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Blue Blue Blue  作者: 榎戸曜子
3/12

 厨房(やはりこの家にはキッチンという響きは似つかわしくなかった)に入ると蘭さんは洋食屋で受け取った包みを開いた。ハンバーグは野菜と一緒にドミグラスソースで煮込まれていてまだ温かい。それを蘭さんは温めた三つの皿にあけ、その間に菊がサラダやら付け合せのピクルスやらを冷蔵庫から取り出して盛り付ける。炊き立てのご飯のいい匂いがしてきた。

「嬉しそうな顔」

 どうやら顔に出ていたようだ。だが、そう言う菊もいそいそとテーブルに着いた。

「お腹が空いたわね」

 ご飯をよそってくれながら、蘭さんが笑う。

「いただきます」

 俺たちは何だか家族のように食事を始めた。もちろん菊と蘭さんは親子なのだが。


「ところで……世耕さん、楓おじいさんの知り合いで同族だって言ったわね」

 あらかた食欲を満足させたところで菊は言った。

「それに菊はすぐに反応したな」

「ええ、でも、私はおじいさんのことは少ししか知らない。ちょっと変わっていて、普通の人と違う事情があったことぐらい……」

 菊は言葉を濁した。

 さっきまで和やかだった厨房兼ダイニングルームの空気が少し変わった。ダイニングテーブルを照らすアンティークのランプは相変わらず温かい光を降らせているというのに……

 菊は俺と蘭さんを見つめる。

 蘭さんはそれを柔らかく受け止めた。

「ねえ、菊、ケーキを焼いたんでしょ? それを食べながらにしない?」

 流石は年の功である。蘭さんはさらりと菊の勢いをそぐと、テーブルの食器を片づけ始めた。食器洗い機が回り始める。その間に、菊は無言でコーヒーを淹れ、ケーキを切って皿に取り分けた。それを心なしか乱暴に俺の前に置く。コーヒーはなかなかの香りで、菊の作ったケーキもおいしい。

 俺がコーヒーとケーキを楽しみ始めたところだった。

「で、お母さん、どういうこと?」

 ケーキを頬張り、コーヒーの香りを確認しながら菊は聞いた。どうやら菊は蘭さんの術中にはまったらしく、さっきよりもぐっと穏やかだ。

「ふふふ、我が家はちょっと変わっているのよ」

 蘭さんは芝居がかったように答えた。こうなると蘭さんは生き生きとしてますます魅力的だ。

「いいから、先」

 菊の方はうさん臭そうに母親を見た。

「菊ったら……もう、わかったわよ。単刀直入に言うわ。あなたのおばあさんはどこからともなく現れたおじいさんと結婚したの。おじいさんはね、この星の人ではないわ」

「それは私も聞いたわよ。信じるかどうかは別としてね」

「信じるかどうかはあなたの勝手だけど……父は私に使いきれないほどのお金を残してるわ」

「はいはい、おじいさんが宇宙人だからですか? お金に困らないと?」

「お父さんはアメリカや欧州各国それに中東、アフリカと行き来してたわ。でも、仕事のことは何も聞いたことがなかった。それで私聞いたことがあるの。よそのお父さんはみんな仕事があるのにお父さんは何をしてるのって。そしたらね、お父さん何て言ったと思う?」

 蘭さんは意味ありげに俺と菊を見た。

「何よ?」

 菊が急かした。

「私は地球とよく似たル・ウェイという星から来た。私たちをこの星に導いたコンピューターはこの星で生きることになった我らのために莫大な富を用意し、この星で新たな生を受けたル・ウェイの者にそのすべてを委ねている。この星の子になって改めて生まれた時には昔の仲間はいない。たった一人だ。仲間の数が少ないのでね。長い時間の中でポツリポツリと生まれるのさ。で、その富だが、それは子孫には残せない。新たに生まれる仲間のものだから。私は家族に多少の富を残してやれるだけだ……ってね」

「ちょっと待ってよ? じゃ、お母さんは本気でうちには人外の血が混じっているって言うの?」

(人外……だよな)

 はっきり言われた俺はちょっとがっかりした。

「そうよ」

 呆れた菊に蘭さんはきっぱりと答える。

「お母さんも言っていたもの。でも、これはね、この家の秘密。ひ・み・つなのよ。あなたに伝えるの、ほんとうはどうしようかと思っていたけど、いいタイミングで話せてよかったわ。ほら、あなたってこういう話をまともに聞きそうにないし」

「誰が自分の血縁に人外がいたって話なんかまともに聞くっていうのよ?」

「だから、ちょうどよかったんじゃないの。ねえ、世耕さん、あなたも何か言ってくれないかしら?」

 いきなり話を持ってこられた。

 俺の返事は簡単だ。

「蘭さんの言っていることは本当です」

 蘭さんがいたずらっぽく笑う。

「ほらね」

 蘭さんは勝ち誇ったように言い、それから試すように俺を見た。

「ねえ、世耕君、あなた、父の、千住楓の本当の名前を知ってる?」

「プランティン」

「ふふ、正解」

 蘭さんはプランティンそっくりの笑みを浮かべた。

「それにしてもプランティンはあなたにかなりの財産を残しているはずなのに……」

 俺はあまり手の入っているとは言えない屋敷に目をやった。

「ああ、この家はぼろだもんね。でも、その方が都合がいいの」

 菊が口を挟んだ。

「都合がいい?」

「ええ、私の夫がマッキンリーで行方不明になると父が救助のためにあらゆる手を打ってくれたの。その費用が話題に上るほどで……変な噂やら、言いがかりやら、嫌なことが続いて……それで父が死んだときに母と決めました。もう、あの時にお金は使い果たしたと世間には思ってもらおうと」

「それでわざと手を入れていないんですね」

「ええ」

「ご主人はたしか……」

「ええ、捜索を始めて三週間後に遺体で発見されたわ」

「そうでしたか」

「それから間もなくおばあちゃんが死んで我が家には私とお母さんしかいないってわけ」

 菊が母を守るようにして俺に言った。

 俺は食事を済ませ、丁寧に礼を言うと、そのまま菊と蘭さんに別れを告げた。プランティンの面影にも……


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