のケアができる病院に蘭さんを移してもいいと思ったのだ。だが、担当医は首を振った。

「それは私もお聞きしてみました。ですが、千住さんはここでいいと、生まれ育った町で死にたいと仰っています」

「余命のことを母に言ったのですか?」

 菊の声が震える。

「ええ。というか、お母様の方から仰いました。お母様のお父上と同じ症状だと。あなたのおじい様は発病して二週間ほどで亡くなったそうです」

 ガクッと菊の力が抜けた。

「私でお力になれることがあれば何なりと仰って下さい」

 担当医が席を立つ。

 俺は崩れ落ちる菊の体を支えることしかできなかった。


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