魔法の話
食事を済ませ風呂にも入り、あとはもう寝るだけだ。それにしてもシャワールームが個室だなんてどれだけ金をかけたのか。さすが国立だな。夕食も豪華とは言えないが十分満足できたし、生活面は最高だな。
「0時消灯なのであと30分くらいですねー。明日はイリアス君にとって初授業ですよ!どんな気分ですか?」
「まぁ少しは不安もあるけど、特段心配してたりはしないな。」
「私も同じクラスなんで困ったことがあったらいつでも頼ってくださいね!」
「そういうカノンこそヘマばっかしてんじゃーん。あたしにバレてないと思ったか!」
顔を真っ赤にしてレナちゃんをポカポカ殴りつけているカノンちゃんを尻目に、俺は先に布団に入り目を閉じた。慣れないことばっかでちょっと疲れたしな。
「あら、イリアス君もう寝ちゃったのか。」
「そうみたいですねー。」
しばらく2人の会話が聞こえていたが、寝室に移動していく音がした後静寂に包まれるとすぐに俺は眠りに落ちた。
ーーーーー998、999、1000 っと。もう春とは言えこの時間はまだ寒いな。俺は一旦剣を置き、花壇に腰掛け休憩していた。
「ずいぶんとお早いことですねぇ。」
声のした方を見るとやけに透明感のある、半分透けてるんじゃなかろうかという感じの女が立っていた。
「おはよう。初対面だよな、俺はイリアスだ。よろしく頼む。」
「君が噂の転校生ねぇ。よろしくぅ。私はフリージア=サラミスよぉ。」
「フリージア… もしかしてセレンちゃんと同じ部屋じゃないか?」
「君が来た頃ちょうど出かけててねぇ。その話はあとからセレンに聞きましたよぉ。ところで、こんな朝早くから何してるんですかぁ?まだ起床時刻まで1時間はありますよぉ?」
「あぁ、家にいる間は5時に起きて鍛練するのが日課だったからな。勝手に目が覚めるんだよ。そういうあんたこそ何を?」
「簡単に言うと宗教上の理由ねぇ。日の出日の入りには祈りを捧げなきゃいけなくてねぇ。」
「世の中いろんな人間がいるもんだな。」
「いいこと教えてあげるわぁ。この学園には見た目は人間でも人外だっていうのが結構いるのよぉ。」
「え?」
振り向いた時にはフリージアちゃんの姿はどこにもなかった。ひょっとして…と思ったが別に彼女が人じゃなかろうと俺の知ったことじゃないしな。深く考えずにいた。
チャイムもなったし鍛練もそろそろ切り上げて朝食に行くか。
食堂に行く途中でカノンちゃんとレナちゃんと合流した。
「あー!こんなところにいた!今までどこで何してたのさ!カノンなんか泣きそうな顔で心配してたんだよ!『イリアス君がいない〜〜〜!!』って。」
またカノンちゃんが怒るぞ、と思ったが今回は違った。
「ほんとにもう… すっごい心配したんですからね!今度からはせめて、一言書き置きでもしといてくださいよ。」
「お、おう。わかった、悪かったな。」
「で、結局あんた何してたのよ?」
「外で素振りしてただけだ。」
2人ともあきれ返ってため息までついてるな… 別にいいだろ、習慣なんだから。
朝食を取っていると突如食堂の扉が開き、学園長が姿を現した。中に入ってくるとしばらくキョロキョロとあたりを見回していたが、俺と目があった途端急に笑顔になってこっちにやってきた。
「おはようございます、イリアス君。昨日はよく眠れましたか?」
「そこそこな。」
「それはよかった。で、本題に入るわけですが、君には昨日制服を渡すのを忘れていましてね。はい、これです。授業のある日はこれを着て行ってくださいね。」
そう言うと学園長はどこからともなく1着の服を取り出し俺の方へよこしてきた。ずいぶんといい生地を使っている、白を基調とした制服だ。
「これだけのためにわざわざこっちまで来たわけじゃないだろう?」
「おや、随分と察しがいいですね。ご名答です。食事が終わるまで外で待っていますので、それから一緒に学長室へ向かいましょう。制服にはそこで着替えてもらって結構です。」
ここに来るのは3度目だな。学園長は準備があるって言って出ていったし、とりあえず着替えるか。
袖を通すと不思議なほどにピッタリだった。いつのまに採寸したんだろうか。
「お待たせしましたー!これだけは授業の前にやっておかなければいけませんからねー。」
その手に握られているのは水晶玉だ。
「それで何をしようってんだよ。」
「魔力測定と適正調査ですよ。まぁやればわかります。はい、じゃあまずこれ両手で握ってください。あ、そんなもんで大丈夫です。じゃあ次に魔法を使ってる自分を頭の中でイメージしてください。魔法はイメージすることが大切ですからその訓練だと思って、はいどうぞ。」
とりあえず言われた通りにしようと思って目をつぶり一生懸命想像する。風を操ってる自分とそれを横で見ているゾフ。その程度しか想像できなかった。
「ふむ… これは…」
学園長が何かに戸惑っているような声を発したので気になってうっすらと目を開ける。見ると俺が握っている水晶玉は黒く染まっている。
「うわ、なんだこれ。大丈夫なのかよ。」
「いや、これですね。色とその濃さが大事なんですよ。それで魔力の量やその人の適正を測るんですけど、ここまで真っ黒なのは初めて見ましたよ。」
「黒だとどうなんだ?」
「ここまで真っ黒だと君に適正はない、いや、その逆なのかも… いずれにせよ君がどんな魔法が得意なのか判断しかねます。それにこの濃さ、すごい量の魔力ですよ。それこそ人知を超えた、精霊にも匹敵するほどの。」
まじか、と思い顔をあげると学園長と目があった。その瞬間、昨日襲われたような激しい頭痛がやってきた。
目を開けるといつの間にか俺は外に出ていた。前には学園長が歩いている。話しかけようとすると彼の顔が突然消えた、いや違う。校舎の上から降ってきたバケツが頭にかぶさっているのだ。中には水が入っていたのだろうかびしょびしょだ。
「こらー!誰ですか人の頭にバケツ落としたのはー!」
学園長がバケツを地面に叩きつける音で俺は元の世界に戻ってきた。
「大丈夫ですか?昨日も頭痛がしてたみたいですけど。体調が悪いのなら保健室にでも…」
「いや、大丈夫だ。それよりも、あんた今日は頭上に注意してた方がいいと思うぞ。」
「頭上に?それはどういう意味です?」
うまく言葉は見つからないが、俺は気づいていた。さっきの世界でふと時計を見た時、日付こそ変わらないものの時間は12時を少しすぎた頃、つまり今から5時間後を針は示していたことに。